第十五話 最期
黄金色の天球、雲の大地を揺り動かす様にシンシアは泣き叫んだ。かと思えばエリサの死体を投げ捨て、光剣に手を掛け、ネアビスに襲い掛かった。ネアビスは手にした刀でシンシアの攻撃を防いだ。高い金属音が鳴り響き、そのまま鍔迫り合いに持ち込んだ。激しい火花が散る中、シンシアは翼をはためかせ、ネアビスを押し潰そうとする。彼女は死んだ様に無表情になり、ネアビスを睨み付けた。
「あなたは……、殺さなければならない……」
ネアビスは歯を食い縛り攻撃に耐えていた。
「落ち着け、シンシア!!」
「罪を清算させなければならない……」
呼び掛けにも応じずシンシアは再び切り掛かった。唐突であったとはいえ、彼女に刃を向けてしまった事を悔やんだが、ネアビスは彼女の攻撃をいなし、離れた。
「ああぁ、ああ……、うぐっ……」
シンシアは奇妙な呻き声を発し、ネアビスに近寄っていく。ネアビスは彼女の奇行をもろともせず、その瞳を見つめた。
「ネアビス……。大罪人……が」
その瞳は、一方が青く、もう一方が黄色だった。シンシアは青い瞳を掌で押さえた。そちらからはさらさらと涙が溢れていた。彼女は泣きじゃくってネアビスに必死に伝えていた。
「殺して……。私が、あなたを……殺して……」
ネアビスは近付こうにも近付けなかった。彼女のもう一方の手は真珠色の光剣の切先が、しっかりとネアビスを捕捉していた。ネアビスは眦が燃えるように熱いのを感じた。彼に出来る事は、もう、シンシアの必死の訴えを受け止めるだけであった。
「運命を……。私が……神に……。変えさせない……!」
「シンシア!!」
ネアビスは全身の力を使って呼び掛けた。シンシアは、呻くのを止め、背筋を伸ばした。そして、口元で呟いた。
「お願い、変えて……みんなの、為に……」
「ネアビス、あなたはここで、私が殺す。そして私が神に成る」
塞いだ目を顕にした彼女。彼女が目にしたのは、渾碧の刀を構えた大罪人の姿であった。
「運命は変えさせない。天界の為に、世界の為に、私自身の為に!!」
大天使は翼を広げて、空を掴み、大罪人を強襲する。彼女の瞳に移るその瞳には、一点の曇も無かった。ネアビスはその剣に炎を宿し迎え撃つ。
刃同士が衝突し、激しい砂塵が舞う。押し合い間合いを取ると同時に、猛烈な剣戟が火蓋を切った。
「もう、迷う事はない」
火花が噴き上がるとは対照的に、ネアビスの心持は非常に平穏だった。
「俺には、まだやらねばならない事がある」
「それを私がさせるとでも?」
大天使は更に強く剣を打ち付ける。大罪人は全てを弾いていく。
「全員の意思は叶わないかも知れない。だが俺の、エリサの、そしてたった今聴いたシンシアの意思だけは、貴様を殺してでも必ず叶えてやる」
「……吠えていなさい」
大天使の剣が眩く輝き始める。激闘の中で大天使はその剣に力を込めていたのだ。恐ろしい程の力はやがて、剣の外へ拡散していこうと脈動する。
「所詮あなたも完全な神ではない。ここで、私の前に力尽きるのです。私が神に成る事はすでに運命で決まっているのだから」
「ならば、手始めにその運命を変えてやろう」
ネアビスはその刀に黒影の波動を宿し、邪悪な炎を纏わす。紫電が絡まり黒影は青く浮かび上がる。大天使は冷徹に笑んで、後ろに跳躍する。同時に輝く剣で振り払った。
「これで消えなさい!!」
先程の光波とは比べものにならない光が、大罪人を押し潰そうと轟音を上げ、飛来する。
光の中に、孤独の闇が一つ。黒影は揺らめき、光へと向かった。
「貴様の中に、君の居ない事を願う」
ネアビスは、刀に両手を掛けた。
「せめて、苦しまないよう、一撃で」
衝撃が世界を駆け巡った。光波は地上の大地をも引き裂き、爆音を響かせた。光波は確かに黒影に命中した。しかし、大天使は猶も警戒する。未だ、彼の気配があったのだ。
「流石に、神を討ち取っただけはありますね」
大天使の言葉は、それが最後になった。彼女は前方を向いていた。そこには大罪人が居た。だが、それだけでは何も見ていないのだ。大天使は、この世の光しか見ていないのだ。影に気付く筈も無かった。彼女は何にも気付く事なく、痛みも感じず、光の中から闇の中へ、視界が全て、そうなっただけであった。
渾碧の刃が、大天使の胸に突き刺さる瞬間、彼女は一筋の涙を流した。
「ネアビス……!!」
ネアビスは愕然とした。それは、渾碧の刃が彼女の胸元を突き貫いた瞬間だった。




