第2章 中央決着編 14話 この世界を変えるんだ。
「シィズ殿。無事だったでござるか...でもどうしてここが分かったのでござるか?」
麗沢はシィズの元に向かって行った。なんだ?この感じ...
「麗沢!!動くな!!」
「お?」
俺は思わず麗沢を止めた。変だ。確かに目の前にいるのは、俺たちと旅を共にしたシィズ ナナだ。だけど、俺の知ってるシィズとはまるで違う雰囲気だ。着ている服も、いつもは救急隊のサバサバした格好だが、今は黒いスーツに身を包んでいる。
「シィズさん...その場で答えて下さいッス。どうやってここが分かったんスか?」
「...あなたのその顔、警戒してるの?」
シィズは不敵に笑って茶化した。
「ふざけてないで、ちゃんと答えてほしいッスよ!シィズさん!!」
「...あなたは最後まで私の事を呼び捨てにしなかったね。ねぇ。みんなはどこまで知っちゃったの?私たちの事」
質問を質問で返された。だが、シィズの質問はほぼ答えだ。
「し...質問の意味が分かりません。シィズさん、何をさっきから言ってるのですか?」
零羅は誤魔化して答えている。彼女もなんとなく気づいてしまったようだ、シィズの正体に...俺たちの予想は、完全に的中してたんだ。
「知っちゃってるのね...みんな、何も言わずに私に付いてきてくれないかな?」
シィズは手を差し伸べた。まるで勧誘しているかのように。
「やっぱり、あんた。彼らの仲間なんだな...付いていってどうする気なんスか?」
「もう、隠す必要はないものね...単刀直入に言えば、私たちの仲間になってって事。あなたたちはこの世界の真実を知ってしまった。あなたたちはこの世界の檻を壊しかねない存在だって上は判断したの。私に課せられた命令はあなたたちを私たちの組織に引き入れる事、叶わぬなら抹殺でも構わない。私はあなたたちを殺したくない。だから一緒に来て」
そういう事か...この状況は彼らにとっても都合が悪いみたいだな。
「シィズ...あなたは、本当に彼らなの?」
俺が答える前にふらっとグレイシアが前に出て呟いた。
「そうですよ、あなたたちが彼らと呼ぶ存在。私はその中の一人。シィズ ナナって言うのは偽名なんですよ。私の本名は...」
止められなかった。俺が動くよりも先にグレイシアはシィズに攻撃を仕掛けていた。しまった。警戒すべきはグレイシアの方だった。感情が不安定になっている彼女は怒り任せに攻撃してしまう。そんなのではこいつは絶対倒せない。殺しちゃダメだ!情報を聞き出さないと!!
「あなたの心中は察します。ですが私はあなたと戦いに来たのではないんですよ。私と来れば桜蘭君たちを助けられます!」
グレイシアの攻撃はシィズの目の前でかき消された。それだけじゃない、その攻撃の間にシィズはグレイシアの腕を掴んでいる。
「私の本名、静也丸峰子って言うんですよ。出身は日本。そして、完全覚醒者の一人」
完全覚醒者?俺や三上よりも更に上の段階があるって事か...それなら二十年後でも生きられると。
グレイシアは、腕を掴まれているにも関わらずそのまま攻撃に移った。強烈な冷気がシィズを襲う。だけど...
「グレイシアさん。いくらやっても無駄です」
グレイシアは全く人の話を聞いていない。殺意の塊だ。氷でできた剣で切りかかる。シィズはそれを軽々と避けて、終いには剣をデコピンで砕いた。
「あなたでは私には勝てない。それだけじゃないわ。ここにいる全員が私に一斉に攻撃しても、私には傷一つつけられないわ。あなたたちが敵対しようとしてるのはそんな人たちなのよ?だからおとなしく一緒に来て。お願いだから...殺させないで」
グレイシアが間合いをとった直後だった。いきなり地面が大きく揺れた。
「な...なに!?」
この状況はシィズにも予想外らしい。しかし一体何が...なんだよこの轟音は、ジェットエンジンみたいな...もしかして!
俺は後ろを振り返った。オレンジ色に輝く塊が上へと昇っていくのが見える。あれはロケットだ。そして、あの場所はスチュワートがいた場所...
俺はスチュワートの目的をようやく理解できた。動物を避難させた理由も...俺は更に振り返った。
「シィズさん。俺は付いていく気はさらさらないんスよ。俺、決めたんス。三上の意思を継ぐって。あいつが成し遂げたかったこの世界の開放。俺はそれを実現する。
これは開戦ののろしッス!シィズ!!俺はあんた達をぶっ潰す!あんたらみたいに人間をただの実験道具としか思っていない奴には絶対に手を貸さない!俺はあんたらからこの世界を救う!!」
「ミサイル...電磁パルス攻撃!?」
風景は一気に暗くなりオレンジ色の光だけがあたりを照らした。
「俺じゃなくて、俺たちの間違いでは?先輩」
「そうですよ。この世界のみんながあなたの敵ですよ、シィズさん」
閃光は消えて辺りには普通の青空が戻った。
「...この、分からず屋さんたちが...本当はやりたくないけど、いいわ。殺してあげる!!」
全員身構えた。エルメスも、グレイシアも、全員俺たちの仲間だ。絶対に負けない!!
「行くぞ!!」
俺はシィズに向かって走った。だが、突然目の前を稲妻が通り過ぎた。
紅い稲妻。光の加減で見える現象じゃない。稲妻そのものが紅かったんだ。
「...ビリー...ラックス」
さっきまでの闘志はどこかに消えたかのように、俺はそいつを見た。固まっているのは俺だけじゃない、シィズも同様だった。
俺の目の前に突然現れた存在、顔には蛇をモチーフにしたような仮面をつけて表情は全く見えない。見えるのは口元ぐらいだ。俺はその異様な姿よりも、圧倒的な存在感に当てられた。
勝てる気がしない。俺はこいつに恐怖を感じている。強すぎる、今の俺では勝てない。勝手に俺の体がそう叫んだ。
「なんで、あなたがここに?」
シィズは冷や汗をかきながら質問している。だがそいつは何も言わずにその場に立ったままだ。まるで先に行けと言っているかのようだ。
「...本気なの?ビリー、ここで逃したらどうなるのか...あいつの命令なの?」
シィズの質問にゆっくりと頷いた。
俺はチャンスと感じ車のドアを開けた。鍵は車の中にあるようだ。
「ここは逃げるが勝ちみたいッス!みんな乗って!」
俺が動いたおかげでみんなも我に返って車に一気に乗り込んだ。動いていないのはグレイシアだけだ。
「グレイシアさん!」
俺は呼ぶがジッと二人を睨んでいる。ヤバいな。まだ冷静な判断が出来ていない。このまま放っておいたら返り討ちにされる。俺はグレイシアの腕を掴んだ。
「グレイシアッ!!」
俺が呼びかけた直後凄まじい殺気と同時に俺の右腕が氷漬けにされた。
「んぐっ!っつぅ...」
俺の腕を凍り付かせてようやく我に返ったようだ。反射的に攻撃してしまったのだろう。グレイシアの表情は何とも言えなく怯えたような顔になっていた。
「ご...ごめんなさい...」
「ようやく冷静になったッスか?グレイシア。さぁ、今はここから逃げるッスよ!あなたしか行き先知らないんだから、さ!」
俺は手を差し出した。
「サクラ...ありがとう。少しは落ち着いた。やっぱり君は少しレイに似てる。自分の身を呈してまで...ほんと私は弱いね。私は、今やれる事をやるだけ...ついて来て!」
ようやくいつものグレイシアに戻ったみたいだ。グレイシアは俺の手を取ると逆に俺を思いっきり引っ張って車の中に投げ込んだ。
「あいてててて...」
「みんな、さっきはゴメン。冷静さを欠いていた。ベルトはつけた?行くよ」
みんな慌ててシートベルトを取り付ける。
「乗ったはいいでござるが、これ動くのでござるか?さっきのEMP、車は絶対に壊れるでござる」
「問題ない。スチュワートはそれを考慮して電磁パルスに対応している様にした。この車を使わせようとしたのはこういう意味でもある、じゃあ、行くよ!」
車は何の心配もなく普通に発進した。シィズを横目に見ながら、そして、さっきの仮面のあいつの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
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「グレイシア、一体どこに向かってるんスか?」
車は猛スピードで走り続けているが、俺はどこへ向かっているのかは全く分からない。とりあえず南に向かっているのは分かる。
「南オーシャナ...さっきの電磁パルス攻撃は多分あそこまで影響が出てる。もし、誰かが追ってきたら、そいつらは彼ら...来た...」
いつの間にか後ろにバイクがいる。二台ほどだが、行かしても逃がさないって事か?
「お、そうだ。こっちから攻撃を仕掛けるのはどうでござるか?」
麗沢の提案には賛成だが、それをやるには誰かが一旦降りなければいけない。遠距離用の武器はもう無い。俺の使ってたセブンスイーグルは大破して、シングルアクションも弾がない。
「それは止めて。あえて後を追わせる。これは陽動、あいつ等から完全に姿をくらます。それまではこのまま進む...大丈夫、追いつかれはしないから」
結局どこに行くか分からなかった。しばらく追跡が続いた。デッドヒートと言うよりは常にグレイシアが前を行く感じだ。
まぁ、速度は二百五十は完全に超えてるみたいだけど、グレイシアにしては安全運転だ。
そしてそのまま南オーシャナ地区に入った。遠くには前に来たアオシラが見える。車はそこを横目に通り過ぎた。
「さぁ...みんな準備して」
グレイシアの言葉と同時に、ある標識が目に飛び込んだ。『この先行き止まり』
「ちょ...グレイシア?この先海ッスけど」
「うん、そうだね。でもスチュワートの示したのはこの先だから...」
はい?海に飛び込めって事?
「いやいや!海に飛び込む気!?」
エルメス、全く俺と同じ意見だ。
「はっ!?まさか、事故に見せかけてと言うやつでござるな!しかし、その後はどうやっていくのでござる?」
「......」
「何とか言うでござる~!!」
「問題はない」
バリケードが見えてきた。そしてその先にはあまり高くはないが崖がある。ほんと、どうする気だ?
バリケードを突き破った。
車は崖から大ジャンプを繰り広げた。そして、海に落ちた。
「あー!!水入って来たよ!?ほんとどうんのよ!?」
エルメスが慌てふためいている。そんな中グレイシアはガチャガチャと荷台を漁った。
「エルメス、これ着けて」
グレイシアが取り出したのは酸素ボンベだ。まさか、泳ぐの?
「酸素ボンベとゴーグルしか用意できなかったみたい。これで泳いで目的地まで行く」
「わ...わかった、けど、これ二つしかないじゃない。他のみんなの分は?」
「他のみんなは大丈夫」
いやいやいやいや!!大丈夫じゃないって!俺、泳げないんだけど!?アオシラで言わなかったっけ!?水がどんどん入って来る。え?どうすんのコレ!?
「レイラ、窓を割ってくれる?」
「はい、ですがどのくらい泳ぐのですか?」
「そこまで距離はない」
「分かりました!」
分かりましたじゃなーい!!頭がこんがらがってきた。みんな泳げる前提で話してやがる。
「みなさん、準備出来てるみたいですね!いきます!」
「ちょ!!ま!」
俺が止めようとしたが、時は既に遅かった。零羅が窓を軽く小突いた。その瞬間に一気に海水が室内に流れ込んできた。
「ぎゃああああああ!!がぼぼおぉぼぼぼ...」
ひぃーーー!!だれか助けてぇぇぇぇ!!息が出来ない!というか、俺は今どんな体勢なのかも分からない。
急に肩に手を置かれた。
「ひゃあ!!」
情けない声が出た...声が、出た?
目の前にエルメスがいる。彼女は酸素ボンベを背負っている。だからここは水中のはずだ。体がふわふわするし、冷たい。うん、水の中だ...だけど、
「息が出来てる?」
俺は息が出来てる。水中でだ。目も開けても痛くない。周りを見渡すと、零羅も麗沢もキョトンとした顔で自信を見つめていた。
そうか、覚醒は既に不老不死に近い状態。呼吸が出来なくても死なないんだ。だから酸素ボンベは二つでよかったんだ!最初に言ってよもう!!
グレイシアは下を指さした。この先に対抗する手段があるのか...何があるのか全く見当が付かない。古代兵器でも復活!みたいなことはまずないだろうし...
グレイシアを先頭に俺は後ろをついていく。俺は水中で息は出来ても泳げない、情けないがエルメスに捕まれってジェスチャーされたので、言う通りにした。
徐々に深く潜っていき、とある岩場に差し掛かった。その岩場にトンネルになっている部分があり、その中に入った。真っ暗で何も見えない。いや、真上に光が差し込んでいる場所がある。グレイシアはそこに出た。
『ザバァ!!』
そこは、海底に出来た洞窟だ。空気がある。しかし、それ以外は特に何もないみたいだけど...強いて言えば景色が綺麗って事ぐらいか、僅かに太陽光が入って水面が照らされている。
「スチュワートはここで待っていればいいって、それ以上は分からない。ここに、何かあるの?」
グレイシアも全く分からない感じだ。他のみんなは、
「おぉ、海底洞窟でござるか!」
「綺麗ですね~」
そんな感想しかない。
しばらく待った。あ、そうだ。魚に話しかければ!
(ここには、一体何がある?だれか教えてくれないか?)
俺は水面に向かってそう呼びかけた。するとすぐにウミガメが現れた。
(あぁ!今使いの者が向かってるからさ!ちょっと待てて!驚くよ~?)
ウミガメはそう言って、海の中に戻っていった。
「サクラ、何してんの?」
後ろからの声、エルメスか...
「ちょっとね、今ウミガメと話してて、なんでも使いの者が向かってるって...」
「いや、ちょいまち、今、なんて言った?カメと話してた?」
あ、そういえば、エルメスたちには話してなかったな。俺の能力の事。みんなポカンと口を開いて俺の事を見ている。
「俺、実はもう一つの力を持ってるんスよ。それが動物との対話、そして思いのままに動かす事ッス。三上と戦った時に目覚めた能力ッス」
俺はこの力の事を話した。みんな固まった。
「ほぇ~、先輩、さすがでござるなぁ」
「動物と話せるって、おとぎ話みたいですね。羨ましいです!」
それぞれ感想を言っている。なんだか、特別な気分だ。
その特別な気分な時に彼女は来た。ものすごいスピードで水面から飛んできた。
「ごめんなさ~い!姫が寝坊してしまったのです!」
え?
「時間間違えた」
まさかの再会だった。俺たちの目の前に飛んできたのは、
「シレンさん?ワダツミさん?」
「ほぇ?あっ!?サクラさんですか!」
「この間ぶり」