第六話 運命の古城
ネアビスが剣に炎を灯す。
古城の内部は凄まじい広大さであった。柱は一回りでどれ程あるだろう。壁のように立ちはだかる。上部へと目で辿っていくと、天井が完全に闇に覆われていて、存在しないようにすら思える。何の装飾もなく質素な城内は、足音のみが木霊して、外観以上に静まり返っていた。この静けさが歓迎されない客人を追い払う仕掛けであるかのようだ。それでも彼らはこの城の奥へと進んでいく。
「魔王城より悪趣味かもね」
イハスが言った。その声は闇の中にしんと消えていった。
「あんた行ったことあんの?」
ナリィが聞くとイハスは首を振った。やっぱりか、とナリィは頭を抱えた。イハスはそれを見て笑ったが、やがて神妙な顔で切り出す。
「それにしてもおかしい。天井の闇が深すぎる。いや、天井だけではないか……」
その言葉にシーカも肯いた。
「闇が深くなって、前後も見えなくなってきています」
「こんなところで攻撃されたら、たまったもんじゃないな」
エリサは欠伸してネアビスの方を見た。ネアビスは一旦立ち止まって辺りを見回した。より一層闇が深まった。天井はおろか、近くの柱すら見えなくなっている。剣に灯した炎を大きくするが、それでも視界は広がらない。ネアビスが口を開く。
「おそらく闇の魔法だろう。シーカ光球を放て、イハスは可能な限り広い結界を張れ」
「分かりました!」
シーカは光球を上に向かって放つ。しかし、全く光らない。続いてイハスが結界を広げる。すると視野が広がっていく。そして結界が天井まで達すると、光球の輝きが周囲を明るく照らし出した。そこには、今までとは違った城の内装が映し出されていた。金色に輝く装飾の数々、床から、柱も、壁も頭上すら脈々と続く黄金の図書が収められていた。ネアビス達は言葉を失った。周囲どこを向いても、黄金色でしかなかったのだ。
「こ、これは……?」
ガンクァが目を見開いている。ネアビスはため息をついた。彼はすでに知っていたのだ。
「一つ一つに運命が書かれてある書物だ。動植物、物品、山河、国家に至るまで、全ての辿る道筋をな」
ネアビスは歩みを進める。仲間は図書に見とれながらもネアビスの後を進んでいった。
壮麗な書庫を出ると、そこには先程とは違い、質素な青銅色の間があった。天井には窓があり、そこから白光が溢れ出し、巨大なこの間を明るくしていた。そこでネアビスは剣を構え、仲間に伝えた。
「来るぞ」
仲間達は身構える。冷たく静まり返った青銅色の柱の陰に、一人の姿があった。その者は不敵に笑う。
「まさか、人間でありながらここまで来るとは……。いや、中には人外も紛れているがな」
その者はゆっくりと、ネアビス達の前に歩み出る。一人ではない。もう一方の者が歩み出る。ネアビスの剣幕が一層鋭くなる。彼は二人を知っていたのだ。ネアビスは唸るように言った。
「ニスオス、ユユキュオス」
すると二人はクスクス笑った。ユユキュオスは口元を覆いながら言う。
「これはこれは、先日お会いした時よりも随分と立派になりましたね……」
ユユキュオスのもう片方の手には七冊の書物が積み重なっている。全て黄金で、並みの厚さではなかった。ネアビス達は直感した。あの書物こそ
「そうです。君達の運命を書した本です」
ユユキュオスは相も変わらず穏やかな笑みを浮かべている。ネアビスは怒りに身を任せてユユキュオスに切り掛かった。だが、その剣は易々と受け止められる。それはユユキュオスではなく、複数の衛天使によるものだった。
「おやおや、私の旧友には遠く及びませんね」
ユユキュオスはずっと笑顔のままだ。ネアビスは衛天使達を押し払って、距離を稼ぐ。
「ネアビス!」
「ああ」
ナイジュフの呼び掛けにネアビスは答えた。周囲は完全に包囲され、書庫への出口は呪文で封じられていた。仲間達が背中を預け合い、複数の衛天使に睨みを利かせる。天使と言っても、全てが同じ能力であるわけではない。戦闘に特化したものを神の護衛として衛天使と呼ぶのだ。それらが、恐らくこの城の中のほぼ全ての衛天使が、ネアビス達を包囲していた。ユユキュオスがクスクス笑っている。
「無駄な事は止めておいた方が良いですよ。この運命の書にも、君達の最期を書いてしまったのですから」
ユユキュオスは七つの本を床に等間隔で並べていき、数歩下がって見せた。そうして言う。
「確認してみて下さい。最後にこう書かれているはずです―――」
―――神々の与えた運命を愚弄する者、天罰により処される―――
ユユキュオスは相変わらず笑い続ける。敵は完全に包囲され、ろくに身動きも出来ない。ユユキュオスは勝利を確信していたのだ。しかしネアビスはピクリとも表情を動かさず、怯える様子も無ければ、降伏する様子も無かった。彼はユユキュオスを見据え、そして言い放った。
「元々俺は運命を変えるためにここに来たんだ。そんな覚え書程度で臆するとでも思っているのか」
それを聞いてユユキュオスの笑みは掠れ、怪訝な表情を浮かべた。
「覚え書でも十分だ。なぜなら君達は今からここで―――!!」
ユユキュオスの言葉を遮るようにネアビスが剣を振るった。その剣に宿した炎の力が、一瞬で七つの運命の書を火だるまにする。ユユキュオスは引きつった顔でネアビスを睨みつけた。ネアビスは剣でユユキュオスとニスオスを指す。
「貴様らの決めた運命が此処で終わるなら、此処からは俺達が未来を創る」
ユユキュオスの命令で衛天使は一斉にネアビス達に襲い掛かる。仲間と衛天使との戦闘の最中、ネアビスは邪魔者を一太刀に払い、ユユキュオスの目前に滑り込む。ユユキュオスは驚愕していた。微動だに出来ないそれに、ネアビスの凶刃が迫る。
「まさか……!!」
「消えろ!!」
ネアビスが切り込む。しかしそれと殆ど同時にニスオスの刃がネアビスの頬を掠めた。ネアビスは寸前で回避したつもりだったが、その頬には紅が一筋伸びていた。ネアビスはニスオス、ユユキュオスと睨み合う。ネアビスの前に立ち塞がるのは、四天を治める内の二者。風と芸術を司る、風美神ユユキュオス。雷と太陽を司る、雷日神ニスオス。この二大神の前に、ネアビスは物怖じせずに勇み立つ。仲間達も、衛天使さえも、戦闘を中断した。そして固唾を飲み込んで両者の佇まいに圧倒されていた。それは、ほんの僅かな時間だった。だが、彼らには永遠のように感じられた。古城の空気が沈み込んで固体になったかのような沈黙だったのだ。その中をニスオスの言葉が貫く。
「来い。知神の末裔ネアビス」
ネアビスはニスオスの想像を遥かに超えた速度で突発的に走り込む。それでもニスオスはすでに武器を構え、ネアビスが振う剣の白刃に弾かれる感触を受けるまでは間髪無かった。刃と刃が触れ合った所に今更ながら火花が散っている。
「こんなものか」
ニスオスの声が周囲に轟く。決して大きな声ではない。為をひそめる雷鳴の、低く渦巻く声をしていた。ネアビスは反論するように上に弾かれた剣を振り下ろす。その刃には大天使を切った時の青白い陽炎を纏ってある。ニスオスは寸前で躱して距離を取った。
「……!!」
ネアビスはそれを見つめている。それは死者のような目をしていた。だが、それは確実に興奮していた。長い旅路の果てにやっと追い求めた糧を見つけた獣のような目。未だ、全貌を見せていない。その瞬間が来るまで大人しくしている獣なのだ。ニスオスもユユキュオスも衛天使達も感じ取った。地上に生きる動物のように直感で、その瞬間が来るのを感じ取った。彼を狩りに来たのではない。彼が狩りに来たのだ、と。
ネアビスの唸るような低い声が、青銅の部屋を震わせた。
「行くぞ……!!」
その瞬間、主従は一斉に神々の軍勢に襲い掛かったのだ。




