第2章 10話 勝つ為に必要な覚醒は、王しか知らぬ真実
しばらくして俺たちは広場に取り残された。周りには誰も居なくなった。急激な安心感が俺を襲い、俺はその場に座りこんだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ...」
俺は、長い溜息をついた。俺の声で他のみんなが動き出した。
「何とか...なったのか? なって無いよな、いったいどうすればいいんだ...」
サムは、頭を抱えだした。
「あの人、胃に悪いでござるね。今は、さすがに何か食べたい気分じゃないでござる。むしろ...戻しそうでござる...済まぬ、ここの近くに...トイレは...!」
ヤバい、麗沢がリバース寸前だ。そりゃあんだけ食べた後で、回転したり、吹き飛んだりすれば、胃が揺れるわな。それに、人の体に穴が空いたりとか、色々グロッキーな物まで見てるんだ。仕方ないか。じゃなくてトイレはどこだ?このままじゃ道端に吐くぞコイツ。
「お...お手洗いなら、そちらにあるみたいですよ?」
女の子。零羅が指をさしている。その方向に、公衆トイレのようなものがあった。これだ!
「ありがとうッス。えっと、零羅さん。麗沢、歩けるっスか?」
俺は、麗沢の肩を持った。安定に重い。麗沢も何とか自力で歩こうとしているが、足元がおぼつかない。
「す...済まないで...ござる。先輩...でも、もう駄目みたいで...ご.ざ...ろrrrrrrrrrrrぉ」
やっちまいやがった。俺は、可哀想だが、麗沢をちょっと、突き飛ばして距離を置いた。俺にかかることは免れた。セーフ。いや、アウトか...
「あ~、やっちゃったッスね。大丈夫ッスか?麗沢」
俺は、麗沢の状態が少し落ち着くのをまってから、駆け寄った。あたりに酸っぱいようなにおいが立ち込めている。嫌なにおいだ。つられて俺まで吐くなんてことはしたくないな。俺がもう一度、麗沢を担ごうと思ったが、シィズは既に迅速に行動していた。バケツやら、モップやらいろいろ掃除できるものを準備していた。そして、いつの間にかマスクもしっかりつけていた。シィズは俺を止めた。
「ありがとうねサクラ君。でも、嘔吐物は、もしかしたら何かの危険な病原菌があるかもしれないから、近づいてはダメ。ちょっと前に、変な感染症が町中に広がったことがあって、その原因がくしゃみとかからでもそうだし、飛沫感染で広がっていったのよね。そして嘔吐物に至っては、病原菌の塊だったの。確か、ノロマみたいな名前の病名だったっけ。今回の場合、只の食べ物の逆流と思うけど、念のためしっかりと処理するわ」
シィズは、ものすごいスピードで、麗沢がぶちまけたモノを処理していった。純粋にすごいなと思った。あっという間に片づけ、今度は麗沢の診断をしている。そういえばシィズは、救急隊員だったっけ。
「す...すごい、ですね」
いつの間にか零羅が俺の隣にいて、ぎこちなく話しかけてきた。
「確かにね、でもこうやって見ると、医療関係とかってホント大変な仕事だなって思うッスね。普段なら誰も手を付けたくない物の処理とかもやらなくちゃいけないし、そんなのがほぼ毎日だ。それ以外にも、色々めんどくさい事もやらなきゃいけないんスよね。俺には絶対できない仕事っスね」
俺は、とりあえず今思ったことを話した。
「そうですね。でもその分、やりがいがありそうです。わたくしはいつか、このような仕事をしたいと思っているのです。傷ついている人たちが、笑顔になれるように、そんな、仕事を...」
零羅は最初見たときから喋り方も服装も、俺より上だと感じていた。それに加え、考え方も俺より素晴らしい。俺はなんか、俺が恥ずかしい。何故か分からないが、俺は何もしていないのに零羅に完全敗北した気分だ。
「へ...へぇ」
言葉が途切れた。俺たちは立っているだけだった。
ぼけっとしていたら、ふとあることに気が付いた。さっき吹き飛ばされた時にできていたはずの怪我がない。痛みもいつの間にか消えている。いつの間に治ったんだ?そういえば、王も体に穴が空いたのに一瞬で治っていたな。俺も同じなのか?いや、あんなに風にやる勇気もないが、絶対無理だろう。現にしばらく痛くて立てなかったんだ。どうすればあそこまで出来るんだ?俺は珍しく考えた。
「覚醒...レイはそう言ってた」
気が付くと目の前にグレイシアがいた。近い。俺をじーっと見ている。なんか恥ずかしい。そういえば、グレイシアは王の一応妻なんだよな。あの時なんで王と何も話さなかったんだ?何か会話があってもいいはずだったのに、まるで、赤の他人のようにしていたような感じだ...
と言うか、覚醒?
「覚醒?何の事っスか?」
俺は、とりあえずグレイシアの言っていたことが気になったので聞き返した。
「レイの圧倒的な強さは、レイが覚醒しているから。でも、どうやって覚醒するのかは分からない。そこまでは教えてもらってない。ごめん」
グレイシアが俺に謝った。別にそんなことしなくていいのに、でも、俺の感じた王との圧倒的な差が、覚醒とか言うものの影響だとすれば、もしかしたら...
「覚醒?王の力の正体がそこにあるとしたら、彼らはまだ覚醒していないという事ですよね。グレイシアさん。もうちょっと詳しく聞かせてください。私も、覚醒なんて聞いたことがない。ぜひ聞かせてほしい」
サムが、食い入るように会話に入り込んだ。グレイシアは、小さくうなずき説明した。
「レイが覚醒したのは、ゼロ暗殺の時、あの時私は、別々に行動してレイは一人で向かっていった。レイと別れたときはまだ、レイサワよりも上手く魔法をコントロールできているぐらいの実力だった。総合的にはむしろ私のほうが強かった。でも、再び合流した時、何かが変わってた。見た目がじゃない。あの時のレイから感じたのは、闘争心。レイは戦いを楽しんでいた。まるで、無邪気な子供のように、楽しそうに戦ってた。でも、その中にすさまじい冷静さを感じた。その時からだと思う、覚醒していたのは。あの時から、レイの魔法の威力が跳ね上がった。私はレイがゼロを倒し終えた後、どうやったかレイに聞いた。でもレイは一言だけ言った。『覚醒したからね』とだけ。私が知ってるのはこんな事だけ」
グレイシアが説明を終えた。サムがうーんとうなっている。気付いたら、麗沢もシィズも話に聞き入ってた。麗沢はもう大丈夫そうだな。
「そういう事なのね。あの暗殺任務についてもう少し調べたら、その覚醒について何か分かるかもしれない。よし!今はいったん帰ろう。王はあえて私たちを見逃していると言っていた。つまり、今はまだ手出しはしてこないという事。この隙に王の弱点を調べあげる。自分の興味本位で自分が追い込まれる、後悔させてやろうじゃない」
シィズがメラメラ燃えている。確かに、さっき戦って思った。今のままでは全く歯が立たない。俺は、強くならなくちゃいけない。強くならないとどの道、いつかあいつに俺は殺される。そんなのは嫌だ。後悔させてやる。楽しみで人を殺してきたことを!
「そうですね、今はアジトに戻ることが先決だな。そこから作戦を考えよう」
サムは運転席に、俺たちも全員で車に乗り込み、アジトに戻った。形はどうであれ、日本から来た三人は全員無事だ。俺はほっとした気分と、モヤモヤした気分が入り混じっていた。