第1章 10話 異世界の勇者 その3
「レイだと?馬鹿な、あれは本の切れ端に書かれていたことだ。異世界から来た人間なんて、ファンタジーじゃあるまいし、ハハハ、ふざけるのもいい加減にしろ!」
突然アンドリューが立ち上がり僕に向かって殴りかかろうとしてきた。だが、アンドリューの首元に槍の先端が突き付けられて、アンドリューは、こぶしを振り上げた状態から動けなくなった。
「おいおい、俺を忘れんなよ。俺はレイの側なんだぜ。それにこいつが異世界から来たってのは、おそらく本当の事だぜ。こいつを見つけてきたのは俺だし、こいつは危険地帯で『バケモノ』に襲われているところを俺は助けた。だから、敵国のスパイって可能性も低い。それに、こいつのいる国の技術力は俺たちの技術のはるかに上を行ってんだ。だから超小型の録音装置なんてものがあるんだよな」
ビーンが僕に向かって振ってきた。
「録音装置ってわけではないですけど、とりあえずさっき流したのは、先ほど起こったことの事実ではありますよ。どうします?まだこのやり取りを続けますか?」
僕は、アンドリューに近づきそう言った。だがしばらくしてもアンドリューは反応を見せなかった。僕はしびれを切らしてアンドリューの胸元をつかみ、語気を強めて脅迫した。
「いい加減認めてくださいよ!あなたが僕たちを殺そうとしていた事実を!僕は、あまり暴力は振るいたくはありません。僕は、僕自身の事実を出しました。あなたも、事実を出してくださいよ!」
僕は、アンドリューの胸元を激しく揺らした。
「分かった」
アンドリューの放ったその一言で僕は手を止めた。
「認めよう。ダストを、そしてこの避難民を殺そうとしたのは事実だ。だが、これはここの市民みんなが思っていることではないのか?以前、エイド王国からの避難民を大量に受け入れたとき、その年の犯罪が急増した。それに対し住民は、何とかしろと言ってきた。だから私は、重犯罪者は処刑するようにさせた。それで犯罪は激減した。そして今度は、ダストと呼ばれている子供が恐ろしいと言われた。『目の前を歩けばいつ氷漬けにされるかわからない』。とか『あの顔を見るだけで生きた心地がしない』とか様々な意見が入ってきたんだ。だから私は何とかしようとした。すべては、ここの市民すべてを思ってのことだ。お前らを殺せば、少なくともこれからの犯罪者数は減るだろう。私は、区長としてこの町から犯罪を消し去りたいだけなんだ!」
アンドリューは、少し涙を浮かべながら訴えるように叫んだ。
「ですよねー」
僕は、アンドリューの言葉に相槌を打った。周りは驚いた顔で僕を見ている。
「さっきのやり取りの中で思ったことがあるんですよ。あなたは、ここの市民から信頼されている人物だってことです。あなたはその信頼にこたえる為に必死に働いた。そしてこの町をより良くするためには、危険なものが多すぎた。だから、裏で人を殺すという結論に至ってしまった。すべては、この町の平和のためにってね。違いますか?」
僕は、アンドリューに少し優しい声で言った。アンドリューは驚いた顔のままうつむき小さい声で言った。
「そうだ、すべては町の安全のため、ここの住人が平和に暮らすために私は、汚い仕事も請け負うことにしたんだ」
僕は、声のトーンを戻した。
「だけど殺す以外に方法はなかったんですか?僕は別の世界から来ましたけど、世界を救うとか壊すとかそんなのに巻き込まれたくないんですよ。ただ平凡に暮らしたいだけなんです。あなたのやり方では、平和を愛する人たちごと殺してしまっている。ダストだってそうです。彼女は、自分自身をコントロールできないだけで本当は、普通に暮らしたいんですよ。彼女はそれが出来なくて苦しんでいたんです」
僕が言い終わるとアンドリューは顔を上げてて僕に質問した
「馬鹿な、ダストは言葉がしゃべれない。なぜ彼女の考えていることがわかるんだ?」
その質問に僕は少々呆れて返した。
「言葉なんてしゃべれなくても、目を見れば大体気づけますよ。あなたは最初会った時から目をつむって笑って、目を見ていなかった。耳でしか聞いていななかった。あなたは目で見ようとしなかったから、今あなたは追い込まれているんですよ」
僕が言い終わると、再びアンドリューは、顔を落とした。
「私がお前たちに追い込まれている?追い込まれているいるのは、お前のほうじゃないのか?お前もすぐ知るだろう。お前が私のようになるのは時間の問題だ。だったら私は...私は! 私の正義を、貫く!」
アンドリューが突然叫び、胸のポケットから何かを取り出し僕に向けた途端、僕の脇腹に激痛が走った。その後に僕の耳に乾いた音が響いてきた。僕は、銃のようなもので撃たれたようだ。ビーンも唐突に僕が倒れこむのを見て、突き付けていた槍を下してしまい、アンドリューに隙を与えてしまった。その瞬間にアンドリューは走り出し、火事の起こっているほうへと消えた。