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13/05/26(3) 溝の口某カフェ:私に二次元の魅力を教えて欲しいのです~

 タルト・フロマージュをフォークで切り取って一口。

 口に残る後味をコーヒーの苦みが洗い流す。

 この繰り返しが何とも心地良い。


 旭さんはブルーベリータルトを満足顔で口に運んでる。

 女性ってあんな甘い物をよく食べられるものだと感心する。

 姉貴も体型気にしてるから普段避けてるけど、本来は甘い物大好きだし。


 旭さんが食べる手を止め、静かにフォークを置く。

 そしてカプチーノを一口啜ると、指を三本立ててみせた。


「さっきの質問の答えは、三つです~。」


「三つ?」


「はい~。全部答えちゃうと情緒なくってつまらないんですけど、そういう流れに持っていっちゃったのも私です~。ここは本音ベースでいきますね~」


「うん」


 旭さんが二本の指を折り畳み、一本指を立て直した。


「一つ目。考え込んだのは小町さんと関係ないです~。仕事上、抵抗ありまして~」


「ああ、そっか」


 旭さんもこう見えて、スパイってことだものな。


「教えた決め手は観音さんと同じ顔ですね~。見た目からして『身内』とわかりますから~。そうじゃないと、頭でわかっていても中々割り切れないものなのです~」


 生まれて初めて、姉貴と同じ冷酷顔である事に感謝した。


 旭さんが二本目の指を立てる。


「二つ目。誰かと秘密を共有するのってわくわくするんですよ~。ちょっとしたささいな秘密でも日々を楽しく過ごす上での調味料になります~」


「調味料?」


「だって、このお茶だって『密会』ですよ~? 今、私の後にこっそり観音さんが忍び立ってたらどうしようとか思っちゃうと、すごくドキドキしちゃいます~」


「やめて! 姉貴だと本当にありえるから!」


 少なくとも今は、昼飯の時間すら惜しんでマッシュしてるから大丈夫だけど。


「観音さんって観察する目が鋭いですからね~。見てない様で上から下までチェックしてますし~。しかも口まで上手いですから、全部喋らされちゃうんですよね~」


「出がけも『女の子と会うんだろ』って見抜かれて、香水振りかけられたよ」


 実は香水をつけている自分に慣れなくて落ち着かなかったり。

 ここは姉貴のせいにさせてもらおう。


「あー、それでなんですね~。こないだは何もつけてなかったのに~。私もライトブルーは好きですよ~。こないだより、小町さんが爽やかに感じます~」


 姉貴感謝!


「旭さんも香水つけてるよね。すごいさっぱりした感じ。それって何ていうの?」


「エリザベスアーデンの『グリーンティー』です~。私って見た目幼いので、似合う香水も限られるんですよ~。それに何だかやる気が出てくる香りなのでお気に入りです~」


「うん、何だか旭さんに似合ってると思う」


「ありがとです~。香りが軽すぎてすぐに飛んじゃうのが難点なんですけどね~」


 旭さんの表情はころころ変わる。

 見てて飽きない、というか次はどんな表情するのかなって興味を惹かれる。

 いつも仏頂面してる姉貴とはえらい違いだ。


「何をじっと見てるんですか~、恥ずかしいじゃないですか~」


「え、あ、えっと……」


 気づかれてしまった。


 旭さんが三本目の指を立てる。


「三つ目、小町さんって素直で全然すれてないですよね~」


「えっ!?」


 旭さんがくすりと笑う。


「今時、あんなに顔を真っ赤にしながら『メアドか携帯教えて下さい』って聞く人なんていませんよ~」


「悪かったな!」


「だから教えたんですってば~。今この人、私のために勇気を振り絞ってるんだろうなあ、必死に自分の壁を越えようとしてるんだろうなあ~。そう思ったら、応えたくなっちゃったんです~。私、頑張る人が好きなんで~」


「そう言われると複雑だ……」


「ほら、また卑屈になる~。小町さんは私の携帯とメアドを入手したんですから、そのくらいの自信は持って下さい~」


「うん」


 これは素直に頷ける。

 あの時の俺は自分自身で褒めてやりたい。


「でも──」


 旭さんが語気を強めた。


「──私もここまではサービスしましたけど……一から十まで全部語らされちゃうと、さすがに興醒めです~。後は御自分で考えて下さい~」


 それはそうだ。

 旭さんは俺の母親でも姉貴でもないんだから。


「頑張ってみる。えーっと、御期待に添える様に?」


「そそ。つまらなければ私は遠慮なく見捨てます~」


「ひどっ!」


「そこはお互い様ですよ~。実際に話してみたら小町さんが私に興味持てない場合だってありますし~」


「それはない」


 だって、ここまで話してるだけでもすごく楽しい。

 もちろん色々と気を使ってくれているからだろうけど、旭さんは物凄く話しやすい。

 もっともっと旭さんのことを知りたくなってるのに。


 しかし旭さんは首を振る。


「まだ互いに互いの事を全然知らないんですから~。私もできるだけ本音ベースで行きますから、お互いに頑張りましょう~。それで合わなければその時はその時です~」


 旭さんがあっけらかんと笑う。

 でもそうだな。ぐだぐだ考える前にまずはやってみよう。


「わかった」


「じゃあ早速いいですか~?」


「ん?」


「話はすごく戻るんですけど~。ヲタ自体はどうでもいいんですけどヲタ文化っていうんですか~? 萌え絵とかフィギュアって全くだめなんです~。見ただけで吐き気がします~。できれば私の前では開かないでもらえるとありがたいです~」


「わかった、って言いたいところだけど理由を教えてもらえる?」


 こちらも本音ベースで聞いてみよう。


「理屈じゃなく生理的に受け付けません~」


「生理的って……」


 自分の好きな物をそこまで言われると、正直言って不快なものがある。


 しかし旭さんはそれを見てとったか、目を少し伏せながら説明を加えてきた。


「あえて理由をつけるなら……変に男性に媚びたものを感じてしまうからかもです~。ちょっとした色合いとか、仕草とか、目つきとか~……女性が男の子に媚びた同性を嫌うのと同じかもですね~」


「ああ……」


 そう言われると、納得するものがある。  


「現実に私自身が、『話し方が男に媚びてる』って同性から嫌われること度々ですし~」


 確かに旭さんの語尾を伸ばしたゆっくり目の話し方は、男からするとかわいらしい。

 だけど、女からすれば鼻につくかもしれない。


「『自覚してるなら、どうして直さないの?』とか聞いちゃっていいのかな?」


 旭さんがこくりと頷く。


「私って素はかなりの毒舌なんです~。なので改めようと語尾を伸ばして、その間に次の台詞を考える様にしたんです~。それがついクセになってしまって~」


「ふむふむ」


「別に媚びてるつもりはないから言いたい人には言わせます~。言われても仕方なくはありますし~。何より普通に話せば、もっと敵を作っちゃいます~」


 何となくはわかる。

 かなりハッキリした物言いだし。

 言葉を選んでなかったら、俺もカチンと来てしまったのかもしれない。


「話はわかった。二次元についても気をつけるよ」


「ありがとうございます。そこでですね。小町さんに一つお願いしたいことが~」


「何?」


「私に二次元の魅力を教えて欲しいのです~」


 ……どっちやねん。


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