第三話 天界へ
天界軍、魔王軍との激戦の末、天界に辿りついたネアビス達。そこには息を飲む世界が広がっていた。天上の世界には、よく冷えた不純な空気が流れている。足元から視線を伸ばせば、ここからさらに高い場所に夢幻のような白く光輝く砂絵が描かれていた。声すら失いそうなのを堪えるために足元に視線を移すと、雲が俄かに輝き、彼らを照らしている。そこからは淡紅色の綿が僅かな風に乗って飛翔し、砂絵の中に納まっていくようであった。しばらくその景色を胸に留めて居たかったが、しかし同時に、遠方から雲の地平線を埋め尽くすほどの天界軍が進軍してくるのが見えた。ネアビス達は目的を思い出し、薄っすらと見える天上の古城を目指して、歩を進めた。
数里も行くと、天界軍に見つかってしまう。何も障壁のないこの世界では仕方が無い。ネアビス達は武器を構え、敵中になだれ込んだ。シーカとナリィを内側に、ネアビス、エリサ、ナイジュフ、イハスは外側で戦っていた。ガンクァ内側と外側の中間であった。すでに四方をあの大軍勢に囲まれていた。
「天界ってこんなものかよ!」
エリサは踊るような見事な剣技で多勢を圧倒していく。敵が隙を見てエリサに飛びかかると、その頭をナリィに撃ち抜かれる。
「危ないから、普通に戦ってよ」
「だってこっちの方が楽しいじゃん!」
エリサが無茶な剣技を続けるのでナリィがため息をついて矢を放つ。六本の弓矢が敵数体を貫通して飛んでいく。それを次から次へと繰り返していくのだが、泥が穴を埋めるように敵が湧いてくる。ナリィはため息をついた。あまりにも露骨に悩んでいるので、シーカが、大丈夫? と声を掛けてくる。エリサが、気にしなくてもいいよ! と笑う。なんでお前が答えるのと、ナリィがエリサの方に矢を放つ。それがエリサを襲おうとした敵の凶刃を貫いた。
「あ、あぶな!」
エリサは背後を振り向きざまに敵の首を切り捨てた。ナリィに礼を言って、エリサは今度こそまともに戦い始めた。
「私がしろって言った時にしろよ」
ナリィはため息をついた。ついでにチラッと向こうの様子を伺う。向こうではナイジュフ達が戦っている。
「これでも喰らえ!」
ナイジュフが炎を纏いし戦斧で軍勢を薙ぎ払った。その矛先から炎が大海の白波のように及び、一気に敵を飲み込んでいく。ガンクァは接近して来た敵を次々打ち倒していく。老体にして衰えるところを知らないのか、ナイジュフの方が疲れて見える。
「はぁ、はぁ……。キリがねぇな……。」
「これだから最近の若いもんは!」
疲労の色が見えたナイジュフを取り囲んでいた天使達を、ガンクァは瞬く間に光に変えていった。その様子を横目に見て、ナリィはクスクス笑っている。
「ナイジュフの方が年取って見える……!」
「あ、なんだよてめぇ! クソ!」
味方に奮起され、ナイジュフは根性を見せる。四方から敵が押し寄せてくるのを、火力をさらに上げて迎え撃つ。
「一気に決めるか」
ネアビスが振り抜いた剣で合図する。それに呼応するように、ナイジュフ、エリサ、イハスで主従の四方を固める。ネアビスがシーカに振り返る。
「シーカ、頼む!」
「わかりました」
シーカは肯き、詠唱する。
その斧に全てを焼き尽くす業火を
その剣に哀しみを洗い流す流水を
その剣に楽園を吹き飛ばす暴風を
その杖に汚れを消す飛ばす落雷を
詠唱が終わると、四人の武器にそれぞれの属性が暴走する寸前まで増幅されていた。
「今だ!!」
そして彼らは同時に武器を振り抜く。業火が、流水が、暴風が、落雷が、互いを食い合い、増幅し合い、敵を包み込んで滅尽していく。そして次の瞬間には、今まで彼らを取り囲んでいた天界軍の姿はなかった。
一重に天界軍と言っても、全てが天使であるわけでもない。天界軍の中には、優秀とされ天界に渡った人間や魔物、その他の種族が属するのだ。全てに共通していることは神に忠誠を誓っているかどうかであった。神の名の下に集まり、神の名の下に世界で暴れまわり、神の名の下に正当化される。ネアビス達が嫌っているのはその為であった。その雑種混合された天界軍との戦闘を繰り返しながら、ネアビス達は前進する。さすがの神も悪魔や魔王軍、魔女を天上に上げようとも思わなかったらしく、すでに大半の天界軍が死亡していた。戦闘数も減っていき、やがてネアビス達は立ち止まる。そこには美しい天上の海 ――天海―― が開けていた。