第2章 72.5話 育ての父親 実の父親 真の父親
「はぁ...はぁ...レイチェル、待っていろ。俺が必ず奴らを殺す...」
青薔薇は今、応急手当だけして山脈の麓にある小さな廃墟に身を潜めていた。彼はまだ諦めない。娘を取り戻すまではどこまでも桜蘭たちを追い続けるつもりだ。だが今は怪我を治すことに専念していた。
・
・
・
「ちっ、行くか...」
まだ全然傷が癒えない中、青薔薇は立ち上がった。彼は何者かがこちらに近づくのを気配で感じ取ったのだ。気配はこの建物を目指しているように感じた。何者かは知らないが、存在がバレるわけにはいかない。青薔薇はひっそりと廃墟の建物から抜け出した。
「...ここにいるんですよね。青薔薇さん」
何者かは、青薔薇がここにいることを知っていた。足を止めた。青薔薇はこいつを見逃せなかったのだ。こいつの声を知っている。この声の正体は...
「ミカミ...!!」
声を聴き、青薔薇の中で怒りが煮えたぎり始めた。そして逃げるわけにはいかなくなった。怒りの感情が、怪我の痛みよりも超えた、青薔薇は振り返り、三上の元に向かった。そして、ボロボロのコートを着た少年の彼の後ろに立った。
「ようやく...会えましたね」
「あぁ、やっと会えた。この時を、どんなに待ち望んでいた事か...」
少年は振り返った。少年、三上 礼は今、青薔薇の前に立っている。青薔薇は三上が振り返った瞬間僅かに困惑を覚えた。三上からは敵意を感じない。それどころか、思いつめた表情で青薔薇の前に立ちふさがった。
「青薔薇さん、いや、ルーアン・イツさん、僕はあなたにお願いがあってここに来ました...」
「お願いだと...?貴様が俺に?俺の大切なものを奪っておいて...何を願うというんだ!!」
青薔薇は、いや、彼の本名はルーアンだ。ルーアンは、怪我を気にすることなく戦う姿勢をした。だが、三上は構えない。
「殺し屋から、手を引いてください。この世界に、青薔薇というあなたはもういらない。いるのは、グレイシアの...レイチェルの父親です」
ルーアンは、三上の提案に驚きを隠せない。こいつは何を考えているのか、さっぱり理解できない。
「あなたは被害者だ。この世界の闇が生んだ、哀れな存在。殺し屋『青薔薇』は、かつてこの世界になくてはならない存在だった。世界各地の凶悪な逃亡犯を殺す存在。時には汚職に手を出した者もあなたは殺してきた。そのあなたという恐怖は、この世界の犯罪の抑止力になってくれました。でもあなたには家族が出来た。家族が出来たという事は、守るべき者が出来たという事。あなたにはもう、人を殺させたくはありません、グレイシアもそれをきっと望むはずです」
「貴様が、レイチェルを語るな!!」
グレイシアという名前は、ルーアンにとって怒りの元になる名前だ。
「そうですね...僕に彼女を語る資格は元からない。僕は彼女を裏切り続けた。だからこそ、あなたが必要なんです。ルーアンさん。今でも彼女は僕を信じてる。だけど僕はこの世界の敵だ。全てを破壊する存在。予言通り終わりを始める存在。僕が消えたら、彼女の心の支えはなくなる。だから、お願いします。殺し屋ではなく、只のルーアンとして、彼女の父親になってあげて下さい」
ルーアンはしばらく考え込んだ。だが、答えは変わらなかった。ルーアンは青薔薇としてこれからも生きるつもりだ。
「出来ないな...俺は青薔薇だ。そしてレイチェルの父だ。青薔薇の依頼として俺は貴様を殺し、レイチェルの父親としても殺す」
「そう...ですか...殺したくなかったんだけど、仕方ありません。青薔薇さん、あなたが覚悟を決めたのなら、僕はそれに答えよう」
三上は剣を抜いた。
「そうだ、構えろよ、そして簡単に殺されるな、貴様は俺が全力を持って殺すから、貴様こそ覚悟しろ!!」
「うん、そうだね...お互いは一応彼女の父親だ...父親同士、全力で行こうか!!」
青薔薇は至近距離で攻撃するため冷気を纏いながら走り出した。三上も剣に炎を纏わせ八相の構えをとり踏み出した。
「ぬぅぁぁぁぁぁあああああ!!」
「せぃやあああぁぁぁぁぁぁ!!」
お互い雄叫びをあげ、攻撃に移った。誰も居ないこの場所で今、父親同士の戦いが始まった。
・
・
・
・
・
「...中々、簡単には勝てないんだね...あくまでも、この国最強の殺し屋か...」
「ふん...簡単に殺されるなとは言ったが、いい加減殺されてもいいんだがな、この化け物」
二人の戦いは熾烈を極めた。青薔薇が潜んでいた廃墟は跡形もなくなり、周囲の地面に壁はボコボコになっている。そして二人は肩で息をしながら、お互いを睨んでいる。
「正直な話、僕は僕自身の力をちょっと奢ってました。まさか、僕をここまで追い詰めれるなんてね」
「へぇ、国王陛下に直々にお褒めの言葉をいただけるなんてね、腹立たしい位に光栄だよ!!」
青薔薇は氷の剣を、三上は流血光刃を使い互いに攻撃し、捌きあった。
「あなたは本当に強い、出来ることなら、あなたには幸せでいてほしかったな...」
三上はつぶやく様に言った為、青薔薇に、この言葉は聞こえなかった。
「次の一撃で終わらせます。僕自身も時間が無くなってきましたから、本気を出します!」
三上はそう言うと、構えるのをやめ、仁王立ちで青薔薇を見つめた。
「そうか...だったら俺も最大の力を出そう。俺も少々貴様を見くびっていた。本当に貴様は先の読めない、ムカつく奴だ...行くぞ......」
しばらくお互いにらみ合い、青薔薇は心の中に自分が最も望むものを見たその瞬間、三上に向かって駆け出した。
「ぬぅぉぉぉおおおおおお!!」
青薔薇は手元に、今までで最大の力をぶつけようと集中し冷気を纏った。
三上はそんな青薔薇を見て、目を瞑り、じっとした。そして...覚悟を決めた。
『ズバァン!』
一瞬の出来事、青薔薇は三上の目の前で足を止めた。そして、倒れた。青薔薇の体には袈裟懸けに赤黒い一本の線が深く刻まれていた。周囲には少し焦げた臭いがする。
三上の剣は光り輝き、青薔薇の攻撃をいとも簡単に破り、左わき腹から右肩にかけて一気に剣を振り上げていたのだ。
「なんだ...それ、その剣、それがその剣の本来の...力、なのか」
「第八の魔法、僕はそう呼んでます。全ての魔法を同時に混ぜ合わせた、全てを切り裂く刃、使うのは僕がこの世界を支配して以来です」
「ちっ、全く光栄だね...陛下にそんな技を使わせることができるなんてね...今まで使わなかったという事は、デメリットもあるからなんだろ?一矢報いたと考えることにするか...」
「そうですね...この力は出来る限り使いたくない。この力を使った時点で僕はちょっと敗北感を感じますよ、こんなチートみたいな力を使う事になるなんてね」
「ハハハ...最後の最後までムカつくな、貴様......あ、笑ったの、何年振りだ?」
青薔薇は何故か笑った。理解できなかったが、理解する必要もなかった。しばらく青薔薇は笑い続けた。
「ミカミ...なんだか、今は不思議と気分がいい、だから、あんたに言いたい事がある...レイチェルを...グレイシアをこれ以上悲しませるなよ、そんな事、しやがったら、生き返ってでも...殺しに...行く、から な」
青薔薇は...ルーアンは、息を引き取った。三上はゆっくりとその瞼を押さえ、閉じさせた。
「ごめんなさい...」
三上は立ち上がった。そして、気持ちを切り替え目的地に向かって歩き出した。
「さぁ、次は僕の番だ」
青薔薇との戦いはここで終わりを迎えた。