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空の古城、滅尽の勇者  作者: 時 とこね
本編
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第九話 運命への反抗

 大蛇の如き獄炎を纏いし炎武竃神を目前にしようとも、また、それに雷日神と風美神が並ぼうとも、ネアビスは一向に怯まない。彼の剣の蒼炎は、怒りの具現として轟轟とさらに燃え上がり、大海をも凍て付かせた寒気が滴り落ちていく。偉大なる神を、邪神と見なして睨み付け、己の所業をも運命の所為にせんとする。黒煙は忽ち消え去れば、ネアビスは氷炎入り乱れる刃で神々に襲い掛かった。


「人間とは、愚かだ」


炎武神は狂人の刃を次々にいなしていく。ネアビスは構わず剣を振るい続ける。


「滅びの運命を受け入れよ」


その言が終わる瞬間、炎武神の振り払った手刀の前に、反逆者の剣は脆くも白灰になって崩れ去った。武器を失ったネアビスに向け、咆哮を上げるように燃え盛る武神の炎龍が目前に迫る。もはやと思われたが、寸前で炎龍は障壁に激突して顔面より四散していく。反逆者の背後には、杖を振り翳した魔術師があった。


「させませんよ、そう簡単には」


ネアビスは透かさず炎武神より距離を稼いだが、ユユキュオスが先行して魔法壁を打ち破り、ニスオスが反逆者に猛攻を仕掛ける。


「終わりだ」


雷光を帯びた刃が大罪人を切り裂こうというところで、剣はあらぬ方向へ、神の体は反逆者の前から吹き飛ばされた。戦士が側面から体当たりしたのだ。


こいつだけが敵じゃないんだよ!!」


戦士は巨大な戦斧を振り回して、雷日神に襲い掛かった。ネアビスは礼を言って炎武神に向かい駆け出す。その直後に一陣の風が吹き抜け、その背後に風美神が出現し反逆者に切り掛かった。ネアビスは咄嗟に身を翻して躱したが、神速の前に背後を見せていた。


「目障りなのです。今ここで消えなさい」


その時、もう一陣の風が吹き抜け、風美神の攻撃を、磨き抜いた剣で受け止める剣士の姿があった。


「目には目を、剣には剣を、風には風を、ってな!!」


吐き捨てると同時に腕力で風美神を押し飛ばした。そして笑い飛ばしてネアビスに言った。


「早くあの野郎をやっちまいな! 見とれんじゃないよ?!」


「ああ、すまない」


ネアビスは直ぐに駆け出した。炎武神は向かい来る大罪人に手を合わせ、目を瞑った。炎武神の周囲に熱が立ち込め、忽ち炎が湧き上がり、地面から炎蛇がネアビスの足元から飛び出した。ネアビスは跳躍して難を逃れたが、大罪人を飲み込もうと業火の大蛇は赤々と燃え盛り、襲い掛かる。その巨体に一ヵ所小さな穴が開く。大蛇は視線をそちらに向けた。穴は直ぐに塞いだが、また一ヵ所、また一ヵ所と、か細い斑点が大蛇に出来る。視線の先には、風を番える弓取りが居る。


「一本でダメなら、数千本当てればいい」


弦を一層深く引いて、そして、空中の大蛇へ射上げた。一本では無く、数千もの矢が、風を纏ったそれらの矢が大蛇を貫いていく。豪雨の如く飛来するそれらが、無数の穴を開け、斑点となって、塞ぐたびに体が縮んでいく。威勢よく燃え盛っていた炎はすっかり窄んで、大蛇は地表に逃げ帰るのも、風矢が射ち抜いた。



 反逆者は宙より飛来する。隠し持って居た片刃の妖刀に手を掛け、炎武神へ向けて声を上げた。



 「どの様な運命だろうが、消し去るまでだ」



炎武神は大罪人を見据え、炎の名刀を引き抜いた。



「故に人間は滅ぼすべきなのだ。私と貴様の力を奴らに与えた事、恨むぞ、イアビス!!」


炎武神は、大罪人に大邪神の影を重ねて叫んだ。


ネアビスは抜刀し、蒼炎が妖刀に宿る。炎武神は己の名刀に、大火を纏わせる。両者は、自らの炎を同時に振り抜いた。蒼炎と大火の全てを焼き尽くす様な波状が、主の間にて再び激突した。


 噴煙の中で剣戟が木霊する。炎武神と大罪人の争いは、同時に他の神と反逆者達との戦いをも孕んでいた。炎斧を振り回すナイジュフは隙を見せずに雷日神と互角に渡り合い、彼の炎は雷をも燃やし尽くさんとしていた。背後でシーカが属性強化の呪文を唱えているのだ。それらを崩そうと、ニスオスが戦士に猛攻を仕掛けて隙あらば止めを刺そうとするが、風矢の援護がそれを阻む。ニスオスが雷撃を放つも、今度は戦士が戦斧で雷を打ち砕いた。


「俺が相手だぜ、神様よぉ!」



 「美しさで競ってやってもいいんだぜ?」


壊れたように踊る剣士は、風美神を嘲る。風美神は怒りに顔を歪ませ、双剣に一層の力を込めた。


「口を慎め、人間が!!!」


殆ど倍に近い圧倒的な手数でユユキュオスが猛攻を仕掛けるが、エリサは踊るように躱し、歌うようにいなし、笑うように反撃する。白刃の剣は風を宿し、風美神ですら手の付けられようが無かった。そして終には、剣士の凶刃がユユキュオスの髪を切り裂いたのだった。


「おやおや、そっちの方が似合ってるんじゃないかい?」


剣士はゲラゲラ笑った。風美神は激昂し、叫んだ。


「このゴミが!!!」


風美神が怒りに任せて、風を吹き荒らし威嚇する。剣士は笑うのを止めて、しっかりと身構える。風美神ですら攻めあぐねる程の見事な、重厚な構えであった。その身に風を宿す力は、すでに神をも凌駕していたのだ。事実が風美神を悶絶させる。だが、風美神はすでに勝利していたのだ。ユユキュオスはその双剣をエリサに向かって投げつけた。エリサは一つ目をいなし、続いて二つ目を弾いた。眼前に風美神が迫る。その表情は美しさとは無縁な、その顔面は醜悪に満ちた悲惨な物であったにも関わらず、美神は、さらに笑みで顔を歪ませる。エリサは構わず、神の腕を刎ねた。片腕が宙を舞っている。しかし、切った時に手応えは無かった。剣士は眉を顰めた。そして神の腕も健在である。代わりに宙を舞っていたのは、と気付く。神は下衆な笑みを浮かべた。



 噴煙は未だ晴れずして、凍て付く蒼炎と、冷徹な獄炎の剣戟はその回数を増していく。


「人の為に運命はあると言ったな、ならばなぜ人を、世界をも滅ぼそうとするのだ!!」


ネアビスは妖刀を振り払う。女神はその刃を撫で切って軌道を変え、攻撃に転じる。


「神は三つの界を治めなければならない。世界が、人間がそれら全てを脅かしかねないからだ。すでに神へ反旗を翻しているお前が良い例だ!!」


ネアビスは炎武神の猛攻を全て防いで、反撃する。


「全てを滅ぼしかねないのは、神々の勝手な思想と、権勢を誇る為だからだ。運命が人を左右するからだ。抑圧された者達にも、抑圧している者達にも、このままでは明日が無いとなぜ分からないんだ!

 滅びの運命が無くとも、神々に決められた運命の下にあれば時期に全ては滅び行くだろう。俺は運命に助けられた覚えはない、常に翻弄され、脅迫され、求めもしない扇動によって行動させられる。二本の足で自由に歩くことすらままならない。そんなものが世界に蔓延っているのだから、やがて人は自ら考え、歩く事すら放棄するだろう。それを貴様らは人と呼ぶのか。そんなものが貴様らにとっての人間なのか。神に都合のいい生物が人間なのか!!

 違う! 人は、生物は、運命にも神々にも作られたものではない。自らの力でここまで来たのだ。多くの死と誕生と、共存と競争を繰り返して、積み上げてきたものなのだ!!」


 狂戦士は乱舞する。炎斧と共に。雷日神はその攻撃に感服し、攻撃を止め、回避に専念していた。


「人の身でありながら、ここまでの武勇があるとは」


「そいつはどうも!」


神の賞賛にナイジュフは動揺せずに猛攻を続ける。灼熱の炎が神の頬を掠め、遂に傷をつけた。ニスオスは距離をとって佇んだ。


「その武勇がありながら、人の世を案じ、疑問を呈する姿勢。天晴れだ。貴様の犯した罪は重いが、その心、しかと受け取ろう。世界に平穏の運命を与えよう」


ナイジュフは一瞬困惑して、それでも神々の言うことなど信じず、戦斧を振り抜く。しかし、その一瞬の惑いがあれば神々には十二分だった。一陣の風が吹き、最期に目に入ったのは、雷日神の口角を上げた姿だった。風美神の剣が、心臓を貫いていた。


「ナイジュフ!!」


ナリィの悲鳴が轟く。弓を引き、矢を放つ。間に合わないとしても一矢報いる覚悟だった。しかし、彼女の放った矢は、風美神の投げた双剣に阻まれた。魔法壁が出現するが、風美神は瞬時に魔術師を吹き飛ばし、それは空しくも崩壊し、ナリィは額の中央を白銀の刃に撃ち抜かれた。


ナイジュフの遺骸は投げ捨てられた。ナリィは目を開いて横たわり、エリサは両腕と右足を切られ、声も出せずに転がっている。


噴煙が吹き飛ぶ。大罪人が目にしたものは、従者の、仲間の悲惨な最期であった。

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