俺の待ち人。
俺が一目惚れした相手はいつも雨に濡れている。
彼女は大雨の日に亡くなったからだ。
事の発端は俺が古びた赤いスカーフをフリーマーケットで押しつけられたことから始まる。
俺は開催者側としてボランティアで働いており、その報償として売れ残った商品を貰ったのだ。
とは言っても、商品価値のありそうなものは近所のパワフルなおばさん達が奪って行ってしまった。
残ったのは埃を被って変色した本や何時の時代に作られたのか分からない妙な置物といったガラクタ達だった。
俺がそれらの幾つかを持ち帰った中に紛れ込んでいたのである。
思えば、予感がしていたのかもしれない。
普段なら気にも留めない妙な噂が耳についたのだ。
何でもこの街には呪われたスカーフが出回っている。
それは血に濡れたような赤い色をしていて、持ち主は1週間以内に死んでしまうのだそうだ。
当然、合理主義者の俺はただの噂だと受け流した。
しかし、徐々に俺の周りで異変が起こり始めたのである。
最初に異変を訴えたのはマンションの管理人だった。
何でもびしょ濡れの女がマンション内をうろつき回っているらしい。
誰かの恋人か身内なら注意してくれないと困ると言う至極もっともなものだった。
それでも彼女の知り合いだと申し出る者はなく、時間だけが過ぎて行った。
そうして俺は雨に濡れた女と廊下ですれ違ったのである。
この時は一瞬の邂逅だったが、余りにもずぶ濡れで奇妙だった。
その時友人と一緒だったのだが、
俺が今すれ違った人なんか妙じゃないかと言うと奴は首を傾げてこう言った。
今女の人なんていたっけ、と。
彼は真面目を絵にかいたような人間で嘘や冗談を言うタイプの人間ではないのだ。
その時は気味の悪い経験だったで終了してしまった。
しかし、話はそれからだった。
真夜中になるとふいにピンポーンとチャイムが鳴った。
その時、酒に酔っていた俺は終電を逃した友人が転がり込んできたのだろうと思い、
碌に確認もせずに扉を開けた。
そこにいたのは髪の毛がぐしゃぐしゃとした雨に濡れた女だった。
彼女は俺の首を掴むと、そのまま凄い力で押し倒してきた。
呼吸困難になり、意識が朦朧とする中で見たのは女の美しい顔だった。
そう、彼女は美しかった。
切れ長の涼しげな容貌に火が灯ったように怒りを宿す彼女の様子は、
写真に収めたいと思うほど鬼気迫るものがあった。
俺は何処か恍惚とした思いに駆られつつも、意識がブラックアウトした。
翌朝気が付くと、俺は玄関先で大の字になって寝ていた。
しかし、夢ではないことの証明に首にはしっかりと彼女の手の跡が痣となって残っていた。
俺は彼女がいた証拠をゆっくりと手でなぞった。
俺は噂を思い出し、赤いスカーフを確認すると、
早速近所の情報通である佐藤さんの奥さんに電話を掛けた。
彼女によると赤いスカーフの怪談は、
この街で婚約者に裏切られて自殺してしまった女性が身に着けていた事が発端らしい。
ちなみにその女性は大雨の日にビルの屋上から飛び降りたので、
幽霊は濡れているケースが多いとの事だ。
このスカーフを手元に置いた男性は次々に謎の変死を遂げているそうである。
助かる方法は只一つ、スカーフを他の人に手渡す事だと言う。
俺は話を聞き終わると丁寧にお礼を言い、電話を切った。
そうして、所有している赤いスカーフを丁寧に畳んで机の中にしまった。
これは俺と彼女を繋ぐ細い糸なので失う訳にはいかないのだ。
今までにそれなりに女の子と付き合ってきたが、こんな気持ちは初めてだった。
こうして俺は今日の夜も名も知らない彼女がやってくるのを首を長くして待っている。
そう、彼女の容貌を一目見た瞬間から、俺は魂を奪われてしまったのだ。