第2章 中央決着編 12話 そして立ち上がって
グレイシアは、手紙を読んだ。
『グレイシア、僕は君に謝らなきゃいけないことが沢山ある。
僕は、君をずっとだまし続けてた。二十年前、僕はゼロを殺した時、僕は君をおとりに使った。あの時の僕の目的は、僕がバケモノにならない方法を探るために一人で行動してたんだ。その為にまだ五歳の君を危険な目に合わせた。
そして今も、君と結婚しても、僕は君を愛してあげた事が無い。だけど君は僕の事を愛してくれた。その心を僕は散々利用してきた。
全部は、僕自身の勝手なわがままだ。
この世界を彼らから解放する。それは僕の目的だ。
だけどそのせいで、僕は君を傷つけた。君だけじゃない。フォックスも、この世界のみんなを、僕は散々利用して傷つけた。謝って済むような事じゃない。
それでも、僕は彼らと闘うって決めたんだ。どんなに憎まれようとも、僕はこの世界で戦わなきゃいけない。彼らからこの世界を解放するために、もう二度と、僕や、桜蘭君たちのような存在を出さない為に。
僕は、全てを覚悟した。死ぬことも、未来永劫憎まれることも、君から嫌われることも全部覚悟した。全ては平和の為に僕は、彼らを引きずり落とす。
グレイシア。君には今まで何もしてあげられなかったね。本当にごめん。
そして桜蘭君、麗沢君、零羅さん。君たちには、僕以上の重荷を背負わせることになってしまって、本当にごめんなさい。
ここから先は、君たちに託すよ。これは僕の最後の意思だ。彼らは不老不死を完成させるべくこの世界で実験をしている。だけどそれだけじゃない。この世界の魔法は悪用すればそれこそ核を超える兵器になり得る。彼らの目的はきっと新たな力だ。もし、全ての研究が完成してしまったら、僕達の世界は彼らに乗っ取られる。
だからこそお願いだ。彼らを止めてくれ。この世界の為にも、僕たちの世界の為にも。
最後までわがまま言って、ごめんなさい』
グレイシアはここまで声に出して手紙を読んでいた。だが、ここでグレイシアは止まった。この先の文章、そこに三上の一番の願いが凄まじく乱雑になった文字で書かれていた。
『どうして、なんでだろ。僕はどうしてこんなものを書いているんだろう。僕がやる必要はないじゃないか。僕じゃなきゃいけない理由はどこにも無いのに。
なんでだ どうして僕はここまで行動してるんだよ たまに僕自身が分からなくなる。僕が望んだのはこんな人生じゃない。なのに、僕の中の正義感が僕を殺す。僕は
僕はただ、君と平和に暮らしたかったんだ。
離れたくない。出来る事ならいつまでも一緒にいてほしい。君と退屈な日常を生きたかった。でもそれは叶えられない。僕は君に愛を与えられないけど、でも、それでも
グレイシア 昔から君の事が だいすきだったんだ』
俺は後ろからこの手紙を読んでいた。この先にも何か書こうとしていたみたいだけど、ペンを折ったのか文字と呼べるものがなくなっている。
俺はグレイシアの方を見た。目を見開いてしばらく固まっている。
「レイの本当の願いってのはな、この世界の開放でも、彼らを倒す事でも何でもねぇんだ。あいつが心の底から願ってたのは、おめぇさんを愛する事だったんだよ」
「ちがう...レイは、愛情を捨てた。彼の中に残ったのは戦いの悦び。レイは本心を隠す為に感情を捨てたの。だから誰にも悟られなかった」
「確かに、あいつはこのゲームを本気で楽しむことで誰にもあいつの目的を悟られないようにした。それは彼らの目をも誤魔化したさ。だけんどな。あいつはおめぇさんの思うほど強い奴じゃねぇよ。どんなに強かろうとあいつぁただの、一人の人間なんだ!」
スチュワートが少し吐き捨てるように言った言葉でグレイシアは完全に止まった。
「レイはな、おめぇさんの事を本気で愛しちまってたんだ。あいつは愛する事を捨てたんじゃねぇ。おめぇさんの事を愛してたからこそ、その感情を捨てたんだ。いくら大きな志を掲げても、どんなに腕っぷしが強くても、あいつの心の底にあるのはたった一つの感情だった。愛だ。レイはおめぇさんを愛したが故に世界の敵になったんだ。普通なら自ら永遠に憎まれる存在になれるような人間なんていやしねぇ。だけんどな、あいつはそれを受け入れた。それもすべてグレイシアを守る為なんだよ。
だが、あいつは人間だった。だからこの手紙を残しちまったんだ。このぐちゃぐちゃ紙と文字が、あいつの弱さの証拠だ」
グレイシアは手紙を強く握りしめている。ぐしゃぐしゃの手紙は更にぐしゃぐしゃになっていった。
「なんで...そんな事を知ってるの?なんで...そんな事を私に教えるの?」
「俺も人間だからだ。俺にとってレイは、心の底から信頼できた数少ねぇ親友なんだ。だからこそだ、あいつの真実を言わずにはいられない!あいつの気持ちが伝わらないってのはぁ、俺ぁ許せねぇ!だから全部話してんだ!おめぇさんを傷つける結果になっても、この事実は黙っておくなんてできやしねぇ。それに、俺はいたずらが好きなんだよ」
一滴のしずくが落ちた。俺は落としていた顔を上げる。しずくの正体はグレイシアだ。グレイシアは、無表情のまま、只、ひたすら涙を流していた。
今の彼女にとってこの事実は、心の支えを根本的に崩すような事だった。グレイシアは愛されていないと思っていたからこそ、己を殺す事が出来ていた。
「あ...れ? こえ...が うまく だせない。また 喋れなく...なる」
「グレイシアちゃん、おめぇさんは今まで本気で悲しんだことは無かったろ?悲しいって感情の時は誰でもそうなる。おまぇさんは今まで背負い込み過ぎたんだ。感情に素直になれ、よくレイが言ってた言葉だ。今は泣いていいんだ。本当に済まねぇな、グレイシアちゃん。こんな時によぉ...」
「いい...おこってない から......」
グレイシアはしばらく泣き続けた。一人で、俺にはどうする事も出来なかった。
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「三上殿...ある意味、究極のツンデレでござるな...」
「三上さん...」
「もう...一体誰を信用すればいいのよ...」
エルメスが呟いたこの瞬間、俺はシャルロットの手紙を思い出した。
「『この世界では、誰も信用してはいけない』...」
スチュワートは、驚いたような表情で俺を見た。グレイシアもだ。
「誰から聞いた?それ...」
「シャルロットッス。俺にこの手紙を渡して...コレの意味、俺はてっきり睡蓮の事だと...まさか、この手紙を本当の意味って」
俺は手紙の意味をようやく理解できた。信用するなってのは、世界そのものの事だったんだ。それだけじゃない。三上の事も信用するなって事だ。
「シャルロットか...そのことをあんさんに伝えたって事は、あんさんは信用できるって事だな」
スチュワートは、俺の言葉を受けて深く考えていた。俺もこの言葉の意味をもう一度考えることにした。
「信用できるってどういう意味ですか?」
零羅はスチュワートに聞いている。彼女も俺の言葉の意味を考えているみたいだ。
「レイはある事に気が付いたんだ。この手記の中の文章からな...彼らってのは、必ず近くに現れるんだ。信用できるって事は、サクラのあんさんの事を彼らではないってあいつは判断したんだろ」
「という事は、もしかしたら拙者達の中に彼らは紛れ込んでいるという事になるのでござるか?」
麗沢のとんでもない一言で、周りの空気は一気に変わった。
「あぁ、完全に特定はした訳じゃねぇが、異世界の者たちがこっちに来た時、彼らも必ず動いてんだ。当たり前の様に俺たちの中にいる。それが彼らだ」
近くにいる。俺が考える中で最もそれに近い人物がたった一人思いついた。どうやら、みんなも彼女の事を想像したらしい。
「あんさん等の考えてる人物はもしかしたらそうかもしんねぇ。だけんどな、そうとも言い切れねぇんだ。レイにとって近かった人物、ビーンはあいつをかばって死んだ。俺ぁあいつの死体をしっかりと見た。ビーンはシロだったんだよ。強いて言えば俺がこの中で最も怪しむとすればエルメスちゃんぐれぇか?」
スチュワートは、少しニヤッと笑ってエルメスに言った。こんなことをいきなり言われてエルメスは予想通りな反応をした。
「はぁ!?ふざけないでよスチュワート!!言っていい事と悪いことが世の中にはあんだよ!?」
「あ~、わりぃわりぃ。その反応だとシロだな」
そうか、今のはエルメスを試したのか...スチュワート、三上以上に心に付け入るのが得意みたいだな。怖い怖い。
「しかし、一体誰が彼らなんスかねぇ」
スチュワートの意見は結局、分からずじまいという事だ。ここまで来て、結局振り出しか...
「いや...全く手掛かりはなしって訳じゃねぇよサクラ君よぉ。一人だけ、三上は見つけてんだ。彼らに最も近い人物をな」
ここにいた全員が俺と全く同じ反応を示した。
「誰なの...そいつは...」
グレイシアが口を開いた。声の中に怒りが混じっているが分かる。
「二十年前だ。ゼロを倒した時ボーダーでレイと一緒に入った定食屋を覚えてるか?」
グレイシアはコクッと小さく頷いた。
「あの店、少し奇妙だったんだよ。あの店が開店した日は、レイがゼロを倒して帰って来た日と同じだった。にもかかわらずだ。あの店は当たり前の様に営業していた。あいつは...」
「ジョシュ...カンナ」
スチュワートは話している最中にグレイシアは答えを出した。その答えには確かに俺も行き付いた。だけど、信じられない。ジョシュは今まで俺たちの為に色々協力してくれた。あり得ない。
「ちょ...ジョシュ殿だとしたらかなりまずいのでは?彼は確か反逆者達の一員であったはず」
「待ってよ、ジョシュはサムが最も信用してた人じゃん!私も昔のあいつを知って...?ジョシュの、昔?」
エルメスは、否定しようとしたが、何かに引っかかったみたいだ。
「エルメスちゃんも気が付いたか?俺には確かにジョシュは昔からいたっていう記憶はある。だけどよぉ、それ以上が思い出せねぇんだ。あいつはどこで生まれて、どんな風に生きてきたのか、俺はそれを知らない」
エルメスは頭を押さえてしばらく悩んでいる。
「しかし...一体どうやってそんな事を可能にしたのでしょうか?何の手も加えずに記憶を変えるなんて、そんな事が可能なのですか?」
零羅の質問で俺の中に一つの可能性が生まれた。徐々にバラバラだったピースが埋まって来る。
「もう一つの...力...」
「あぁ、それしか考えられねぇよな。って、ん?サクラ君よ、その力の事を知ってるって、あんさん、もしかしてそこまで至ったのか?」
俺はゆっくりと頷いた。スチュワートは少し笑った。頭に?を浮かべているのは俺とスチュワート以外全員だ。
「もう一つの力ってのはな、覚醒に至った段階で極稀に現れる奴の持つ能力の事だ。その能力ってのは覚醒の時、異常すぎる精神の揺らぎでその精神の力が外に漏れだして周囲に何かしらの影響を与える能力だ。レイはその中でも更に異質だったわけだが...つまりだ、周囲への影響を及ぼす。つまり、彼らの中に記憶に干渉する奴がいるって事だ。だからこそ自然に俺らに近づくことが出来た。だからこそ、今まで尻尾を掴めなかったんだ」
この事は三上から聞いた。それなら納得が出来る。そして俺の中に新しい覚悟が芽生えてきた。俺はスチュワートに質問した。
「スチュワートさん。あなたの知ってる事を全部教えて下さいッス。あなたの、考えを」
「ふっ...あんさんは、覚悟を決めれたんだな。いいぜ、最初っから教える為に俺ぁここにいる。それが俺の役割だ。
まずは、核の本当の意味だ」