第2章 70話 氷の女王の覚悟と、青き薔薇の覚悟 その1
タクシーの運転手がいるところまで戻った。
「遅かったね。何かしてたのか?って言うかあの青年はどうしたんだい?」
「いろいろありまして...睡蓮は、ここで休んでもらうことにしたんス」
「よく分からんが、とりあえずこの人数で行けばいいんだよな」
俺たちはタクシーに乗り込み、次の目的地を目指した。
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タクシーは次の地区、ケーブ地区に差し掛かった。今は山道を走っている。
「ん?そろそろ冷えてきたなぁ。暖房点けるか...でも変だなぁ。ここの標高はまぁまぁ高いけど、もうそろそろ花が咲いたりする時期なのに...」
確かに...寒い。ここに来るまでの下は結構温暖で、正に新緑って感じだったのに、ここは真冬だ。気温計も...あれ?氷点下十五度?
「ここって、標高何メートルぐらいなんスか?」
気になって、運転手に質問した。
「ん?ここは大体千メートル超えたぐらいじゃないか?」
さすがに変じゃないか?確か麓の温度は既に二十度を超える気温だったのに、ここは氷点下十五、そういう気候なのか?
「何か...変...」
グレイシアが隣でつぶやいた。その直後だ。車はスリップしてバランスを崩した。
「うわわ!!」
車は何とか止まったが...俺は外の景色を見てみる。見事に路面が凍結している。やっぱりおかしい。凍結しているのはここだけだ。周囲には雪とかはない。ここだけアイスバーンが出来ている。雪が積もっているとしたら、もっと遠くにある標高二から三千メートルはありそうな山々の頂上付近だけだ。ここのあたりはむしろ高山植物的な花が咲いている。なのにこの寒さ...まさか、可能性があるとしたら...奴だ。ついに来たのか...
「運転手さん...少しの間下がってて。君は奴の標的じゃないから、巻き込ませるわけにはいかない」
グレイシアが運転手にそう呼びかけて俺たちは車から降りた。
「この冷気...まさかとは思うけど、あんたたち、あの殺し屋にも狙われてるのか?大変だな...俺は少し離れたところにいるから...負けないでくれよ?終わったら連絡くれ...」
運転手は俺たちにそう呼びかけて、車をゆっくりと走らせて、戻っていった。
「なぁ、グレイシアさん。これってやつの仕業、って考えた方が良いんスよね...」
「うん。青薔薇だ...間違いない...来る!」
突如上から何か一瞬だけ気配を感じて、反射的に俺は飛び退いた。すると目の前に氷の山が一瞬で出来上がった。周りを見渡す。全員無事だな、
俺はとりあえずみんなの無事を確認した。そしてその後、凄まじい冷気を纏った風が道路を通り抜けた。冷たくて俺は一瞬目を瞑った。
そして俺は目を開ける。目の前には奴が佇んでいた。ローブ姿の深くフードをかぶり、顔はよく見えない男、青薔薇だ。
「やあ、色々遅くなって悪いね」
この、妙にねっとりとした声だ。
「いいッスよ別に、只、もうちょっと後か前に来てくれた方が俺としてはうれしかったッスね。今ちょっとナイーブな気分なんス」
冗談と本音を交えながら俺は青薔薇に言い放った。
「お前の気分は俺にとってどうでもいいが...あの警察と、異世界のあの男がいないという事は、成程。二人とも死んだのか?」
「あんたには関係ないッス」
「確かに、関係ない。俺がここまで来た理由は別にあるんだからな」
理由?そういえば最初にあった時も見たいものがあったとかなんとか、何を狙っているんだこいつは。
「俺の目的はただ一つ、君だよ、今の名前は確か グレイシア ダスト と言ったな」
グレイシア?なんで?俺はどういう事かサッパリ分からなくなった。
「私?」
「そうだ。俺はずっと君に会いたかった。だが、会えなかったんだ」
グレイシアですら、青薔薇が何を言いたいのか理解できないみたいだ。眉間にしわを寄せて睨んでいる。
「意味が分からない」
「あぁ、分からないだろうな...最後にあったのは二十三年も前だ。君は俺の顔も覚えてすらいないだろう。だが、俺ははっきり覚えている」
この時、グレイシアは一瞬ピクっと反応を示した。何か、知ってる事があるのか?
「下らないこと言わないで、私を惑わす意味が分からない」
そうグレイシアはあしらって、攻撃に移った。だが...
グレイシアの攻撃は青薔薇に全く通用しなかった。受け流され、攻撃に放った冷気はこの山に逃げて行った。
「いい攻撃だ。だが俺には通用しない...やはり似ているな、思い立ったら即行動に移すその性格、母さんにそっくりだ。まぁあの人ほどはちゃけた性格はしていないがね...少し寡黙なのは俺に似てしまったのか?」
え?今の発言から察する事が出来るのは...まさか青薔薇って...
青薔薇はフードを取った。冷たさを感じる青い髪の中に赤い毛がある、そして、顔の左頬部分にやけどのような、赤い痛々しい傷があった。
グレイシアの髪の色は明るさのある青っぽい緑色の髪の中に赤い毛が少し混じった変わった髪の色をしている。この変わった髪の色...確かに似てる。それ以上に目がそっくりだ。
「...そんな筈ない......あの時の事、今でも覚えている。忘れられない...私は確かに殺した。父も母も、あの時の顔は忘れない。こんな事ありえない」
「確かにな...俺もあの時は死んだと感じてた。だが、奇跡的に生きてたんだ。俺だけだけどな。あの氷の中で辛うじて俺は生きていた。そしてその後、お前が逃げ出した後、俺は氷の中から脱出できた。
そして母さんも助けようとしたが、その時はもう既に遅かった。助けられなかった」
グレイシアのこんな感情的な顔は初めて見る。少し困った表情で青薔薇を睨んでいる。
「あの日は、お前に名前が付く日だった。お前の本当の名前は、グレイシアなんて名前じゃない。レイチェル・イツ。これがお前に付けられる本当の名前だ。
レイチェル...お前には色々と謝らなきゃいけない。俺はお前が生まれる前から殺し屋だった。母さんと出会って、お前が生まれて、俺はようやくこの道から足を洗えると思っていた。
だが、あの事件が表に出れば、俺の正体がバレる。それだけは阻止したかった。だから俺はお前に今までずっと存在を隠し続けていた。今まで、ずっと一人にして...済まなかった」
あれ?青薔薇って、意外と良い人なのか?俺はのんきにそんな事を思考していた。だがこいつの闇は、俺の考えている以上に深かった。
「謝る必要なんてない。無事だったのならそれだけでいい...最初は一人だったけど、あの人は私を救ってくれた。そして私の名前はグレイシア ダスト。レイが付けてくれた。私の大切な名前。レイチェルじゃない」
グレイシアが少し落ち着いた声で話したら、青薔薇は急に声を荒げた。
「あいつの名前を、言うんじゃない!!」
青薔薇の顔、グレイシアが三上の名前を出した瞬間に、憎悪に満ちた顔つきになった。
「奴の名前を、俺の前で言わないでくれ......」
しばらく、沈黙が続いた。
「なぁ、レイチェル...頼みがある。お前はもう、この旅を続けるな。俺と一緒に来てくれるのなら、俺はこいつらを殺しはしない」
うーん、親が子を心配する感じなのかな...それなら分からないでもないけど、なんか違うような、別の目的があるみたいな気がするのは、俺の気のせいか?
「...今はダメ。私は絶対にレイを止めるって決めたから」
「奴は俺が殺す!お前の手であいつを殺させたくはない!!」
青薔薇にとって、三上はなんだ?凄まじい程の憎しみを感じる。
「やっぱり...青薔薇、君と私は考え方が違う。あなたはレイが憎い、だから殺す覚悟を決めてる。私は違う。私はたとえ殺す事になっても、私はレイを救いたい。だから戦ってる。あなたにレイは殺させない...!」
グレイシアは、そうはさせまいと、青薔薇に敵意を向けた。
「何故だ...レイチェル。なんでそんなにあいつを信じる?あいつは、この世界の敵なんだぞ。お前を裏切った存在だぞ?なのに何故、お前を悲しませるだけしか出来ないやつの事を信じているんだ!俺は、絶対に許せない...レイチェル、何が何でも俺は、あいつからお前を取り戻す。力ずくでもな...!!」
「一言修正する。私の名前は...グレイシアだから」
「その名前を呼ぶんじゃない!!」
青薔薇はキレた。相当三上の事が憎いんだな。
「分かった。お前が来ないというのなら、無理やりにでも連れて行く。依頼通り、ここにいる者たち全員を殺してな...」
青薔薇の殺気は、一気に周囲を包み込んだ。ここ一体全て青薔薇の間合いと言った感じだ。少しでも気を緩めれば殺される...
「させない...例えあなたが私の本当のお父さんだとしても、私たちの行く手を阻むのなら、容赦はしない...
みんな、さすがにこいつは私一人では倒せそうにない。だから、協力して」
返事をするまでもない、こいつは俺たちを全員殺しに来てる。最低でもそれを実現可能な実力があるってことくらい、この殺気で理解できる。この戦いは全員で畳みかける。