13/05/25(4) 某焼肉店:何となく口に出したくなっただけですよ
「実はこの店ってみつきさんの行きつけの店なんだ」
はあ? みつきさんの住んでるのってあざみ野だよな?
俺達の住む二子玉川より、さらに遠いんだけど。
都さんだけは納得したらしい。
「あーそっか。ここって方南町の官舎に近いからね」
地理感覚がまったくわからない。
「そんなに近いんですか?」
「方南町って杉並なんだけどさ、ここまで自転車で一〇分くらい。官舎の周りは何もないから、この辺まで足伸ばすって聞いたことある」
姉貴が付け加えてきた。
「さっきパチスロ屋があったろ? あそこって先日まで店員がちょっとコスプレ気味な女の子ばかりでさ。週末になると眺めに通っていたらしい」
つーか、本当に調べ上げてるじゃないか。
何が「ストーカーは嫌だ」だよ。
「弥生君、男の子だねえ。でも、そんな話誰から聞いたの?」
「リツって、みつきさんの同期キャリア。あいつ、人事課長の秘蔵っ子だからさ」
初めて聞く名だ。
そしてよくはしらないが、人事課長というのが姉貴のボスなのだろう。
「ああ、そっか。リツ君って寮住まいだっけ」
「そそ。だからみつきさんが飛ばされて引っ越すまでは、週末はいつも一緒だったんだと。朝起きた方がお互いの部屋行って叩き起こして、パチスロ打って、勝った方がここで奢ってたって聞いた」
「男の子だねえ……つまり、二人はできていたと」
ぶっ!
「都! どうしてそうなる!」
「その話を聞いてそう思わない方がおかしいと思うんだけど」
「都、今度いいヤツを紹介してやろう。きっと師匠と仰ぎたくなるぞ」
姉貴やめろ!
そう割り込む前に都さんが続けた。
「でもリツ君ってさ。弥生君の左遷の件で、ケンカした相手のところ乗り込んで胸ぐらつかみかかったんでしょ。ふざけやがって、って」
へえ、全員がみつきさんの敵って聞いてたけど、そんな人いたんだ。
「本当にバカだよ。そのせいであいつは身動きとれなくなったんだから。そうじゃなければ手駒に──」
言いかけたところで、姉貴が口を抑えた。
すかさず都さんが言葉を継ぐ。
「まあ、社会人のやることじゃないよね」
「ああ、そうだな」
姉貴は気まずそう。
言いかけてやめた理由は何となくわかった。
少なくとも食事の場に相応しくない話。
そしてきっと、俺や美鈴には聞かせたくない台詞だったから。
美鈴も気づいたのだろう。
黙って姉貴と都さんの会話を見守る。
「で、観音。最初に戻るけど、どうしてこの店選んだの?」
「みつきさんと同じ経験してみたかったから。単にそれだけだよ」
都さんが黙りこくってしまった。
俺も美鈴も何も言えなくなってしまった。
真顔でそんなこと言われると、何も言えないじゃないか。
ツッコミ入れようものなら、姉貴の気持ちごと踏みつぶすかの様で……。
──都さんが大声を張り上げた。
「店員さん、しめじ四人前追加で!」
「都、どうしてしめじ?」
「えっと、その……きっと弥生君のってそのくらいだから、みんなで食べてみようよ」
都さん、そんなに自分張ってまでフォローしなくても……。
顔は真っ赤だし、引きつってるし、
でも、ここは……美鈴をチラっと見る。
こくりとうなずいた。
よし、いくぞ。
「俺
は食べたくありませんからっ!」
「僕
──食べ終えた。
今日はとことん食べた。
俺だけじゃない。
都さんも美鈴もお腹をさすっている。
そして姉貴すらも。
「いやあ食べたなあ。お腹いっぱいで動けないなあ。少し休まないといけないなあ」
「「「行かないから!」」」
三人が同時にツッコんだ。
続く言葉は聞かなくともわかったから。
このわかりやすさは一体なんなんだ。
姉貴がしょげかえる。
「今日の財布は私だぞ? 少しくらい我が儘聞いてくれたっていいじゃないか」
「観音さん、まずは僕の音感を返してから、その台詞を言ってください」
「美鈴君は実家だしさ。御両親の手前、遅く帰すわけにいかないでしょ」
都さんがもっともらしい理由をつけて逃げようとする。
美鈴はそれに応え、ぶんぶん首を振って頷く。
「でも確かにそうだな。お茶くらいしてから帰ろうと思ったけど、切り上げるか」
お茶じゃないだろ?
絶対に違うだろ?
全員に拒否されたから、とぼけて誤魔化してるだけで。
例え誤魔化さなくても、俺達の方が誤魔化しきるけどな!
※※※
退店して駐車場に。
姉貴が都さんを車に乗せる。
そして運転席へ──と思ったら、こちらに来て耳打ちしてきた。
「都が半分出してくれたから。今度会ったときに礼を言っておけ」
やっぱり都さんだなあ……。
ありがとうございます。
姉貴は今度こそ運転席に。
ウィンカーを出し、ロードスターが甲州街道に入っていく。
車が見えなくなった頃、美鈴が話しかけてきた。
「腹ごなしがてらに新宿まで歩きましょうか」
「それもいいな」
終電にはまだまだ時間もあるし、散歩がてらそれも悪くない。
傍目には女二人組の夜道。
だけど中身は男、問題あるまい。
「小町さん」
美鈴が呼びかけてくる。
「ん?」
「さっきのみつきさんとリツさんの話ってすごく羨ましいなあって思っちゃいました」
「だなあ」
本当にそう思う。
確かにリツさんの行動はバカ、学生の俺だってわかる。
でも自分の窮地に、それくらい後先考えず動いてくれる友達。
俺には果たしているのだろうか。
いや、動いてくれなくてもいい。
裏切らないでいてくれる友達はいるのだろうか。
幸い自分はこれまでの人生でそんな事態に直面した事はない。
だけどいつかは迎えるかもしれない。
そう思うとぞっとする。
もちろん今は、そんな先の事なぞ考える必要はないだろうけど。
「僕ね。何だかんだ言っても男に生まれて良かったかもなって」
「何でさ」
「もし女だったら例え恋人として横にいることができたとしても、結婚しない限りいつかは別れる。だけど男だったらずっと友達として一緒にいられるじゃないですか」
「な、何をいきなり」
「単なる例え話ですよ。あんまり深く考えないで下さい」
美鈴が歩きながら、天を見上げる。
「ただ、こうやって一緒にいられる時間がずっと続けばいいなって。それだけです」
「美鈴、足下!」
美鈴が段差に気づかず転び掛けた。
慌てて抱きかかえる。
「あっぶな──すみません」
美鈴が体勢を整え直す。
これだけ気の緩んでる美鈴って珍しい。
「どうしたよ、美鈴らしくもない」
台詞も行動も。
「いえ、別に。何となく口に出したくなっただけですよ」
「改まって真正面からそんなの言われると、照れるだろうが!」
「口に出さなくてもわかってもらえれば……ううん、こんな気持ちは行動で示すべきですけど……行動で示さないといけない日が来ないに越した事はないですから」
美鈴も考えてた事は同じか。
みつきさんが羨ましく見えるのは、裏を返すとそれだけの窮地にあるということ。
美鈴の言うとおり、そんな日は来ないに越した事はない。
「そうだな。でも俺は何かあったら、美鈴を見捨てて逃げるぞ」
「大丈夫ですよ、小町さんはそんな事しませんから」
「わからんぞ。俺だって自分が一番可愛いし」
「仮にやろうと考えたところで絶対にできません。そういう人ですからこうやって一緒にいるんですってば」
「褒められてるのかけなされてるのかわからんな」
「褒めてるんですよ、心から」
吹き付けるビル風に髪をたなびかせながら、美鈴が笑う。
「それじゃそういう事にしておこうか」
「そそ。都庁も過ぎましたし、あと少し~」
美鈴が前方を指さし、足を早めた。