第2章 49話 大渓谷の決闘
海岸道路をひたすら進んでいた時、俺は海を眺めていた。今はシィズが運転中だ。
「んあ? あれ?サムさん、あの島...動いて無いっスか?」
俺は、遠くに小島が見えているなと感じていたが、どうにも変だ。ゆっくりと移動している。あ!まさかひょうたん島か!?
「ん?あぁ、あれか。こんな近くまで来るんだな。あれはクラーケンと呼ばれている生き物なんだ」
「お!?クラーケンでござるか!は...初めて見るでござる!!」
興奮して真っ先に窓に張り付いたのは麗沢だった。クラーケンって確かよく映画にもよく出てくる名前の怪物だったな。それにしても、アレ、生き物なの!?デカすぎじゃね!?
「あ、アレも君たちの世界にはいないんだね。まぁ、こっちもあの一匹しか確認されていない生き物なんだ。あいつは人間を襲う奴なんだけど、あの巨体だから、陸地から五十キロ以内には絶対に入ってこないんだ。だから船の航行はそこの間を縫うように航路が決まっているんだ。もしあいつの領域内に入ったら一巻の終わりだからね。私も見たのは初めてだよ。いや~でかいなぁ」
サムは興味深そうにクラーケンを眺めていた。もう少し話を聞くと、なんでも五十キロ以内には入ってこない事で結構観光名所みたいな扱いになっているらしい。どこに行ってもみんなスリルが好きなんだなぁ。
道路は海岸からどんどん遠ざかっていった。そして海は見えなくなり、あたり一面に荒野が広がった。
夜ご飯に例の干物を食べた、身が!分厚い!それに柔らかい!あぁ~、ご飯が進む~。
因みに米はちょっと前に買っておいた。それでもって土鍋もあったのでそれで炊いている。炊いたのは零羅だ。米が立ってるし、つやもいい。あなたがいてくれて良かったですよ。
そんなこんなで旅を続け、少し日が進んだ。
「あっつぅ~」「そうですねぇ」「そうでござるなぁ」「確かに...」
一応エアコンはついているのだが、それでも暑い。
「済まないな。この車、かなり古いからエアコンの調子が悪いみたいだ」
サムはエアコンのダイヤルを弄っている。
「グレイシアぁ、あんたの魔法でどうにかならない?」
「やってもいいけど、そのうち車内が水浸しになる...車、壊れるよ?」
「あ~、だめかぁ」
氷の魔法も考えたが、そのうち水になるんだよなぁ。何かいい方法無いかなぁ...そういや、魔法の水って飲めるのかなぁ。気になるけどやめとこ。腹壊したくないし。
そんなこんなしていたら、いつのまにか荒野を抜け、巨大な渓谷の中に車は入っていった。日陰に入ると結構涼しい。日向に出たらまたクソ暑い。車は渓谷の中を進んで行った。にしても、この岩、綺麗に模様がついてるなぁ。吹き抜ける風でこんな模様が出来てるんだけっけ?自然の神秘ってやつかぁ。
そして、時は来た。崖の間を縫うように作られた道路、俺たちの前方にそいつは既に待ち構えていた。西洋甲冑に白馬に乗り、手元には巨大なランスを構えた女性だ。ここって中世ヨーロッパだったか?むしろこの場所に似合うのはカウボーイハットをかぶり、腰にシングルアクションを携え、拍車の付いた靴を履いている感じのが似合いそうなのに、というか、暑くね!?あんな鎧着てたら蒸し焼きどころか焼肉になるわ!!
「お出ましか、探す暇は省けたな。みんな、あいつの名前はアンリエッタ ヴェロニカ。正々堂々と戦う奴だ。見ての通りだな。それにしても、よくあんなの着て待ち構えていられるなぁ」
サムも感心していた。俺も感心していた。俺たちは車を降りた。
「待っていたぞ!勇者たちよ!さぁ!決闘といこうではないか!まずは誰からだ!?誰でもいいぞ!」
うわ...暑苦しそうな人だな。少々苦手なタイプかも。
「ん?誰も来ないのか!じゃあ私から選ばせてもらおうか!うーん...決めた!そこの!よそ見してたやつ!確かサクラだったか?お前に決闘を申し込む!!」
え!?俺から!?
「頑張るでござるよ~」「頑張ってください!健闘を祈ってます」「頑張れよ、応援してる」
睡蓮が俺の肩にポンと手を置いたと思ったら、俺の体をクルッとアンリエッタの方に向けて背中を押した。
「え?ちょっ まっ!こういう場合、全員でかかった方がいいんじゃないんスか!?」
相手の調子に乗るやつがあるか!
「先輩、雰囲気というものも大事でござる。大渓谷での決闘なんて、一対一と相場が決まっているものでござるよ」
はぁ!?ふざけんな!!雰囲気を大事にしてもし負けたらどうすんだ!麗沢、てんめぇ責任とれよぉ。
「麗沢、俺が負けたら次はてめぇな」
俺は、怒りを込めて麗沢にニッコリ笑いかけた。麗沢はというと。
「了解でござる~」
俺の怒りが伝わらなかった。仕方ない、やるか。
「ほう!中々いい目になったじゃないか!私はうれしいぞ!いいだろう!本来ならば我が愛馬、『ポリス アルバトロス』に乗り戦うところだが、それではフェアじゃない!一対一、正々堂々と戦おう!」
やっぱ苦手なタイプだ。背後にあの暑苦しいテニスプレイヤーの幻影が見える。シュッと一吹きで消えないかなあれ。
アンリエッタは馬から降り、ランスを脇に挟むように構え、俺を睨みつけた。
俺も、セブンスイーグルにブレードを取り付け、構える。
あたり一帯に、重い空気が流れた。さて、どう来る。俺が分かることはただ一つ。こいつ、相当強いぞ。
「ふっ...では......行くぞ!」
アンリエッタは、真っ直ぐ俺に突進した。速っ!!俺は辛うじてランスの一撃を捌いた。だが、衝撃で俺は横に転がった。
「今のは、避けれるよねぇ!!」
アンリエッタはすかさず方向を転換させ、ランスを横に薙いだ。
「くっ!!」
俺もすかさず飛び上がり、避ける。
「いいぞ!もっと熱く行こうじゃないか!」
全く暑苦しい上にこの強さかよ。俺はブレードを振り下ろしたが、受け止められ、流される。バランスが崩される。こいつはブレードを付けるとかなり重い。どうしても大ぶりの挙動になってしまう。ならば!俺は地面に向けて一瞬で溜めれる分の最大威力の風をぶつけた。俺の体は数メートル上に飛んだ。
「ほぅ!上に飛んだか!ならば、これは避けられる!?」
ランスを今度は飛んでいる俺に向けて突き立てようとした。なんつう切り返しスピードだ!くそっ!だったらこれならどうだ!
俺に向かってくるランスに向けて電撃の弾を撃った。その武器を通じて感電しな!
「狙いはいいぞ!だが惜しい!この鎧は魔法を受け流す!作戦は失敗だ!」
なんだって!?マズイ!このままじゃ突き刺さる!俺は体をくねらせた。だが...
「ぬぐっ!!」
左肩に突き刺さった。そのままアンリエッタは突進を続け、岩場に俺ごと突っ込んだ。
「ふっ...中々いい戦いをするじゃないか。サクラよ。だが、これで終わりだ」
とどめが来る。ランスを引き抜いた。肩から血が噴出した。くそいてぇ。悔しいけど、アンリエッタ。あんたはやっぱり強いんだな。俺はまるで歯が立たない。正直、今清々しい気分だ。あ~敗北だ。だけど俺は今、殺されるつもりはないぞ。よし...麗沢が動き出したな。流石に俺を見殺しにはしないのな。まぁ、今回は俺の負け...次は任せたぞ。あぁ、まだまだ強くならなくちゃなぁ。
アンリエッタはランスを構えなおした。
「殺すのは、本当に忍びないが、許せ。王国軍の人間として、陛下の命令には逆らえないからな」
俺は、アンリエッタの顔を見た。
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・
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プッツン。
今俺は、自分でも何をしたのか分からなかった。俺は気づいたら、体をのけぞらせて、アンリエッタの顔を蹴りあげていた。そして、風を発射し、アンリエッタを吹っ飛ばしていた。凄まじい威力だった。
その後、俺は自分の感情を理解した。むかっ腹が立って仕方がなかったのを理解した。
「なんだ?今のは...!?サクラの怪我がもう既に治っている!?馬鹿な!こんなにも早く出来るはず!?」
俺はアンリエッタの顔をかすめるように氷の弾丸を放った。アンリエッタの頬から血が流れた。ほんの一瞬だ、アンリエッタはその傷に意識が向いた。俺はその一瞬出来た隙を見逃さなかった。俺は、もう一度風を目いっぱいため込んで放った。アンリエッタの体は吹き飛び、岩場に叩きつけられた。
麗沢は、体が卍の状態で固まっている。すまんな。お前の出番はない。俺が、片を付ける!!
「ん...くぅ...あ......装置が...」
今の一撃、発信機をどこに持っていようと壊せたはずだ。戦闘終了。だが、そんな事はどうでもいい。俺は怒りが収まらない。
「何で...てめぇは、あいつの言いなりなんスか?」
「?」
「今俺はムカついてるッス。それほどの実力があるのに、なんで、あいつに忠誠を誓ってるんスか?俺は今、あんたへの憧れと、怒りでいっぱいッス。だから教えてほしいッス。三上にあんたが忠誠を誓ってる理由を!」
アンリエッタの気持ちを知りたかった。こいつは悪い人間じゃない。戦って分かった。こいつはまるでスポーツマンの様な精神を持っている。戦う相手に尊敬の念を込めて挑む。そんな奴だ。だが、こいつが俺にとどめをさそうとしたとき。こいつのその精神はどこかへと消え去った。俺は、そこに腹が立った。何故だ。なぜお前は、俺に哀れみを向けた!自分を押し殺してでも、三上に忠誠を尽くすのか?それとも、別の理由があるのか?
「サクラ...君は、君のいた世界は平和だったか?」
アンリエッタの言葉、この言葉が俺に新しい覚悟を与えた