第2章 34話 思い出す記憶は、拭い難い黒歴史
零羅は遂に、自分の事を話し始めた。
「わたくし、昔から、物心がついた時にはもう、自分が自分じゃ無くなることがあったのです。わたくしの血、どうしてか、わたくしは自分の血を見てしまうと、破壊衝動と、言うのでしょうか、それが抑えられなくなるのです。何かを壊したい、殺したい。わたくしの中には常にその感情がある、そのせいでわたくしは、いつも外に出ることは出来なかった。学校に行くことも、友達の家に遊びに行ったりすることも出来ない。それは仕方ありませんよ。もしわたくしが外に出て、怪我でもしたらそれだけで全てを破壊してしまうのですから。
そしてこれは、サムさんから聞いたのです。わたくしがこの世界に来た時の事、みなさんもそうでしたよね?この世界に来るときに、一度大怪我をした。サムさんの仲間が、この世界に来たばかりのわたくしを見つけた。彼らはわたくしを保護しようとしたのですが、わたくしは自我を失っていたそうです。そう、わたくしは、みなさんを襲った。死者が出なかったのは幸運でしたが、私を抑えるのにはかなりの犠牲を払った。ある人は二度と歩くことは出来なくなってしまったり、またある人は腕を無くさざるを得なくなってしまった」
零羅は自分の手を見つめ、自嘲気味に笑った。
そうか、サムのあの時の反応、サムは彼女の秘密を知っていたからあんなに慌てていたのか。下手をすれば俺たちは全滅していたのかもしれないのか。ほんと癪だな。今俺は、心の底から三上の奴に感謝してる。
「わたくしはもう、この旅についていくことは出来ませんね...これ以上は、みなさんに迷惑をかけてしまいます。行きたい気持ちはやまやまですが、わたくしはここでリタイアですね」
そして彼女は悲しげに笑った。だが彼女の手は少し震えていた。
う~ん、本当にこれでいいのか?どうにも癪に障る。彼女はまだ子供だし、これ以上巻き込まない為にもここに置いていくのは、正しい選択だと感じる。しかし俺は、俺たちは何のために旅をしているんだ?俺は、三上が許せない。だから旅に出た...他のみんなは?みんな同じ志なのか?三上を倒すために、旅を続けている?それは違う気がする、三上を倒すのは建前。俺が旅を続けるのはそれだけじゃない。でも思いつかない。
「ダメ...」
グレイシアが一言呟いた。全員でグレイシアを一斉に見た。
「レイラ、あなたはそれでいいの?あなたは、『自分に勝ちたい、変わりたいから旅の仲間になった』そう言っていた。ここで、諦める?」
俺はふと思い出した、そういえば零羅とグレイシア、結構いつも一緒にいたな。よく二人で何か話してた。
「...」
零羅は、黙ることしかできない。
「...一つだけ、思い出した。覚醒の事...」
覚醒?それがこの事と何か関係があるのか?俺はそんなことを思いながら、グレイシアの話を聞いた。
「前にレイに、覚醒の事をもうちょっと詳しく聞こうとしたことがあったの思い出した。その時こんなことを言った、『自分に勝つことで覚醒できた』って、レイは自分に勝ったから覚醒に至った。だから今もあんなに強いんだと思う。レイラ、あなたは逃げる?ここで、また一人になる?自分から仲間を捨てる?」
「あなたに!...わたくしの何が分かるんですか!!わたくしは...!」
初めて零羅が怒りを表した。だがグレイシアは一言で返した。
「分かる」
「え?」
グレイシアは小さく息を吐いて、零羅に語り掛けた。
「あなただけが特別なんかじゃない。私もあなたと同じ。いや、あなたはまだ私よりまし、まだあなたは、取り返しのつかないことはしていない」
「同じ?どういう事ですか?」
零羅は少し不機嫌に質問した。
「......私の魔法、この氷の力。これのせいで私は昔、私の本当の親を殺してしまった...」
「!?」
俺たちはそんな事を聞いたこともなかった。親殺し、か。グレイシアも大変な人生を送ってたんだな。
「私は、そのショックでしゃべることが出来なくなった。それに加えて、この魔法を制御する術も分からなくなっていた。ほんの少し声を掛けられるだけでも私の意思に反して攻撃をしてしまう。いつしか私は、町の嫌われ者になっていた。町のゴミと言う意味で、ダストってあだ名で呼ばれる始末だった。
私は、私を憎んだ。死にたかった。そんなときに彼と出会った。ミカミ レイ。レイは私にこう言った『人は常に誰かを傷つけている。傷つけずに生きることは出来ない』って。レイが私に言ったその言葉、それのおかげで私は今ここにいる。私はその時決めた。たとえ誰かを傷つけることになっても、まずは私の為に私に勝とうって、そして傷つけた者達も助けられるような、強い私になろうって決めた。
あなたは誰かを救う、そんな仕事をしたいと言った。自分を救えない者が、自分に勝てない奴が、誰かを救う事が出来る?」
グレイシアの言葉、零羅にはきついだろうな。本来ならば、彼女にかけてあげるべき言葉は慰めの言葉の一つや二つだろう。だけどグレイシアは違う最も突かれてほしくない所を突く。俺にもそうだった。だけど言っていることは正しい。俺が思うのはこの中でいちばん優しい心を持っているのはグレイシアだ。優しいからこそ厳しく接することが出来る。
「レイラ、あなたは昔の私に少し似ている。誰も巻き込みたくない、誰も傷つけたくない。あなたはそう思ってる。だけどそれは逃げ、恐れて逃げ出しているだけ。こう考えることも出来るはずだよ。嫌いな自分を支配する。もう誰も巻き込ませないって
私はあなたを助けたいと思ってる。おせっかいかもしれないけど、私はあなたを放っておけない。だから私はあなたを助ける。傷つけられてもいい、私を踏み台にしてもいいから、レイラ、逃げずに戦って。私からの、お願い」
グレイシアは、零羅に手を差し伸べた。
「なんで...どうしてあなたはそこまでわたしにこだわるのですか!?わたしは助けられる必要はありません!!わたしのせいでみんなが傷つく所なんて見たくないんです!わたしに、わたしに構わないで下さい!!」
零羅は手を払いのけた。俺は少々頭に来た。
「それこそが逃げてるって事じゃないんスか?助けは必要ない?零羅、人って字は人が人を支えあって出来ているって言葉を知らないんスか?俺たちは人間だ。支えあって生きていくしかない。だから、俺は決めたッスよ。俺はあんたを支えるッス。それに困っている人がいるのなら助けたい、あんたが困ってるのなら俺は手伝うッスよ。なぁ麗沢」
「そうでござる、困った時はお互い様でござる。他人に頼るという事も人生において大事な事でござるよ」
結構いい事言うな、この野郎。
「そうだよ、私たちは仲間なんだから。それに医療関係者としても、あなたを放っておけない。精神病とかにに関してはあまり詳しくないけど、あなたのソレは、絶対に治して見せるわ」
シィズの言葉にみんな頷いた。みんな零羅の事を助けたい、そう思ってるんだな。
「みなさん...」
零羅は少し声を震わせて答えた。
「わ...わたしは、どうしたらいいの?分かりません、謝るべきなのか、感謝の言葉を言うべきなのか...分からない...です。みんなが傷つくかもしれないのに、みんなは私の為に?」
「うん」「あぁ」
「このわたしを、こんなわたしを、見捨てないでくれるの?」
俺たちは同時に頷いた。
「私たちは絶対に見捨てない。あなたも、みんなも」
「グレイシア...さん...」
零羅はうつむいて、自分の手を強く握った。
「わたしは、どうしたらいいの?...分からない、みんなに...何といえばいいか...どんな顔を向ければいいのか...分からない...です。分からないんです!」
「泣きたいのなら、泣けばいいよ」
零羅の質問にグレイシアは答えた。
「自分の感情に素直になればいい。自分の心を投げつければいい。私が、私たちが受け止めるから。怖がらないでいい。今は自分の感情に素直になっていい。今、何がしたいのか分からないのなら。なんでもいいからモヤモヤを吹き飛ばせることをすればいいの」
この言葉で、零羅はようやく自分を理解できたみたいだ。彼女から大粒の涙がこぼれ落ち始めた。
「いいの...?誰かに...頼っても...」
「いいよ」
グレイシアが返したこの言葉で、彼女の中で何かが切れたみたいだ。
「ん ぐ うわあああぁぁぁ!!」
零羅はグレイシアに飛びつき泣き叫んだ。
そうか、そうだったんだな。俺は泣きじゃくる彼女を見て初めて理解した。彼女は今まで、誰かに頼る事をしたくなかった、出来なかったんだ。頼る事は迷惑をかける、そう思い込んでいたんだ。だから彼女はいつも大人びた口調でいることにしてた。誰にも頼らない、大人であろうとしていたんだ。だけど彼女はどうあがいてもまだ子供だ。子供らしくしたい自分と、大人でなければいけない自分、彼女は常にその葛藤に悩んでいたんだろうな。だから今まですすり泣く事しかできなかったんだな。
これは神様が俺達に与えた試練なのか?何故、俺たちがこの世界に飛ばされたんだ?神様がいるのなら、教えてくれ。なんで俺たちだったんだ?俺はそんなことを考えたが、答えは誰も知らない。三上ですら、そんなことは知らないだろう。