第2章 8話 争いを嫌う心優しき三人目
麗沢の一撃でワンコは気絶した。一応俺たちの勝ちだ。俺たちを取り囲んでいる兵士らしき人達から、どよめきが上がった。
「隊長が、あんなにあっさり」「あのデブ、かなりのやり手か?」「俺たちもヤバくないか?」「それにもう一人なんて、王の武器を...」
兵士たちは逃げ腰になっている。これはチャンスだ。こいつらはワンコがあっさりやられたのを見て士気が低下してきている。少し煽れば、逃げ出してくれるかもしれない。
「見たか!これが麗沢の実力ッス!今なら見逃してやるッスよ!この、ワンコとか言う人の二の舞には、なりたくないだろ!?」
俺の言葉で、兵士たちは更に後ろに退いた。だが、
「た...隊長がやられたから、何だってんだ!か...敵を討ってやる...!」
一人の兵士が前に出てきてしまった。まずいな、こうなると我よ我よと出てきてしまう。麗沢を煽るか。
「麗沢。こいつらを倒したら、後でいっぱいご飯が食べれるって言ったら、どうするッス?」
俺の言葉に麗沢は、刹那で、反射のように言葉を返した。
「やるでござる。全員倒すでござる。キリッ」
ある意味頼もしいなこいつ。麗沢はまたへんちくりんな剣の構えを取った。前に出てきた兵士たちも構えを取った。ガタガタ震えている。こいつらにとってはかなりの衝撃だったのか?さっきのギャグ。
「行くでござるよ~」麗沢が突っ込んでいこうとしたその時だった。
「や...やめてください!」
車の中から聞こえた声で、麗沢が焦って止まろうとしたが、案の定ズッコケて転がっていった。声に反応した兵士が気を逸らしてしまったせいか、麗沢がそっちに向かって転がっていくのに気付いていない。そのままボーリングのピンみたいに麗沢に吹き飛ばされた。
「ギャフン!」兵士が倒れた。
「お~の~...」麗沢も目を回して倒れた。
「だ...大丈夫ですか!?」
車の中から人が降りてきた。さっき俺と麗沢の喧嘩を止めたのもこの女の子だろう。車か降りてきたのは十歳前後の女の子だった。もうちょっと幼い感じもするが。そしてこの子からはすごいお嬢様感が漂ってきた。服装もそうだが、なんというか、オーラがいいとこ育ちを物語っている。女の子は麗沢と兵士倒れている所に向かった。
「あ...争うのなんてやめてください。聞けば、私が原因でこんな争いが生まれてしまったらしいじゃないですか。何でですか?何で皆さんは戦うのですか?私は何かしてしまったのですか?そうなのだとしたら、謝ります。ごめんなさい...でも、これ以上誰かが傷つけあうのなんて見たくはありません。お願いです。もう、やめて下さい...おねがい...ですから...」
女の子は涙を流し始めてしまった。周りは静まり返った。この子は麗沢と違って何も聞かされていないみたいだ。何でここにいるのかも、なんでこの事態になっているのかも。周りにはこの子のすすり泣きしか聞こえてこない。全員少しうつむいている。みんな何か考え込んでいる様だ。
しばらく、沈黙が続いた。だが、沈黙を破ったものが来た。ここを取り囲んでいる者達の中ではない。サムでもシィズでも俺でも麗沢でもグレイシアでもない。ワンコに至っては、まだ気絶している。そいつは呼びかけてきた。
「おーい。用事が済んだから帰るよー...ってあれ?何この空気?」
軍用車両の奥からそいつはこっちに来た。俺は驚愕した。ズタボロのコートに少年のような顔立ち、そして腰に差したレイピアのような剣。
「三上 礼...!」
俺は名前を言った。来たのは王だ。マズイ、ヤバい。俺は冷や汗が出てきた。
「あれ?君じゃないか。昨日会ったばっかりなのに、また会ったね」
相変わらず不気味なくらい清々しい、いい笑顔だ。
「あっ...おーい、ワンちゃーん。大丈夫?」
王が倒れているワンコに気がつき、軽く体に手を触れた。ワンコがすぐさま目を覚ました。
「はっ!?上から巨大なものが!...あれ?陛下!?」
いきなり目の前に王がいたらびっくりするだろうな。王は麗沢のほうにも向かった。
「いったい何があったの?ワンコは倒れてるし、女の子は泣いてるし、君たちは怪我してるし...ちょっと体触るよ」
王は麗沢の怪我も兵士の怪我も一瞬で同時に治した。
「おっ?かたじけないでござる...」
麗沢が礼を言っている。兵士はビビりあがった。
「へ、陛下!申し訳ありません!」兵士が立ち上がり、敬礼をした。
「そんなにびっくりしなくても...で、これってどういう状況?ワンちゃん?」
王がワンコに聞いている。ワンちゃんねぇ。犬っぽいかなと思っていたが...
「は!サムの反逆でございます。そしてこの者達は異世界、ニホンから来た者。サムはこの者達を使って、王に反旗を翻そうとしていたのでございます...」
ワンコが簡単に説明している。ワンコと王以外、みんな固まって動いていない。女の子は涙目のまま王を見つめている。だがすすり泣いてはいない。その顔は、わずかに恐怖している表情だ。
「そうか。で、君は何してたの?」王はワンコに尋ねた。
「我は、反逆者共を倒そうと...そうしたらあの者にやられてしまいました。申し訳ありません」ワンコは謝罪している。
「そうか。別に謝ることはないよ。君は僕の命令に忠実に従ってくれている、頼もしい仲間だ。今の戦いで死ななくてよかったよ」
王は、ワンコを褒めている。ワンコはなんか嬉しそうだ。まさに犬だな。
「我はもう負けない、もう一度だ、もう一度我と戦え!レイサワだったか?今度こそお前を叩きのめす!」
ワンコは麗沢に勝負を挑んできた。こいつは、主人がいるとより士気をあげる奴みたいだな。目がギラギラしている。さっきまでの薄い存在感がなくなっている。
ワンコが王に背を向けて、麗沢に向かって拳を構えた。
「お?いいでござるよ」麗沢も構えた。
「いや、もう戦う必要なんてないよ」
王のが放ったその言葉、その言葉で俺たちも敵も凍り付いた。王がその言葉を発したと同時に、ワンコの胸から何かが突き破り、貫いた。王の剣だ。王の持っている剣がワンコの体を貫いている。
「がっ...はっ...!」
ワンコの口から血が流れ出た。
「もう戦う必要はないんだ。ワンちゃん。君の忠誠心は大したものだよ。だけどね、僕はこの人達をあえて見逃していたんだ。分かるかい?僕は彼らが日本から来たものを集め何をするのか、ちょっと興味があったんだ。だから、今回は見て見ぬふりをするつもりだったんだ。君はよく働いたけど、残念。僕は僕の立てた計画を邪魔されるのは嫌なんだ。死んでね」
王は剣を引き抜いた。胸と背中から勢いよく血が噴き出した。ワンコが力なく倒れていく。
「な...ぜ...」
この一言を言って、ワンコは動かなくなった。
「向こうに逝ってね。ワンコ・ヒィ」
王が、ワンコを見下ろした。その顔は何も変わっていない。薄いあの笑顔のままだ。俺の中で怒りが爆発した。ふざけるなよ、あんたの為に忠誠を誓っていたはずだろあの男は。
許さない。その薄ら笑いをぶっ飛ばす!