第2章 6話 非常事態の三人目
「はぁ、はぁ...」
だめだ。麗沢には何を言っても無駄なようだ。食べることしか頭にない。ここまで来ると正直羨ましくも感じる。こいつなら地獄でも変わらずに生きていけるかもしれない。
麗沢はピザを食べている。といってもここの定食屋のメニューには無く、店長が自分用の冷蔵庫から持ってきた、スーパーとかで売ってるマルゲリータピザだが。麗沢はワンホール丸ごと食べた。こいつの胃を見てみたいものだ。
「ふぅ。ご馳走様でござる。冷蔵庫の味がしたが、贅沢は言えぬでござるな」麗沢が手を合わせて食べ終えた。
「で、話をまとめるとなると、ここは拙者達の暮らしていた世界とは別であり、今 この世界を支配しているのが、拙者達同様に拙者達の世界から来たものが世界を乗っ取った。それで、そなたらはこの世界の支配者を倒すために裏で組織された存在。なかなかにありきたりな展開でござるな。支配者と反逆者の戦い。異世界転移物の小説ではありきたり物語でござる。そして、拙者達はその支配者同様の境遇である存在。拙者と先輩、あともう一人いるのでござるね。つまり、拙者達が支配者を倒す主人公達というわけでござるな。ありきたりだが、面白い話でござるな。まさか拙者が主人公ポジをもらえるとは、思いもよらないのでござるが」
麗沢は一応今の状況は理解できているようだ。言っていることは相変わらずふざけている様に聞こえるが、麗沢は真面目に考えて答えを出しているみたいだ。
「となると、この先の展開は...」
麗沢が何か言おうとしたら、厨房の奥からシィズが飛び出してきた。
「たいへんよ!三人目の存在が王国軍に見つかったって...」
シィズは汗を流して息を切らしている。
「それで...いま、仲間と、逃亡中って...」
言葉を詰まらせながら、シィズは状況を伝えた。
「なんだと!?で、そいつは今どこにいる!」
サムが立ち上がった。サムは冷や汗を流している。
「旧 国境の壁は超えたって、言ってたけど、そこで 連絡がなくなったの。このままじゃ、みんなやられちゃう」シィズは焦っているようだ。
「私が行く。みんなはあの場所で待っててくれ、私はもう指名手配状態と同じようなもの。わざわざ隠れて行動する必要はない。だったらいっそのこと表立って行動する!」
サムは走り出して、店の扉から出た。
「ちょっと!サム!」
シィズは止めようとしたが、サムは素早く行ってしまった。
「くっ。仕方ない、一旦戻るわよ」シィズは俺たちに戻るように言った。
「う~む、この展開はまずいでござるな。誰かを助けに一人で立ち向かう。これは死亡フラグの典型でござるよ」
麗沢が突然不吉なことを口走りやがった。
「ちょっと、どういう事。サムがやられるとでも」
シィズは案の定、少し喧嘩腰に麗沢に詰め寄った。
「サムは、この世界でも一、二位を争う風の魔法の使い手よ。王国軍相手でもそんな簡単にはやられるような奴じゃないわよ」シィズは、少し怒ってるみたいだ。
「おい麗沢!急に変なことを言わないでほしいっスよ!変に心配しちまうじゃないっスか。あの人は反逆者達のリーダーッスよ」
俺は少しでも場を和まそうとしたが、麗沢の顔つきが異常に怖い。今までコイツのこんな顔は見たことない。
「そんなことは、百も承知でござる。あの者が強いってことは。拙者が言いたいのはそういう事ではないのでござる。さっきから胸騒ぎがするのでござる。拙者はすぐにでも後を追うべきと考えるのでござる。何か嫌な予感がする」
麗沢が、今まで聞いたことが無いことを言い出した。こいつは危険な事には絶対に首を突っ込まない奴だった。なのにこいつは自ら行動を起こそうとしている。
「拙者!彼らを救助に向かうでござる!」
麗沢が立ち上がった。こいつはマジでやるつもりだ。サムともう一人の救出に。
「麗沢。お前が行くなら俺も行くっスよ」
俺も立ち上がった。俺は今、麗沢に感動している。こいつがここまで覚悟を決めて行動を起こそうとするなんて。俺は居ても立っても居られなくなった。俺も行く。
「ちょっと待ちなさい!」シィズが俺たちを止めた。
「武器も持たず、道案内もなしに、どうやって助けに行くっていうのよ。私は最初っから助けに行くつもりよ。だけど今はアジトに戻って」
シィズは俺たちにさっきのアジトへ戻るように言ってきた。
「だけど...」
俺は、今すぐ行動したいのをこらえた。シィズの言う通り、俺たちはここの地理を知らない。俺と麗沢はアジトにいったん戻ることにした。
俺たちは、アジトに戻った。グレイシアが何やらそそくさと走り回っていた。
「グレイシアさん!準備できました!?」
シィズはグレイシアに呼びかけた。グレイシアはコクリと頷いた。
「よし!ちょっと、こっちに来て!」
俺たちは、シィズに連れられて行った。グレイシアも付いてくる。
俺たちは、地下駐車場のようなところに着いた。いろんな車がある。
「ここには、私たちが集めた車両とか武器があるの。とりあえず、これ使って」
シィズがロッカーのようなところからロングソードのようなものを取り出し、麗沢に渡した。
「レイサワ君だったっけ?あなたにこれをあげるわ。サクラ君!王の拳銃は持ってる?」俺は慌てて体中探した。何故か腰のベルトに引っかかってた。そういえば昨日からこの状態のまんま寝て、朝起きてたっけ。つい忘れてた。どうりで体に違和感があるわけだ。
「これッス」俺は銃を取り出した。
「よし!で、これの使い方は分かる?」
シィズは俺に聞いてきた。俺は銃なんて触ったことないぞ。
「えっと?確か上の奴を引っ張って...」
俺はこの時初めて気づいた。俺はこれを本物と思っていたようだ。これは、エアガンだ。最近のはよく出来てるなぁ。だがこれでどうすればいいのか分からなくなった。
「えっと、分からないっス...」俺の言葉に、シィズはポカンとした。
「ちょっと貸して」グレイシアが突然俺の手から銃を取り上げた。
「こう使う」グレイシアが何もないほうに銃を向け、特に何の動作もなく引き金を引いた。
『バキィン!』
氷が発射された。
「レイはこうやって使ってた。魔法を溜める。そして撃ち出す。だって」
グレイシアは超簡単に説明した。
「へぇ~。そうやって使うんスか。じゃあっと」
俺は、昨日の要領で魔法を使ってみた。俺は何もない方向に向かって、構えて引き金を引いた。
『パァン!』
電気の塊が撃ち出された。俺は、炎出して火炎放射みたいにするつもりだったが、まぁいいや。俺は魔法が使えてる。ふと麗沢に目が行ってしまった。
『ゴオオオォォォォォ』
剣に炎を纏っている。
「ふむ、中々の火加減でござるな。豚の丸焼きもできそうでござる」
俺は、ポカンとしてしまった。昨日のみんなの反応は、俺への感心じゃない。逆だ。俺の魔法のしょぼさに驚いていたんだ。だからグレイシアは俺を慰める為に...あぁ恥ずかしくなってきた。
「俺って...」
俺はちょっと、いや、かなり落ち込んだ。これから戦うかもしれないのに、俺はもしかしたら全くの役立たずなのかもしれない。俺はむしろ待機するべきなんじゃないのか。俺は考えていた。俺の肩に手が置かれた。グレイシアだ。
「大丈夫。それは魔法を溜める。弱くても威力倍増できる。使えないことはない」
グレイシアはどうやらフォローしてくれているみたいだ。泣いていいかな。
「よ..よし!これなら大丈夫!みんな!この車に乗って!グレイシアの情報だとまだ壁沿いにいる!みんな行くわよ!」
俺たちは車に乗り込んだ。ちょっと大きいバンのような車だ。
俺たちは、旧 国境の壁と呼ばれるところに向かって走り出した。『反逆者達』のリーダーと、三人目を救出しに。
俺は、覚悟を決めた。俺は、この世界じゃ弱いのかもしれない。だが俺は戦う。何故かと聞かれても俺は答えられない。王が許せないから?違う、俺は答えを出せないだろう。俺の行動は、俺の心が正しいと思っているだけだ。俺は俺の正しいと思う道を行くだけだ。それだけで十分だ。