第2章 中央決着編 5話 僕は全てを覚悟した。
フォックスは、前足で地面を均し、一気に地面を蹴り麗沢に飛び掛かった。
「ぬぅ!?」
一瞬だった。今までとはケタ外れのスピードで突進した。麗沢は大きく横に飛んで攻撃を避けた。
「なんという速さ...それに、攻撃の最中にだけあの青い炎を使う。カウンターを狙っていたらやられていたでござる」
「そうだよ。一瞬だけ使えば体力を温存して戦える。おいらなりの戦術さ」
フォックスは、再び姿勢を低くした。
「今度は、全員だよ」
麗沢は、再び突進するフォックスの前に構えるが、フォックスは目の前で方向を変えた。今度はエルメスに向かう。エルメスは薙刀を振り下ろしたが空振った。この状況はピンチのはずだ。だが、フォックスはエルメスに攻撃せず今度は零羅に突進した。だが、攻撃をしない直前で回避に移る。それを繰り返した。
しばらくその動きが続いた時、零羅は気が付いた。
「囲まれましたね...」
「フォックスが足が速いのは知ってたけど、ここまで考えて行動するのは初めて見る」
気が付けば、四人は一か所に集まっていた。上手い事フォックスに誘導させられていたのだ。
「今だ!!」
フォックスは四人まとめて一気に倒す気でいる。フォックスは青い炎を最大限に放出し、攻撃に移った。
「ぬぅ!ならば!!」
麗沢は、フライパンを構え、そのまま立ち向かった。
「レイサワ!止せ!」
エルメスの忠告を無視し麗沢は、フォックスに立ち向かった。
「...まさか」
「ぬぅおおおお!!」
麗沢は、フォックス顔面目掛けてフライパンをフルスイングした。
「おいらは謝らないよ!!」
「謝罪は要らぬ!!」
すれ違いざま、フォックスの目の前で麗沢の持つフライパンは消し飛び、更に右腕も消えてなくなった。
「うっ...ぐぅっ!!」
麗沢は、その場に倒れた。フォックスは更に突進を続ける。だが、目の前から標的が一人消えていた。
「今の攻撃ってまさか!?」
「そのまさかです!」
フォックスの後ろには零羅が回り込んでいた。麗沢はフライパンを顔面に向けて振る事でフォックスの視界を一時的に奪い、その一瞬を突き零羅はフォックスの後ろに回り込んでいた。
「青い炎はあなたの前方のみ!後ろががら空きです!」
零羅は背中の装置目がけて拳を突き出した。
「うぅっ!!」
『バゴン!!』
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何かが砕ける音がした。
「そんな...」
機械が壊れる音じゃない。岩が砕けるような鈍い音だ。
「おいらは炎しか使えないなんて言ってないよ」
零羅が砕いたのは、目の前に突如現れた岩の壁だった。フォックスは零羅から攻撃を受ける直前、青い炎を消し、後ろ足で地面を叩き岩の魔法で防御壁を造り上げた。
フォックスは一旦、四人から距離を取った。
「おいらも一応あんちゃんたちと同じ境遇だよ。だから炎以外の魔法も弱いけど使えるんだ。残念だったね!」
フォックスは大きく前足を上げ地面を再び叩いた。
四人の目の前に岩の壁が出来上がった。フォックスからも、麗沢たちからも互いの姿は確認できなくなった。
「...フォックスさん。あなたの強さ、並大抵のものじゃありませんね。一体何があなたをそこまで強くするのですか?」
零羅は、壁越しのフォックスに語り掛けた。零羅は気になっていた。三上の為に何故ここまで全力で戦おうとするのか。
今の状況は、いつフォックスが攻撃をしてもおかしくはない。だが、零羅は構えを解き、フォックスと話し合うことにした。
「......あんちゃんたちがここに来る前、夜の七時くらいにおいらは礼兄ちゃんと久しぶりに夜ご飯を食べたんだ。礼兄ちゃんとご飯食べるの久しぶりだったから食事中なのにはしゃいじゃってさ、いつもならおいらをしかるのに、今日はなんでか怒らなかったんだ。あの時の礼兄ちゃんの顔、いつもみたいに笑ってたけど変だったんだ。なんだか暗かった。
そして食べ終わった後にあんちゃんたちの事を聞いたんだ。礼兄ちゃんは嘘が上手いけど、今回ばかりは馬鹿のおいらでも礼兄ちゃんの言ってる事は嘘だって分かった。あんちゃんたちは遊び相手なんかじゃない。一人だけ通すってのも何かすごく大切な事なんだって分かったんだ。礼兄ちゃんが一体何をしようとしているのか、おいらにはさっぱり分からないけど、おいらの役目はあんちゃんたちをここで何が何でも止めるっていう事だけは分かった!だからここは絶対に通さない!おいらは礼兄ちゃんを守って見せる!」
「そうですか、フォックスさんは三上さんの事が大好きなのですね。だからあなたは身を削っても闘う。それがあなたの覚悟ですか、でもわたくしたちにもそれぞれ覚悟があるのです。だから、負けません!決着をつけましょう!」
零羅は再び構えなおした。
「いいよ、決着つけようよ。グレイシアもいいよね」
「うん、全力を出して」
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壁をはさみ、互いにどう出るのか構えながら考え、精神を研ぎ澄ませていた。
(フォックスさんは、炎以外の魔法は弱いと言っていました。つまりこの壁自体はもろい。突き破って来る可能性が高いですね。しかし、どこから来るか...風は後ろから流れてきているから、匂いでは探せないですね)
(おいらよ、落ちつけ...おいらはもう野生の本能なんて忘れちゃってるけど、出来るはずさ。狐の狩りの仕方...磁気感覚で獲物を探す)
フォックスは目を瞑り零羅たちを探した。
「...どこから来る?」
「エルメス。こういう時に頼るのは第六感だけ」
「軽く言わないでよ、レイサワは倒れてちゃってるから耳でも聞こえないし...」
「いや...辛うじて聞こえているで、ござる...フォックス殿はエルメス殿から見て二時の方向、ゆっくり右に歩いているでござる」
麗沢は目を覚ました。
「だ、大丈夫なの?」
「覚醒状態でござるから、時間があれば腕は治るでござる。フォックス殿が動けば、拙者が合図するでござる」
麗沢は残った左腕で右肩を押さえながら立ち上がった。そして耳を澄ませた。
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互いの緊張が最大まで達した。その時だった。
『ドガアアアァァァァァァン!!』
突如激しい轟音と共に地面が揺れた。
「ちょ!いったい何!?これって上から!?」
「礼兄ちゃん?」「レイ?」「桜蘭さん?」「先輩?」「サクラ?」
轟音は上から聞こえた。その衝撃でビルそのものが揺れていた。
「ぬっ!?足音が消えている!?」
今の音で、麗沢はフォックスの足音を見失った。
「北東方向!重なった!!ここだ!!」
そしてフォックスの声が聞こえた。麗沢は見渡したが姿が見えない。
「上です!!」
真っ先に見つけたのは零羅だった。フォックスは既に大きく飛び上がって、前方に青い炎を灯している。
「狐のダイブさ!!」
完全に出遅れてしまった。だが零羅は意を決して真っ向から立ち向かった。炎神に氷の魔法を出来る限り最大まで溜め込み、フォックスの攻撃に合わせて拳を突き出した。
強烈な熱と冷気がぶつかり合った。だが、フォックスの炎が零羅の冷気を徐々に押し始める。零羅の冷気の魔法ではフォックスの炎には太刀打ちできない。
「やはり...凄い炎です...駄目です、これ以上は!」
「レイラ、戦っているのはあなた一人じゃない事を忘れないで」
零羅の手元にもう一人の手が添えられた。グレイシアだ。グレイシアも氷の魔法を使い、フォックスの炎を押した。
「さすが、グレイシアだねぇ。凄いや。だけど、今度こそは負けないから!」
フォックスは炎の勢いを上げた。
「ここまでの炎、初めてだね。私が押されてきた...」
グレイシアの額に僅かに汗がにじんできた。グレイシア自身も本気で冷気を放出しているが、フォックスがそれを上回り始めていた。
「私に出来る事はこれ位しかないけど!!」
エルメスは二人の後ろに立ち、光の魔法を使い体力を回復させている。その影響も相まって再びフォックスを押し始めた。
「ぬぐぐぐ...もっといける!!」
だが、フォックスはこれを更に跳ね返そうと炎を大きくした。あまりの熱で玉座の間にある様々な装飾が溶けだし始めた。辛うじて形が残っているのはグレイシアたちがいる場所だけだ。
「微弱ではあるが、拙者もまだやれる!!」
麗沢は、自分自身の最大の冷気を放った。腕はまだ完治していない。激しい痛みと、魔法を一気に放出しているせいで、麗沢は今にも気絶しそうな勢いだ。
「もっとだぁ!!!」
麗沢を含めた四人の冷気の魔法は、この世界では今までに類を見ない正に絶対零度と呼ぶにふさわしい冷気を放出しているのだが、最終的にそれを上回ったのは、フォックスの炎だった。
フォックスは徐々に押していく。
「てぇりゃーーーーー!!」
四人はやられてしまうと感じた直後。
「あ!!」
フォックスは急に炎を消した。四人も、突然の事で同時に攻撃の手を止めた。
「あーーーーーーーーーーーーーっ!?」
フォックスは何かに驚いたような声を出した。
「なに!?どうしたの!?」
エルメスは訳が分からず質問した。
「やっちゃった...」
フォックスはしょぼんと頭を落とし、背中に背負っていた装置を下した。
「あ...」
四人全員が全く同じ反応を示した。
「コレ、熱を持ちすぎると壊れるから注意してねって礼兄ちゃんに言われてたのに...壊しちゃったよぉ」
装置はプスプスと煙を上げて、灯いてるはずの青い電源ランプが消えていた。
「...この戦い、フォックス殿の自滅、という事でござるか...」
「だ~~~~~!!これだけはやらないように気をつけてたのにぃ~~~~~~!!」
フォックスは頭を抱えてゴロゴロ地面を転がりまわった。
「ってあっつい!!」
地面はさっきの応酬でかなり高温になっている。地面に転がればそれはかなり熱い。フォックスは飛び上がった。
「...はぁ、おいらの負けだよぉ。みんな上に行きたいんでしょ?行っていいよぉ」
フォックスはグレイシアの足元でぐでっと横になった。
「そうですね、行きましょう」
零羅が上に続く扉に向かおうとしたとき、
「あれ!?ちょっと待って!」
エルメスが全員を止めた。
「あのさ、今って何時?」
エルメスの一言でフォックスを含めた全員が時計を探した。エルメスの腕時計は熱で壊れてしまっている。部屋の時計に至っては針が溶けて地面に落ちてしまっている。偶然にもグレイシアのポケットに入れてあった懐中時計は正常に動いていた。
「えっと...八時、十二分...これは...ヤバい」
グレイシアが血相を変えて全力で駆けあがった。後に続き、他の三人もグレイシアの後を追った。
「ヤバいじゃない!あと数分しかないなんて!サクラ、無事でいて!」
「ここまで時間を稼がれていたなんて...勝っても、これじゃ...桜蘭さん!」
「先輩~~~~~!!無事でござるかーーーーーーー!?」
四人が全速力で駆けあがったあと、フォックスは一匹地面に寝ていた。
「礼兄ちゃん。兄ちゃんは一体何がしたいの?どうしておいらに何も教えてくれないの?グレイシアもさ、なんでみんなおいらに隠し事するのさぁ...おいらはただ、兄ちゃんたちの力になりたいだけなのに...」
フォックスは、何も知らされていない事と頑張ったが結局何も分からない自分に腹を立てていた。
「うわ~...なにこれ...全部溶けて壊れちゃってるじゃない...だけど、この状況なら」
玉座の間の入り口のドアが開き、一人の人物が入って来た。
「あれ?シィズ?なんでこんなとこに?下で戦ってたよねぇ」
入って来たのはシィズだ。特に怪我もなくピンピンしている。
「下の子はみんな、おねんねしてるよ。ところでさフォックスちゃん、三上君が一体何を企んでいるのか知りたくない?」
「シィズ、知ってるの!?」
「確証はないけど、予想はついてるわ。だから、一緒について来てくれる?三上君の力になりたいのなら、協力してくれない?私の知ってる事全部教えるわ」
「ほんと!?分かったよどこに行くの?」
シィズは上に向かおうと足を動かしたが、少し考え逆方向、下に向かった。
「シィズぅ、上に行くんじゃないの?」
「ごめんね、今は行けないの。あ、さっきの戦い疲れたでしょ。ここからちょっと距離あるからこのかばんの中に入ってていいわよ」
シィズは言葉を濁し、フォックスを持っていたショルダーバッグに入れた。
「結構カバンの中って快適なんだよねぇ、シィズぅ、ちょっと寝ていい?」
「いいわよ、お休みなさい」
フォックスはカバンの中で丸まって寝た。
「さぁてと、時刻は通り過ぎたわ、ここからがいよいよ行動開始ね。私も、覚悟を決めなきゃね」




