第2章 22話 置き去りの狙撃手 その2
インダストリベルト地区、エンデン町。今にも朽ち果てそうな木造の建物が並ぶ街並み。ここに人の気配はない。いや、大分昔にここから人は、いなくなっていたのかもしれない。そんな町並みと同等に悲しげにその建物がある。エンデン変電所。老朽化などの理由で今はもう使われていない。話に聞くともう少し行ったところに、新しい発電所が出来たため、古い設備としていらなくなったのが、この変電所らしい。電気も点いておらず、機能も果たしていない。全く人の気配はしない。だが、ここには俺たちを狙う者がいる。確実にいるはずだ。この場所の空気が、そう教えてくれている気がする。
「なんか、いや~な雰囲気ッスね」俺は、周りを気にしながらぼやく。
「分かるかい、君が今感じているのは、おそらく殺気だ。私にもピリピリ来るものがある。確実にランディはどこかからか私たちを狙っている」サムは、薄っすら汗が出ている。
俺たちは、少しずつ変電所に向けて歩いた。殺気を感じながら。ゆっくりと。そして、変電所に入る。
シィズ以外の女性陣は外に待たせた。シィズを連れてきたのは、応急処置が出来るからだ。零羅はまだ子供だ。出来る限りこんな戦いに巻き込みたくはない。だから、グレイシアと共に待たせた。
そして、一歩、踏み入れようとした時だ。
「マズイ!」
麗沢が、サムを突き飛ばし、近くのプレハブ小屋に突っ込んだ。何事かと思ったら、サムの居た足元、わずかに小さな穴が空き、そこから煙が出ていた。俺とシィズも、早急に小屋にダイブした。
サムに怪我はないようだった。そして、サムのトランシーバから声が聞こえてきた。
『今のは、よく避けたね。消音機もつけて位置をバレないように細工したんだけど、なるほど、陛下が見込むわけだ...どうやって気付いた?』
少し若い男の声。コイツがランディか...
「いくら、サプレッサーを付けても、周りがここまで静かなら銃声は聞こえるでござるよ。そして今ので分かったでござる。銃声とあの弾の弾速、そしてあの弾痕から考えるとおぬし、一番奥の鉄塔の上から撃ったでござるな?」
俺はポカンとした。そして小声で麗沢に話した。
「麗沢...あんた、数学のテスト何点だった?」
「この間の期末は、三十八点でござるよ?赤点ギリギリでござった。それがどうしたでござる?」
麗沢は、ケロッと喋った。
「あ、そうッスか...なんでもないッス...」俺は、黙ることにしよう。
『なるほど、今のだけでよくそこまで気付けたね、だが!』
『パリィン!』
小屋の中にあった、花瓶が割れた。さっきの麗沢の話の場所からではありえない位置に、弾が当たった。弾が九十度曲がったとでもいうのか?それとも...
『今のは、どうやったかな?』
ランディが煽って来る。麗沢も流石に分からないみたいだ。悩んでいる。
「跳弾...か?」
サムがボソッとッと言った。だが、
『違うよ、サム先輩。僕はまっすぐ撃った。まっすぐ撃って花瓶を割ったんだ。だけど、やれるよ』
「ぐあっ!」
急にサムが叫んだ。足からいきなり血が流れ出てきている。先ほど花瓶が割れた位置。そして今、サムが撃たれた位置。どう考えてもおかしい。どうやったら、あんな風に当たるんだ?鉄塔の上から撃った?いや、鉄塔があるのは壁の向こうだ。まっすぐ撃ったなら移動している?あんな短時間に?そして、サムに当たる...跳弾をやれるとランディは言ったのか?どう攻める...
しばらくしたが、今度は動きがない、シィズがサムの止血をしている。
「うぅ~っ...弾が入り込んじゃってる。抜かないと魔法での治療が出来ないじゃない。あのヤロー、変なところに撃ち込んじゃっても~!サム!かなり痛いけど我慢できる?」
シィズはサムに歯を食いしばるようにポケットからタオルを取り出した。どうやって入れてたか分からないが...それを丸めてサムは口に咥えた。そして。
「一、二、三!」
シィズがこれまたどこからか出した、ピンセットでサムの足に撃ち込まれていた、弾丸を引き抜いた。サムからは、汗が噴き出していた。かなりグロテスクな光景を見てしまった。零羅、置いて来てよかった。俺は少し気分が悪い一方、一安心した。シィズは袖の布をちぎって、傷口に巻き、そしてそこに手を置いている。そこの部分だけほんのり明るい。
「それにしても、どうやって撃ったのかしらね」
落ち着いた感じで、サムにさっきの事を聞いている。
「あぁ、私も分からない。最初、確かに鉄塔の上から撃ったはずだ。あそこから一瞬火花が見えた。だが二発目はどこから...どうやっても無理だ。割れたのは花瓶のみ。窓ガラスは割れていない。窓が空いているのは一か所のみ...そしてその位置からさらに俺の足に撃ち込む...どうやったんだ...!」
俺も皆目見当もつかないので聞くだけだった。トランシーバから音声が聞こえてきた。
『やっぱり、誰も僕を超えられないんだ。先輩も、君たちも、今楽にしてあげるよ』
次の瞬間、今度は、俺が麗沢に蹴とばされた。いてて。
「危なかった~...でござる。先輩、大丈夫でござるか?」
俺は大丈夫だ。だけど、なんで麗沢は避けれた?今、確かに窓の外から一瞬、超高速で何かが入ってきたのは見えた。それが地面に当たって今、そこから煙が出ている。さすがに音も聞こえなかったのにあれを避けるのは無理だ。でも、麗沢は、避けれた。さっきも聞こえたとか言ってたな。あいつ、あんなに耳良かったか?地獄耳なことは、しょっちゅうあったけど...
『また避けたね。二度までも...君だけは、違うのかもしれない。分かった、まず君から狙うことにしよう』今のは、標的はまず、麗沢って事か?
「う~む、今の攻撃があそこみたいでござるから、もし次に狙うのならあそこであるからして、どの場所からも当たりそうにないのは...この位置でござるな」
麗沢、なんかぶつくさ言った挙句、部屋のど真ん中に座った。しかも体操座りで。
「何やってんスか?麗沢...」
俺は変なことをしはじめた麗沢に、ツッコミを入れてみた。
「おっ?ここの位置なら銃弾が最も当たりにくいのでござる。しかし、ランディ殿はどうやって撃ってるのでござろうか...跳弾にしても変でござるし、先ほどのは、確実に隣の大きな建物から撃たれた。考えられるのは...まさか、やってみる価値はあるかもしれないなぁ」
麗沢が、笑みを浮かべている。というか、こいつが標準語話したの、初めて見た。
「先輩。確か魔法の撃てる、あの、デザートイーグルありましたよね。あれを拙者の言うところに撃ってみて下さい」
お、おぅ。俺は気圧された。ほんとにこいつ麗沢か?というか、この銃の名前、それだ。デザートイーグル。よくゲームとかでもやたら威力高い銃で見覚えがあったな。そういえば、でもこれの名前、確か『セブンスイーグル』だったなぁ。グリップに鷲が七匹描いてあるし、バレルめちゃ長いし、やたら重いし、じゃないわ。えっと?
「あそこです、窓から見える一番近くの鉄塔あそこに、先輩のありったけでぶち込んでください」
「あぁ、分かった」
俺は、銃を取り出し、最大威力で言われた場所に電撃をぶちかました。すると、そこから飛び出す人影が見えた。どうやって撃ったのかようやく理解できた。滑車だ。ここはもう使われていない変電所だ。おそらく奴は、それを利用していたみたいだ。建物から建物へ、電線に滑車を滑らせ移動していたみたいだ。
『君、すごいな。僕の居場所を暴いただけでなく、仕掛けをも見破るなんて...だけど、残念。見破っても、君たちに僕は捉えられない。何故なら』
「ふんむっ!」麗沢の肩から、血が噴き出した。
『どこにいようと、無駄なんだ。建物なんて、僕には何の意味もない。君たちはいかなるところにいようとも、僕の射程圏内だよ。次は...』
俺は、トランシーバを手に取り、飛び出した。そしてある方向に向かって撃ち込んだ。威力は弱かったが、あいつの銃弾を落とすには十分な威力だ。
俺は、あいつの動きを見逃さなかった。あいつは、隣の建物に移動した。そして、屋上から降りて下の階に移動したのを見逃してはいない。そして、奴が引き金を指にかけたことも見逃さない。俺はそこに撃ち込んだ。
「やっとわかったスよ。もう、見逃さないッス...」
俺は、銃を片手に走った。分かった。おそらく、あいつはスナイパーライフルでも、ボルトアクションだ。連射は出来ない。そして、今ので一旦弾切れだ。この手のライフルの装弾数は六発。奴は使い切った。今は走れ!あいつの元まで!
だが、奴は俺の予想を超えていた。奴のいる建物まで三十メートル程まで近づいたのに、俺は横に大きく身を逸らして、建物の陰に入った。あいつはもう一つ武器がある。
「くそ!」俺が建物から身を乗り出して撃とうとしたが、
『パキュイーン!』俺の手元から銃が弾き飛ばされ、地面に転がった。
『見事な作戦だったよ。彼はおとりだった訳か。弾が空になった瞬間を狙い、一気に攻める。単純だけどいい案だ。だけど。狙撃手が敵に近づかれた際の手段を持ってないとでも思った?残念でしたね。でも君たちはすごいよ。銃弾を打ち落とすなんて、僕でも難しい。そして、居場所を掴むためにあえて、そこに座る度胸。感服するよ。でも、結局は誰も僕を超えられない。さようなら。陛下が認めし、勇者達...もし、君たちが最初からいたなら...』
俺は、気が付いた。こいつは、まさかな。
『パパパキュイーン!』
俺は三発撃った。一発は奴の弾丸を打ち落とし、二発目は奴のライフルを弾き飛ばし、そして三発目は、奴がいる場所の下にあるドラム缶。少し、ガソリン臭い場所とは思っていたが。思った通り爆発した。そして、この老朽化している建物の柱を砕いた。そうだ。俺にももう一つ武器がある。西ボーダーで、店主にもらった拳銃が。そして...
『ガラガラガシャーン!』
三階建ての建物は倒壊した。奴は逃げようと、電線に滑車をかけようとしたが。俺は、すでに『セブンスイーグル』を拾い上げ、電線を撃ちぬいた。滑るように奴は、転がり落ちてきた。まだ若い。俺と同じくらいか?ちょっとだけ上?
「よぉ。初めましてッスよね。ランディ ブーゲンベリアさん。俺は坂神 桜蘭ッス。単刀直入に言うッス。発信機はどこだ?」俺は、奴に聞いた。
「まさか、僕が、ここまでっ!」
奴は往生際が悪い。いきなり俺に向けて拳銃を撃とうとして来た。だが、俺は見逃さない。銃身を掴んであらぬ方向を向かせた。もう二度と撃たれそうになるのは御免だ。
「教えない...僕は、陛下の命を全うする!」
まだ往生際が悪い。今度は殴りかかってきた。俺は俺の銃でランディの頭を殴った。
「っく!ぁぁ...僕が、超えられた?いや、嘘だ。そんな訳ない。誰も、超えてくれなかった。誰も超えられないんだ。超えてくれたのは、陛下だけなんだ」
うわごとのように、ランディはぼやいている。
「なあ、聞いていいッスか?どうしてお前は、王に味方してるんスか?」
俺は聞いた。気になった。こいつは世界を憎んでいる。
俺は一つ王を理解できた気がした。前に王と戦った時感じたもの。あれは怒りの感情じゃないのか?王も、ランディも、この世界を憎んでいるんだ。