第2章 66話 滅亡の名を持つ花 その3
「行くッスよ...睡蓮!」
まずはブレードで切りかかる。セブンスイーグル、こいつはかなり重いから、ナイフで戦う睡蓮にはかなり不利な武器になる。この一撃はまず避けるか、捌くか どちらかだ。
振り下ろすと、睡蓮は軽く後ろに下がり、俺の一撃を避ける。全く無駄のない動きだ。さしずめここから俺のがら空きになった背中を狙う魂胆だろ?その逆手に持ったナイフで次の攻撃を予想できるさ。
だから俺はそのまま引き金を引いた。撃ったのは風。風の反動で俺はその勢いを利用し、体を思いっきり一回転させ睡蓮の頭上からかかと落としを喰らわす。この動き、さすがに予想できなかったろ。睡蓮は攻撃をやめ、避ける体勢に入ったが。俺の方が少し早かった。睡蓮の頬に軽く傷をつけることには成功した。睡蓮は軽く頬を手でなぞり笑った。
「ハハハ...俺は少し桜蘭の事を見くびってたみたいだな。桜蘭、俺は一緒に旅を共にした中でお前が一番弱いと感じていたんだ。それなのにお前はいつも、真っ先に敵に向かう、死に急ぎな馬鹿野郎だと思ってたんだが、どうやら、そうでもないんだな。お前は、着実に強くなっている...」
俺は無言のまま、ブレードを横に薙いだ。睡蓮がナイフで受け止めた。睡蓮の顔が少し険しくなった。ナイフとこのブレード、勢いをつければ攻撃力は圧倒的に俺が上だ。
「睡蓮...そういえば、あんたって今ナイフ何本持ってたっけ?」
「ん?知ってどうする...」
「今右側を守ってるだろ?左からの攻撃はどう対処するつもりだッスか?」
俺は、横に強引に振り切り前に伏せた。俺の頭上を蹴りがかすめた。
「殺すのは、わたし...」
鋭く宙を舞った蹴りは零羅の一撃だ。睡蓮もわずかに反応が遅れたものの思いっきり後ろに飛んで避けた。どうやら少し胸をかすめたみたいだ。痛そうに胸元を押さえている。
「かすっただけでこの威力か...物理法則を無視したその攻撃、やはり危険だな...だが、今まで俺の正体に気付いた奴は全員殺した。その時はこれ以上のピンチもあった。必ず生きて見せるさ。今いる敵はたった二人...小さな壁だ!」
睡蓮が猛スピードでこっちの間合いに入って来た。攻撃をよく見ろ。まずは突きだ。左に動けば一番挙動が少なく動ける。そのまま攻撃を続けるのなら後ろにとんで横薙ぎをかわせ。次の攻撃は蹴り上げだ。だったら後ろに引いた反動でそのまま、空いてる左手でストレートパンチだ。
『ばきぃっ!』
何とか攻撃は見えるが、やはり俺のスピードじゃ睡蓮の速度には追いつけないか。睡蓮はすぐさまカウンターを仕掛けた。だけど、睡蓮のカウンターより、ぎりぎり俺のストレートが早かったから、俺の方にはあんまりダメージが来なかった。
「ちっ...!更に、強くなってる...成長、しているという事か? っ!」
そのまますかさず、零羅も攻撃を仕掛けてくる。そこに続いて俺も後から攻撃をする。傍から見たら卑怯な戦い方だろう。それでも構わない。何としてでも止めるんだ。
「くそっ!!どうなってるんだ!? 零羅は暴走しているのに、何故、ここまで息が合う動きを!?」
「暴走している。つまり、目の前にいるあんたを殺すまで止まらないはずッス。きっと他が見えていないんだ。だったらどうするか、俺が零羅に合わせればいいんス。俺は今までのみんなの戦い方、結構しっかり見てたんスよ。この暴走している零羅の戦い方は、普段の時の滑らかな動きと違って動きの一つ一つが区切ったような動きになるんス。俺はそこの区切りに攻撃を付け加えてるんスよ」
そう、鋭く素早いこの攻撃の合間、ここが恐らく零羅にとって弱点になり得る。レオナルドと零羅が戦ってるのを見てて思った事だ。そして恐らくだが、三上もそこの隙に気が付いた。だからあっさりと零羅はやられたんだ。睡蓮だって多分気付いてるはず。だったら俺が、そこの弱点を補えばいい。睡蓮、隙の無い状況ってこういう事を指すんじゃないか?
俺のブレードによる攻撃が、徐々に睡蓮に追いつき始めた。俺の攻撃が徐々に当たっていく、睡蓮もほんの少しの隙を突き攻撃を仕掛けるが、決定打にはならない。せいぜい俺の顔をかすめる程度だ。
「馬鹿な...勝てない...こんな事があっていいはずがない。睡蓮は、滅亡の名を持つ花だ。俺は全て滅ぼしてきた。俺の家族、親戚。大勢の命を滅ぼした。その俺が...ここで滅びるか!」
睡蓮が遂に防御を捨てた。零羅の攻撃が容赦なく襲う。今の一撃肩が砕けた。
「せぃやああぁっ!!」
だが睡蓮はそのまま零羅に掴みかかった。ここだ!俺は攻撃に移る。だが、ここで攻撃するのは睡蓮じゃない。零羅にだ。この状況では零羅が攻撃する方が早い。先に睡蓮を殺す。
睡蓮を殺すのは、俺だ。だから、今、俺に背を向けてるこの隙に、当身だ!
「うっ!」
俺は銃の底で、零羅の首の後ろを攻撃した。零羅はそのままその場に倒れこんだ。よっしゃ成功。
「なに!?」
俺が急に零羅を攻撃したことに睡蓮は驚き、がら空きだ。俺は睡蓮の頭に銃を突きつけた。
「終わりだ、睡蓮」
あとは引き金を引くだけだ。殺すのなら脳天をぶち抜けばいい。最適なのは、電撃だ。俺が一番得意な魔法、これで撃ち抜く。セブンスイーグルには十分に魔法が充填されている。今引き金を引けば、即死レベルの電撃が睡蓮に流れるはずだ。さぁ、引くんだ。俺。恐れるな。俺は引き金に指をかけた。睡蓮の顔がより険しくなる。何がなんでも生きたい。そんな目をしている...
俺は、これから人間を殺す。しかも、俺が心を許した友をだ。もう、お前に罪は背負わせない。だから、俺がここで終わらせるんだ。手がわずかに震えてきた。駄目だ。このままでは、引けなくなる。そうしたらすぐさま俺がやられる。引き金を引く瞬間は今しかない!
「さよなら...睡蓮!!」
『ガサガサッ』
急に草が踏まれる音が聞こえた。俺と睡蓮は、同時に音のした方向を一瞬向いた。いたのはエルメスだ。
「ちょっとみんな、なんでこんな遠くまで行ってん...の?」
エルメスはこの状況をしばらくは理解できなかったみたいだ。
「え? さ...サクラ?どういう事なの?これ...」
俺はここでミスった。意識を一瞬、エルメスに逸らしてしまった。睡蓮はこの瞬間を見逃すはずなかった。睡蓮は、俺を蹴飛ばした。力は弱かったがそれでも俺の銃口を逸らせる事は出来た。
「桜蘭!どうやら、天は俺に味方したみたいだね!」
まさか!?
「エルメス!!伏せろ!!」
俺は叫んだが、エルメスは体をビクッと跳ね上げただけで、その場から動けないでいた。
「勝った!」
睡蓮は持ち手の付いていないナイフをエルメスに向かって投げつけた。駄目だ!この状況では防げない!!伏せてくれ!エルメス!
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エルメスはその場で立ったままだ。
だが、ナイフはエルメスに刺さっていない。その手前で受け止められている。
「させないよ。スイレン」
受け止めたのはグレイシアだ。人差し指と中指の間で挟むように受け止めていた。
「グレイ...シア?どういう事なの?一体何が起きてるの?」
エルメスの気持ち、凄い分かる。さっきの俺もあんな感じだったんだろう。認めたくないもんな。信頼していた仲間が裏切って俺たちを殺そうとしている。こんな事なんてさ。
「見ての通り。スイレンは私たちを殺そうとしていた。ただそれだけ」
「グレイシア...やはり、君も...いつから気付いてた?」
「タナエ村であなたにあった時から...」
って事は最初からか!?グレイシアの奴、知ってて泳がせてたのか?相変わらず読めない人だこの人は。
「やはりか...気付いてたのなら、何故止めなかった?」
「君の力は必要だったから。それに決定的な証拠は今初めて見たから」
グレイシア...まだ俺たちに何か隠し事をしているのか?そんな感じに聞こえるけど...
「つまりはあえて泳がせていたと...そうか、そういう事か...だが、余計に分からなくなった。どうして君は、俺の力がそこまでいるんだ?三上の為か?あのたった一人の男の為に君はこの世界の住人を犠牲にするのか?」
「勘違いしないで。このゲームはあなたの思ってる以上に複雑だから」
やはり、何かまだグレイシアは俺に隠している。
「複雑...か。ん?」
「うっ...」
倒れていた零羅が目を覚ました。あれ?まだ手の血が止まっていない...ヤベ さっきの不意打ち、しっかりと気絶させることが出来てなかったんだ。やらかした。
「わたし...が、殺す...」
零羅は少しよろめきながら立ち上がった。
「スイレン、エルメスは放っておいても、現状は三対一、君は圧倒的に不利。どうする?殺しをこの先やらないと約束するのなら、癪だけど君の罪を見逃す。だけど、まだ人を殺すのをやめないのなら、私は、私たちは、あなたを殺す」
「......俺は、もう、戻れないんだ。それに戻る気もない。犯した罪なんて消えないし、消したくない。だが、俺は生きる。罪を背負って最後まで生き抜いてやる。その後に何が待っていようとも、俺は生きる!!」
「そう...だったら答えは出たね。これ以上の犠牲は出させない...ここで始末する。アマガミ スイレン。覚悟を決めなさい...」
「あぁ、君たち全員を殺す覚悟を、決めた!!」
俺の知ってる天上睡蓮という人間は、最初からいないんだ。全ては俺たちを騙す為の演技。タナエ村も睡蓮が皆殺しにした事を隠すための自作自演...最初から少しクールだけど、優しい性格の睡蓮は、どこにもいなかったんだ。行くぞ睡蓮。今度こそ終わらせてやる!!
俺はブレードを構えて前に飛び出た。隣で我先にという感じで零羅が俺の前に出た。
俺は攻撃に移ろうと思った。だが、なんか変だった。睡蓮から感じてた。殺気が消えた。
零羅も、急に目の前で立ち止まった。俺の目に映ったのは、バランスを崩したかのように倒れていく睡蓮の姿だ。でも、変だ。妙な違和感を感じる。俺と零羅はその場で動かなくなった。
「はぁ...!はぁ...!」
睡蓮は、地面に手をつきながら息を切らしている。汗も尋常じゃない。
どうなってるんだ?一瞬後ろを見る。グレイシアが険しい表情をしている。非常事態、と言っているかのようだ。
攻撃するなら、今が絶好のチャンスなはずだ。だけど、誰も攻撃できない。近づくのは危険。俺の心はそう言っている。零羅もそう感じているみたいだ。理性が吹き飛んでいる奴をも鎮めるこの空気、何なんだ?
「これは......サクラ!離れて!」
グレイシアの声に合わせて俺は大分後ろに飛び退いた。零羅もだ。今も意識はなさそうな表情だな。零羅は、気配で察したのか。
睡蓮がゆっくり、ふら~っと立ち上がった。睡蓮の顔、あのぼ~っとしている時の顔だ。虚ろな顔。
「し...な、ない。死ぬもの...か、かかかっかかか......」
呂律が回らなくなっている。そして今度は、胸を押さえるようにうずくまり、ジタバタと暴れ出した。
「あ、ぐぅあああああぁぁぁ!! はぁ、ぐぅ!!んぁああ!!」
睡蓮は苦しみもがいている。急に俺は後ろから服を掴まれ、後ろに投げ出された。零羅も同様だ。
グレイシアだ。彼女が俺たちを投げ飛ばし。前に飛び出た。
「サクラ!!レイラを伏せさせて!!」
俺は言われるがまま、零羅を抑え込むようにして、地面に伏せた。
「うぐぅぁぁぁぁぁあああああ!!!」
睡蓮が一段と激しい叫び声を上げたと同時にグレイシアは、両手で睡蓮を氷漬けにしようとした。目の前に巨大な氷の山が出来上がった。あたり一帯が凄まじい冷気で覆われた。
「間に合わなかった...」
グレイシアが呟いたその瞬間。氷の山は一気に砕けた。そして、砕けた氷の中から何かが出てきた。これは睡蓮じゃない。巨大な...形容するならこいつは、
化け物だ。