第2章 32話 最強の力を持つ者は、最恐の仲間 その3
完全にやらかした。サムは最初っからこうなると察して俺に零羅を見るように言っていたはずだ。零羅は今、レオナルドに捕まり、顔にナイフを突きつけられている。
「さ~てと、こうなってしまいましたねぇ。じゃあさっそく目的を達成しようかな?サクラとレイサワだっけ?お前ら自害しろ。そうしないと俺はこの子いたぶりまくるぜ?」
そこは殺すぞ、じゃないのか。
「そこは、殺すぞ!とか言うものでござるよ」
麗沢と同意見だった。
「おぃおぃ馬鹿か?人質は生きてるから意味があるんだ。それに、将来が楽しみなこの子を殺すのは惜しいしなぁ」
「このくそ変態!卑怯者!弱虫!馬鹿!阿呆!ドジ!間抜け!」
エルメスが、レオナルドに罵声を浴びせるが、なんだか言ってることが後半小学生レベルだ。それじゃ通じないだろ。
「レオナルド!今すぐその子を離すんだ!その子に決して手を出すなよ!」
サムさん、そんなことではい離しますって言う人がいるか?
俺は、ふとサムの方を見た。何故だ?何故あなたが冷や汗を流しているんだ?尋常じゃない。まるで、何かに怯えているみたいだ。
「それではい離しますって言う奴がいるかぁ?サム、お前そんな馬鹿だったか?」
レオナルドも同じことを考えているみたいだ。
「そうじゃない、そうじゃないが、その子に手を出したら後悔するのはお前なんだ」
「ん?何を言ってるんだ?サム、いつものお前らしくねぇぞ? まぁいい、話を戻そう。お前ら、早く自害しろよ?さっき言っただろ?俺はせっかちなんだってさ」
「くっ...!」
レオナルドが零羅の頬にナイフを突きつけた。まずい、この状況、打開しないと。考えろ、俺。
「やめるんだ!レオナルド!」
「うるせぇ!サム!お前は黙ってろ!」
サム、レオナルドを煽ってどうするんだ?こいつ怒らせたら、余計にマズいんじゃないか?
「あ~あ!サムが俺を怒らせたせいでこの子が傷ついちゃうなぁ、ごめんねぇ、まずはこの頬からだ」
「やめろぉぉぉぉぉっ!!!レオナルドオオオオォォ!!」
サムが叫ぶ。このままじゃマズイ!俺は、レオナルドに向かって走った。間に合うか!?サムも駆けだしていた。何をだ、何をそんなに恐れている?
『ピッ...』
わずかに零羅の頬に付いた、傷。それがこの状況をすべて覆し、全てを語り、全てを巻き込んでしまった。
・
・
・
俺は、何を見ているんだ?何故、さっきまで優勢だったレオナルドが地面に転がったんだ?
俺は思い出した。俺は今まで、神和住 零羅と言う人物を全く持って理解していなかった。彼女は確か九歳と言っていた。そして、将来は看護師の様な職に就きたいと。だが俺はそれしか知らない。どんな家庭だったのか、どんな生活をしていたか、彼女は何も語ろうとはしなかった。俺は、そんなことを全く持って気に留めてなかった。彼女は言いたくなかったんだ。一番危険で恐ろしいもの、それが自分自身なのだと。だから彼女はいつも、自分に自信が持てずにいたんだ。だから彼女は、常にみんなの後ろにいたんだ。巻き込んでしまわない為に...
この旅で旅する仲間、一番強いのは誰なのか、俺はそんなことを考えたことがある。最初はグレイシア一択だと思っていた。だが、この状況で全てが覆った。最強だったのは、最恐は、零羅だ。
零羅は、倒れているレオナルドに向かってゆっくり歩いていく。
「どうなったんだ?今、俺様は...ぐっ!」
レオナルドは急に顔を歪ませて右腕を押さえた。腕が青黒くなっている。あざなんて優しいものじゃない。あれは完全に骨が粉砕している。
「ころしたい...ころさせて」
零羅の目、どこを見ているんだ?真っ直ぐ見ているのに見ている先は真正面にいるレオナルドじゃない、なんていうのかな、レオナルドのこの先を見ていると行ったほうがいいのか?死んでいる彼を、彼女は見ている。ヤバいな コレ。
「くっそ...ガキがぁ。あまり俺様をなめんなよぉ!!」
レオナルドは零羅に向かって攻撃を仕掛ける。
「ダメだ!避けろ!レオナルド!」
「!?」
サムの言葉がようやくレオナルドに届いた。と言うか、ほぼ反射的に彼は避けた。彼女の攻撃を。
・
・
・
「はずれた」
瞬間的に零羅は、レオナルドの懐に入り込み攻撃を加えようとしていた。レオナルドは辛うじて避けていただが、ほんの少しかすったみたいだ、少し怪我をしている。
「なんだ...これは?攻撃は見える、それに攻撃自体も弱いように見える。だが、かすっただけでこの怪我、あの体形では絶対に骨を砕くなんて出来ねぇはず...!?」
レオナルドが零羅の動きを考えている最中にもかかわらず、零羅は攻撃を仕掛ける。なんつー動きしてるんだよ、一人だけ格ゲーキャラがいるみたいだ。飛んで、横に回りガードが行きにくい所に攻撃を仕掛ける。動きに無駄がない、反撃の隙も与えずに、あの小さな体を最大限に活かして戦ってる。だけど、あんな動きしたら、体が先に悲鳴を上げそうだ。
レオナルドも、あいつも結構やる。あの攻撃をギリギリだが全て避けている。卑怯な奴と言っても本人はかなりの実力があるみたいだ。俺なら絶対ボコボコにされているだろう。だが、徐々に体力に限界が近づいて来てるみたいだ。
「くっ...!」
少し動きが鈍った一瞬だ、零羅はレオナルドの右肩に一発打ち込んだ。
『バキィッ!』
鈍い嫌な音がした。どう考えても骨が粉砕した音にしか聞こえない。
「ぐあぁっ!...く.ぅうああぁ...はぁ はぁ」
レオナルドの顔から汗が滝の様に流れ出た。
零羅がゆっくり彼に近づく、ヤバい、止めないと、零羅は本当に殺すぞ?俺は動こうとさっきから考えている。だがどうしてか、足が竦む。俺は彼女に恐怖しているのか?
周りを確かめる。どうやらそうかもしれない。他のみんなも動けないんだ。グレイシアですらだ。それほどまでに零羅は強く、危険だという事だ。彼女を止めるには死を覚悟しなくちゃいけない。
「そろそろ おわろ」
ヤバイヤバイヤバイ!とどめを刺しそうだ!動け!俺!
「はぁ はぁ ぐっ! ぐわあああぁぁぁぁぁぁ!!」
今度は足の骨が折れた!あれじゃ動けない、マジでヤバい!
レオナルドが地面に倒れこんだ。もう立つことすら、指先を動かす事すらも困難な状況だ。
ゆっくりとした足取りで零羅はレオナルドに近づき、ついに彼の目の前に立った。
「ころしたい しを あなたに わたしは みたされる」
零羅は、手を軽く挙げた。心臓部分に打撃を加える気だ。
ヤバイッ!誰か、彼女を止めてくれ!このままじゃ彼女は、人殺しになってしまう!
零羅がレオナルドの心臓目がけて拳を突き出した。
・
・
『ザシュウウゥゥ!!』
レオナルドから血が噴き出した。くそっ止められなかった...いや...違う。どういう事だ?零羅の手はレオナルドの手前で止まっている。と言うよりも、レオナルドの胸から何かが突き出し、彼女はそれの手前で手を止めた。これは、剣?この突き出しているこの剣、まさか!?
複雑な心境だ。零羅を止めたことに、礼を言うべきなのか、それとも、いともたやすく自分の部下を殺す事を怒るべきなのか、分からない。
三上 礼。止めたのは彼だ。こう思うのは癪だが、彼しか彼女は止められなかった。
「はい!これで戦闘は終了!手を引いて、神和住さん。これ以上は、ルール違反でペナルティだよ」
「しが ころせなかった ころさせて わたしの てで!」
駄目だ。彼女は止まらない!俺は...駄目だ動けない。見てる事しかできない。最悪だ。ラスボスに期待せざるを得ないなんて。
「三上!お願いだ!彼女を零羅を止めてくれぇっ!今、彼女は自制心を失ってるだけなんス!」
三上は、少し溜息をついた。
「敵に味方を任せるなんてねぇ...まぁ 今回は仕方ないか、自制心を失った場合のルールは無い。それに、こんなところでゲームオーバーはつまらないし。いいよ、止めてあげるよ。さあ かかってきて......神和住...零羅!」
ゲームが中盤に差し掛かる頃、ラスボス戦一戦目、開始。