第2章 71話 氷の女王の覚悟と、青き薔薇の覚悟 その2
青薔薇が先に攻撃に出た。狙うのは...エルメス!
エルメスは薙刀を構えている。傍から見れば結構強そうに見えるのに、青薔薇は、俺たちを見ただけで実力を分析している。この中で戦い慣れていないのはエルメスだ。
「まずはお前だ!!」
青薔薇の攻撃は素早い。エルメスじゃ反応できない!!
俺は今、一瞬何が起きたのか分からなかった。考えていたのに俺の体は既に動いていた。青薔薇がエルメスへ攻撃する前に俺は先に攻撃を仕掛けていた。俺の放った電撃、青薔薇でもさすがに攻撃と防御は同時に出来ない。青薔薇は防御を選んだ。氷の壁を作り俺の電撃を防いだ。
「エルメス!下がれ!」
俺はエルメスに命じた。エルメスはすぐさま後ろに下がって距離を取った。エルメスだってそこそこには強い。実力で言えば、ポンサンあたりにも引けを取らないぐらいの実力はありそうだ。だが、さすがにこいつは実力が桁違いだ。一対一に持っていかれたらおしまいだ。
「ごめんサクラ...反応出来なかった」
エルメスは青薔薇からほんの少しも目線を外していない。
「いいッスよ。俺もギリギリだったッスから...けど、こんな幸運は続かないッス。用心していくッスよ」
「あぁ」
青薔薇の目線はこっちに向いた。
「中々いい反応をするね君。その反射神経、並大抵のものじゃ無い...弱者から狙う戦法は無理か...俺は殺し屋だから一対多人数は苦手でな、そして俺の殺しは相手が一人の時にしか狙わない。ひっそりと殺す、暗殺が得意なんだ。だが、今回やるのはは暗殺じゃない。個人的な闘いだ...仕方ない、俺の流儀には反するが、派手な戦い方で行こうか!!」
青薔薇は、俺たちに向かって氷を波の様に放った。攻撃の範囲が広い!俺は前方に炎を放ったが、全く効果がない。だったら、もっと強い一撃を喰らわす!!俺は銃に意識を集中した。出来るだけ高威力で撃つ!あの氷を吹っ飛ばすパワーで!!
「ぬぅおおおおうう!!」
左手に麗沢が来た。フライパンに魔法を纏っている。炎の魔法をぶっぱなす気だ。
『ギュアアアアイイイイイィィィ!!」
右隣から凄まじい音が聞こえた。零羅がいつの間にか炎神を着けて腰を落として右拳を突き出そうと構えている。ガントレットの隙間から、僅かに稲妻が走っている。俺と同じ魔法で行く気だ。
「私も負けない!!」
エルメスも薙刀を構えた。手が若干光ってる。
「私に...出来ること!」
シィズはエルメスに肩を置いている。怪我を治している時みたいにシィズの手元も明るい。
「......壊す!!」
グレイシアは手元に意識を手中しているみたいだ。
俺たちはそれぞれ同時に攻撃を放った。俺の放った電撃、麗沢の炎、零羅の一撃、エルメスとシィズが放ったパワフルな薙刀の一振り。そして、グレイシアの強烈な冷気。
その全てが合わさった攻撃は、青薔薇の攻撃にぶち当たった。あたりは一気に霧がかって何も見えなくなった。凄まじい冷気を持った霧、というよりこれは小さな氷の粒だ。粉みたいな氷が霧の様にあたりに漂っている。頬に当たる度氷の粒が張り付く。顔中がいたい。
しばらくすると、この霧は晴れた。
「中々やるね...あれを吹き飛ばすとはね...」
青薔薇は、肩で呼吸している。
だが俺たちも全員息を切らし膝をついている。グレイシアですらだ。
今の応酬は引き分け...いや、青薔薇は、まだ立っている。
「これで分かっただろ?お前たちが束になってやっと俺の一撃を防げる程度しか実力はない。そして俺は立っている、お前たちは立っていない。つまり俺の勝ちだ」
青薔薇はグレイシアの元に向かった。俺はふらふらした足取りでグレイシアの前に立ちふさがった。
「俺はまだ負けてないッス!!」
俺は粋がったが、クソ、だめだ。さっきの攻撃、力を使い過ぎた。立っているのもやっとだ。俺に後出来ることは...信じることだけか。
「そんなに死にたいのか...じゃあ決めたお前を一番に殺す」
青薔薇は、手元に精神を集中させている。
覚悟を決めろよ俺、信じろよ俺...
「死ぬがいい。安心しろ、綺麗に殺してやる」
「いや、俺は殺されないッスよ。やられるのはあんたッス!」
「なに...!?」
俺は背中から急激な痛みと、冷たさを感じた。その感触は腹部にも到達した。
「うぐっ!!」
「がはっ!」
俺と青薔薇は同時に血を吐いた。俺と青薔薇は両方、腹に穴が空いんだ。
「な...まさか、お前...自分を...!」
俺の後ろにはグレイシアいる。そしてグレイシアの手には氷でできた剣が握られ、俺の背中を貫き、そして青薔薇をも貫いている。
俺の作戦勝ちだ。俺自身がグレイシアの前に立つことで青薔薇の意識を俺に向けさせた。その間にグレイシアは氷で剣を作り出した。そして俺ごと貫かせたんだ。
「肉を切らせて骨を断つってね...あんたに勝てる方法って言ったらもうこれ位しか思いつかなかったッス。俺たちの...勝ちだ!!」
グレイシアは剣を引き抜いた。青薔薇はお腹を押さえて手をついた。俺も倒れたが、グレイシアが肩を貸してくれた。
「はぁ...はぁ...まさか、こんな......」
青薔薇は腹部を押さえながら鋭い顔で俺を睨んでいる。
「あなたの負け...お願い、ここは引いて。出来ることなら殺したくない」
グレイシアは青薔薇にここは引くように言う。
「嫌だね。俺は引きたくない。レイチェル...何故だ、何故お前はそこまで奴を救いたいと願う!何故お前はこいつらに協力している!何故お前は戦い続けるんだ!!」
青薔薇は全く引く気はないみたいだ。
「私はただみんなを助けたいだけ...だから旅をしてる。だから闘ってる。私が望むのはただ一つ。平和だけ...」
「平和の為にか...その為にお前は自らを犠牲にすると言うのか。『氷の女王』とはよく言ったものだなレイチェル」
「そのあだ名は好きじゃない。そして何度も言うけど私はグレイシア。グレイシア ダスト。氷河の中で輝くダイアモンドダスト...それが私の名前...レイチェルという人間も、ダストという人間も、もういない。いるのは今いる私だけ...」
「ククク...レイチェルはもういない...か。面白くない冗談を言うなよ...俺の中からは永遠にいなくならないんだ。お前は消えないんだよレイチェル。俺は絶対に諦めない。何が何でも俺はお前を取り戻す...」
青薔薇はよろめきながら立ち上がった。そしてガードレールに手をつき、体を支えた。
「覚えておけよ。俺は絶対に許さない、異世界から来た者を俺は絶対に許さない...お前たちがいなければ、この世界は平和だった。俺も殺しなんて必要のない生活が出来たんだ。次に会う時は必ず皆殺しにしてやる」
こう捨て台詞を吐き、青薔薇はガードレールを飛び越え崖から落ちた。グレイシアは思わずと言った感じで立ち上がり手を伸ばしていた。だが、青薔薇は薄っすら笑って手を払いのけた。
「...逃がした」
グレイシアは後悔気味に呟いた。
「大丈夫ッスよ...あいつとの決着はついてないんス。後ろには気を付けて行かないといけないッスね」
俺は冗談を言った。だが、グレイシアの表情は曇ったままだ。
「変な感じ。もう会えない気がする。せっかく会えた、私の本当のお父さんなのに...彼はもう来ない気がする。これは、私の気のせい?」
「あの感じで来なかったら、逆に俺がキレるッスよ。あ~、今度は一対一でも勝てるようにならないといけないッスね」
俺はひょいと立ち上がった。
「怪我は...いいの?」
「もう治っちゃったッス」
そして俺はタクシーを呼んだ。
しばらく待ってタクシーは来た。
「終わったのかぁ?」
運転手は恐る恐る出て来た。
「一、二、三...全員無事って事は、青薔薇を倒したのか!?」
運転手は驚いた顔で俺たちに尋ねた。
「いや、ここは引き分けみたいな感じッス。でもあいつは怪我してたッスから、しばらくは襲ってこないと思うッスよ?」
「はぁ、そうか...って言うか、青薔薇に怪我を負わせた!?」
驚くのはそこか。
「ひぇ~、末恐ろしいなあんたたち...って言ってる場合じゃない。ここで更に時間が遅れてるんだ。さっさとケンソウ岳に行くよ。そこが次の目的地なんだろ?」
確かに、睡蓮とこの襲撃でかなり時間を喰った。急がないとまずいぞ?
ゲーム終了まで、後五日。