第2章 中央決着編 11話 だから泣かないで、
「俺が説明するより、こいつを見たほうが早いな。コレに全てが書いてある。かつて、ニヒル アダムスが書き残したものだ」
スチュワートが取り出したのは一冊の本だった。タイトルは『この異世界より真実を込めて』と書かれている。
「あ、これってアレックスさんの言ってた本のタイトル...」
三上が突然おかしくなった原因の本の題名は確かこれだった。俺は受け取り、恐る恐る本を開いた...
「最初に、この本を読むときは、何もない草原で読むことをお勧めしますって書いてあるがこの際は関係ない。ここで読んで問題ないぜ」
最初の注意書きを読み、さらに俺はページを開いた。そこには、全てが書かれていた。
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『この本を読んでいる者がいるとしたら、彼らか、もしくは何も知らない人か...もし、何も知らない者がこの本を読んでいるのなら、ここに私の意思を残そう。
まず、この世界は監視されている。世界中のどこもかしこも、彼らの監視下にある。彼らは私たちの世界の人間。この世界は、彼らの実験の為にある。ここで行われているのは、零祖細胞と呼ばれるこちら側の世界にしかない物質の研究だ。
細胞はありとあらゆる物質に変化する。それは世界を形作る物質。つまり、私たちの使う魔法の元だ。魔法はこの世界に元からいる者には使えない。使えるのはこの世界に来た者たちだけ。
それだけではない。この細胞は体の細胞を若返らせる。故に凄まじい速度で怪我が治ったり、外見も子供っぽくなる。
だが、副作用もある。細胞は一時的に私たちの体に力を与えるが、そのまま何もせずこの世界に一か月いるだけで細胞は暴走を始める。その結果、私たちの体は変貌し、見境なく攻撃するようになり、そのままどこかへ消えて姿をくらます。私は彼らをバケモノと呼んでいる。
バケモノになるには個人差があるが大体一か月ほどだ。だが、恐怖心が大きいものこそ早くバケモノになってしまうらしい。
それの対処方が覚醒だ。異常な精神の興奮で零祖細胞は変化し、己の体に順応するようになる。そうすることが出来れば、私たちはこの世界で生きていける。
しかしこれは彼らの実験だった。私はまだ彼らの全てを知らないが、彼らは私たちの世界の人間。そしてその目的は私たちを実験台にしてとある研究を完成させること。
不老不死。それが彼らの最終目的だと私は考える。その為に私たちは何らかの方法で彼らに呼ばれ、実験をさせられている。私たちは彼らのモルモットなのだ。それだけではない。もとからこの世界に暮らす人たちもみんな彼らの実験道具にさせられている。私はこの世界に魔法を広めてしまった。私だけが発見した、魔法をこの世界の住人に分け与える方法。その方法は彼らは知らない。そのせいでみんなは彼らの実験道具になってしまった』
ニヒルの書いた手記はまだ続く。そこにはこの世界の事がまだ細かく書かれていた。
だが本は最後の方になると、殴り書きの様になっていった。そして、最後に書かれていた文章で俺は、全てを理解できた。
『私は...気が付かなかった。覚醒しても、この体は二十年しか持たない。二十年が、タイムリミット...それを過ぎれば、バケモノ化は止められない。今の私では止めるには死ぬしかない...だけど、まだ死ねない...あの人を、止めるまで、は、しねな...い。
みつけ...ないと、そのさきを...いきる、ほうほうを。かれらは、それを、しってる...みつけて......かれらを...そして...とめて......あの...ひと...を』
この先はもう、めちゃくちゃな線が書かれてるだけで何も分からない。
「まさか...そんな...」
「言いてぇ事は分かる。俺も最初聞かされた時は耳を疑ったかんな。
レイの本当の目的ってのはこの世界を開放する事だ。その為にあいつは一芝居打った。彼らってのを表に出す為に。レイは自ら悪人を演じる事でこの世界の中にいる彼らをあぶりだそうとしたんだ」
「そんなの...最初っから公に話せば済んだ話じゃないんスか!?」
俺は三上がやろうとしたことを強引に理解しようとした。だけど、納得だけができない。
「あいつが敵であり続けたのは、お前らの存在があったからだ」
スチュワートは俺の言葉を遮った。
「レイは、あんさんたちを救う為に敵を演じた。覚醒ってのはそう簡単に出来るもんじゃねぇんだろ?見えない相手を敵にするより、目の前にいる敵であることであんさんたちを覚醒させて命を繋げさせた。
更にだ。本の言う通りあいつの命は長くは持たなかった。ゲームの終了時間ってのは、レイがこの世界に来てから丁度二十年たつ時間だ。あの時間があいつがバケモノになるまでのタイムリミットだったんだよ。そのギリギリまであいつは闘ったって訳だ。あんさんたちをバケモノ化から救う為にな」
全部...俺たちの為?
「レイは...あなたたちが現れるのを知ってた。それに賭けたの。二年前、レイが変わったあの日から、今日のこの瞬間を造るためにレイは動いた」
グレイシア...あんたもやっぱり知ってたのか...
「この二年、レイは彼らの動向を伺ったが、奴らはしっぽは出さなかった。彼らが動くのはあんさんたちが現れる瞬間だ。奴らは、身近なところに必ずいる」
「そういう事ッスか...つまり俺たちは、まんまとレールの上をずっと走ってただけって事ッスよね。俺は...俺たちは彼らを見つけ出すための道具だったって訳だ」
俺は思いもよらないことを言ってしまった。だけど、正直な感想でもあった。
「ちょ!先輩!その言い方は...」
「俺は!何にも知らないまま人を殺したんだ!!人間をだぞ!?グレイシア!あんたは三上の事が好きだったんだろ!?なのになんでなんもしてこなかったんスか!?どうして今もそんな普通にしてられるんスか!?」
「レイは、昔言ってたから...死を覚悟した者を悲しむのは失礼だって...私はレイが望んだものを成し遂げればそれでいい。それがあの人の意思。レイの意思を、私は継ぎたい...だから、今泣いてる暇なんてないんだ!!」
グレイシアは大声で吐き捨てた。俺はこんなに感情的になったグレイシアをはじめて見た。だけど...
「俺は...あんたのそういう所...嫌いッスよ。いつもいつもどこかを見て、自分の気持ちを決して表には出さない。俺はいつも何を考えてるのか分からないあんたのそういう所が苦手なんスよ!あんたの本当の意思は一体どこにあるんスか!!三上の為じゃなくて、自分の意思は一体どこにあるって言うんスか!?」
なんでだろ...こんな事言いたくないのに、言わずにはいられない。俺の率直な気持ちがそのまま口から流れて出る感じだ。
「...私の...気持ち......」
グレイシアはしばらく黙った。しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「私は...ただ、レイと一緒に居たかった。レイが私の事を愛してくれてなくても、私はそばに居たかった。一緒に居られることが、私にとって一番の望み...だけど、私は何も出来なかった。あなたたちがこの世界に来た後も、何かレイを救える方法はないか、努力したつもりだった。だけど、私には何も出来なかった...最低、だね...結局大切な人が死ぬのを見る事しか出来なかったのだから...私は弱すぎたんだ...」
グレイシアは自分の手を強く握った。強く握りすぎているせいか、手から少し血が流れている。
結局俺はそれ以上何も言わなかった。グレイシアだって俺と同じだ。真実を知ってても、結局エンディングは変わらない。ここまで闘って...結末はバッドエンドかよ...とんだクソゲーをやらされたもんだな。
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「グレイシアちゃんよ、おめぇさんは今でもレイの事を愛してるって言えるか?」
沈黙を破ったのはスチュワートだ。グレイシアはゆっくりと頷いた。
「レイの奴が、おめぇさんと結婚してもよ、あいつはおめぇさんになんも愛情は注がなかったろ?」
「それはずっと感じてた。あの結婚自体も、彼らの目を欺かせるための事ってのも知ってる。だけど私はそれでもよかった。一緒に居られたから...」
「そっか...やっぱりこいつを渡すのは、あめぇさんの覚悟を鈍らせかねねぇな」
スチュワートは、ポケットからくしゃくしゃになった紙を取り出した。
「それは?」
「こいつぁなグレイシアちゃん、レイからおめぇさんへの手紙だ。ちょっと前にレイの部屋から見つけたもんだ。ゴミ箱に入ってたんだが、俺が面白半分で拾ってきた。けどよ、これにはあいつの本当の気持ちが書いてある。それはきっとおめぇさんの今までの覚悟を根本的に崩しかねねぇ。それでも読むか?」
グレイシアは奪い取るように手紙を手にした。