第2章 7話 食事を愛するが故に覚悟を決めた勇者
俺たちの乗った車は走り続けている。シィズがケータイのような物で何か話しながら運転している。
「サム!そっちの状況は!今から向かうから少し待ってて!あと二分もすれば着くから!」
シィズはそう言ってでかい受話器のようなものの電源を切り、鞄にしまった。
「今 広場で交戦中だって。相手は王国軍の焔部隊の隊長、ワンコ・ヒィ。レイサワ君、嫌な予感は間違いないかもね。あいつは炎の魔法使いの中では右に出る者はいないのよ。サムは風の魔法。風じゃ炎の勢いを増してしまうだけ。でもなんであいつがここに...急がなきゃ!」
俺はそれを聞いて焦りが生まれた。麗沢の予感が当たらないでくれ!
車は広場に出た。一台の車を何台もの軍用車両が取り囲んでいる。中央に二人男が立っていた。一人はサムだ。まさに一触即発の状態と言った感じだ。二人はにらみ合い、出方をうかがっているようだ。
「サム!まさか貴様が出てくるとはな。王から聞いたぞ、貴様は裏切り者だ。ここで処刑させてもらうぞ。そして、その車に乗っている者。そいつは誰だ。何故コソコソと隠れながら移動している。貴様は何か知っているな?聞かせてもらうぞ」男がサムに何か聞いている。
俺たちの車は猛スピードで突っ込み、取り囲んでいる車の間を通って、サムの前に着いた。
「サム!」
シィズは、車から飛び降りた。俺たちは一応車の中で待機することにした。
「シィズ、彼らは大丈夫か?」サムがシィズに尋ている。
「ええ。彼らは自分の意思でここに来てくれた。レイサワ君には剣を、彼は中々に使えそうね。いきなり剣に炎を纏わせていたわ。そしてサクラ君は王の拳銃を。彼は魔法の威力が極端に低いみたい。彼にはピッタリの武器よ。それに何と言ってもグレイシアがこちらについている。彼らは知らないのよ。戦力は 今 私たちが上よ」
シィズが少しドヤ顔だ。っていうか俺の悪口が聞こえた気が...まぁいいか。
「ワンコ!あなたはなぜここにいるの!」
シィズが男に問いかけた。
「我は王の護衛でここまで来ているだけだ。王がここに用事があると言っていたからな。我はその周辺の見回りをしていただけだ。そして不審な車両を見つけたから止めた。そしたらサムも出てきて今の状況だ。これは我らにとっては好機だ。我々に反逆の意思を見せる者どもを一気に絶やせる。王も喜びになるはずだ。全ては平和の為に」
ワンコが籠手のようなものを腕にはめ構えた。
「貴様とは、手合わせしてみたいと思っていた。俺は貴様を倒す。本来であればお前を捕まえて情報を聞き出したいところだが、まぁいい、ここには他にも沢山反逆者がいるからな。そいつらに聞くことにするか!」ワンコが前に出た。拳が炎を纏い右拳を前に突き出した。
『ゴウゥゥゥ!』
炎が火炎放射の様に飛んできた。俺たちはまずいと思い車から飛び降りた。炎がサムを包み込もうとした。
『ズゥアン!』
サムがどこからともなく取り出した小刀で炎を切り裂いた。俺は今だと思い、車から飛び降りると同時に、ワンコに向かって銃を向け引き金を引いた。小さな電気の球があいつ目がけて飛んでいった。当たれ!しかし、あいつはハエを落とすかの如く手で払いのけてしまった。
「なんだ今の?すんげぇショボい魔法...」
ワンコは?と言った感じで俺を見た。だが俺を見た瞬間敵意がむき出しになった。
「貴様!それは、王の...!何故貴様がそれを!返せ!」
今度は俺に向かって走ってきた。俺は慌ててあいつに向かって引き金を引いた。
『ポッス...』
なんかガスが出た。ちょっ やべぇ!。ワンコは拳に炎を纏いながら突っ込んできた。
「ぅぅぅぅううおおおおおぉぉ!先輩ぃぃぃぃぃ!」
横から麗沢が剣に炎を纏わせて飛び出してきた。燃えた肉ダルマがワンコに向かって猛スピードで飛んでった。こいつこんなに足早かったっけ...
「なにっ!」
ワンコは辛うじて防いだ。そして何とか受け流した。麗沢はバランスを崩してボヨ~ンと跳ねながら、車に向かって転がっていった。
「NOOOOOOOO!」麗沢が変な声をあげている。
『ガツーン!』
車にぶつかった。その車が護衛対象じゃないのか。そこにぶつかってどうする。俺はツッコみたかった。
衝撃で車のドアが外れた。本当になんてことをしてくれたんだ。
「ちょっと!麗沢!?何やってんスか!?」
俺は、そっちに走っていった。ワンコもサムもシィズも今の間抜けな展開にポカーンとしていた。
「おい麗沢。ここに乗ってる人を救出しに俺たちは来たんスよ。何でこの車を攻撃してんスか!」
俺は麗沢の頭を叩いた。
「ちょっ 先輩~、拙者もやりたくてやったわけじゃないでござるよ~。勢いよく突っ込んだのはいいんですが、ブレーキが利かなかったでござる。それで勢い余って突っ込んでしまったでござるよ~。」
体は大丈夫そうだ。ってかこいつはこの状況でもそのふざけたノリは崩さない気か。
「ふぅ。今ので疲れてお腹すいてきたでござるな」コノヤローこの状況で...
「おい!少しは緊張感持ちやがれー!」俺は麗沢の頭を『バコン』と殴った。
「痛いでござるよ~。敵は拙者ではないでござるよ~?」
「そんなことは分かってるっス!だけどお前はちょっと緊張感がなさすぎるッス!もっと真面目にやれー!」俺はもう一度殴った。
「あ...あのぉ...」誰の声だ?知るか!
「大体お前は、いきなりここに来て定食食って、その後ピザって、いったいどうゆう神経してんスか!?」俺は麗沢に怒鳴りつけていた。
「そんなこと言ったって~、お腹は空くものでござる。食べたいものは食べたいのでござる」こいつは本当に現状を理解できているのか?
「てんめー!」俺は怒りに身を任せ始めていた。
「け...喧嘩はいけませんよ...」俺は麗沢と話してんだ、邪魔すんな。
「ぁあんっ!」俺は声のしたほうを一応見た。我に返った。
「ひぃっ...!」その人は車の奥に逃げていった。やらかした。
「あ...ごめんなさいっス...」
俺はとりあえず謝ることにした。周りを見たら敵も味方も目を点にして俺たちのほうを見ていた。視線が痛い。しばらく沈黙が襲った。
「ん?おい、そこの肥満体系の奴!今お前炎の魔法を使ったのか?」
沈黙を破ったのはワンコだ。なんか真面目な展開に持って行ってくれた。少し感謝したい。
「お?拙者でござるか?やってみたらできただけでござるよ~。因みにさっきの技は、『必殺の丸蹴汰斬』でござる。今適当に考えたでござる」
技名なんて誰も聞いていないだろ。てか適当に技名をつけんな。
「そうか。我らヒィ族には、お前のような顔はいない。そしてこの状況少し違うが見覚えがある。お前はニホンから来たものだな。少し答えが見えてきたな。サム!お前の目的はニホンからの来訪者の確保。そして、そいつを育て上げて他の反逆者と共に反旗を翻すつもりだな」
ワンコは徐々に答えが見え始めてきている様だ。サムは少し冷や汗を流した。今のふざけたやり取りでそこまで考えたのか。
「更にだ、今のそいつがニホンの来訪者だとしたら、その車に乗っているのは誰だ?分かったぞ、そいつもなんだな。そいつもニホンから来た者。つまり最低二人いると言う事か。サム!お前の目論見はまるわかりだぞ!王もニホンから来た者。二人以上いれば王を倒せるかもしれないと言ったところだろ」
ワンコはあまりぱっとしない雰囲気を感じていたが、こいつはかなりの洞察力があるのかもしれない。かなりヤバいぞ。
「くっ...」サムは歯を食いしばった。
「おや?その反応は図星だな。だが残念だったな。お前の目論見は見抜かれた。それにだ、仮にニホンから来た者が十人いようとも王には勝てないぞ。今のそいつの攻撃で分かった。王とは天と地ほどの差がある。ましてや今の戦いぶりだと、我にも勝てないな。可哀そうだ。何もわからず戦って殺されるとはな。そうだ。そこの肥満体系!我らとともに来ると言うのなら、お前の罪は目をつむってやる」
ワンコが麗沢に提案した。
「遠慮するでござる。キリッ」だが麗沢は即答した。
「なんだと?」ワンコが聞き返した。
「おぬしらについて行ったとしてもなぁ、何にも罪のない人を殺すような人たちとは共に食事したくないでござる。拙者は食べるときは心の中に一切の迷いを無くして食事をするのでござる。ほんの少しでも心が揺らいでいては、せっかく超一流の料理を食べても、拙者の心がその食事に意識がなければ只のゴミにしかならぬのでござる」
麗沢がついに真面目なトーンになって話し始めた。
「食事だと?貴様はそんなことの為に我らに刃向かうと言うのか!?」
ワンコが怒りの表現を浮かべている。むかつくのは無理もない。こいつの脳内は食事が世界のすべてだからな。あと二次元か。
「拙者は、この世界に来て分かったのでござる。いや、より深く知ったと言うべきでござるか?食というものの大切さを。拙者はこの世界に来て一週間ほど水でしか飢えをしのいでなかったのでござる。死にそうだったでござる。誰も居ない森の中、生きるのに必死になっていたでござる。そんな時だったのでござる。拙者はこの者達に助けられたのでござる。そしてここに向かう車の中でおにぎりをもらったでござる。冷たい少し硬い何も入っていない塩おにぎりでござる。でもそれは暖かったのでござる。誰かのためを思って握られたおにぎり。拙者は初めて生きるという意味を理解できたでござる。だから拙者はより一層食事と言う事に敬意をもって食べることにしたのでござる。そして、おぬしは食事をそんなものと言ったでござる。拙者は食事をないがしろにするものは許せないでござる。おぬしは拙者の敵でござる!」
麗沢が剣を構えた。ぎこちない無駄が多いだけのカッコつけの構えだ。だが俺には麗沢が格好良く見えている。こいつの更なる異常な食欲とこだわりは、この事があったからだったんだ。俺は少し反省した。こいつはふざけている様で、かなり考えていたのか。それに比べて俺は...
「行くでござるよ!」麗沢が飛び出した。またさっきの技をやる気だ。炎を剣に纏わせ一気に突っ込む。ワンコも構える。
「構えを変えても技が同じじゃないか。阿呆か。お前のその技 奇襲にはいいかもしれないが、真正面の敵に使うには、隙しかないぞ」
ワンコが両手拳に炎を纏わせ、麗沢の技にカウンターを決めようとした。だが、
「おぅっふ!」
麗沢が落ちてた石ころに足をつまずいた。かなり勢いをつけて突っ込んでいたらしく、麗沢の体が縦向きに回転して上に吹っ飛んだ。ワンコの拳が何もないところへ放たれた。地面が数十メートル先まで黒焦げになった。
「な...なにぃ!」
ワンコは思いがけない展開について行けなかった。
「ぁぁぁぁぁあああああああううう!」
麗沢が降ってきた。炎を纏った巨体が降ってきた。
『ドスン!』
鈍い音を立ててワンコを押しつぶした。
「キャン!」
ワンコが動かなくなった。子犬のような断末魔だった。
「い...今のが奥の手。『脂肪燃焼 火斬羅』でござる。安心するでござる。みねうちでござる。キリッ!」
麗沢はどうやらこのノリでなければならないようだ。こいつはいたってまじめにやっているつもりなのかもしれない。だが、ギャグにしか見えないぞ。俺はもうツッコむのは止めよう。