13/05/25(3) 某焼肉店:美鈴の裏切り者!
駅からは一分も掛からず店に着いた。
「予約も取ってある。入るぞ」
「好きな物を頼め。塩ロースがおすすめだ」
上目がちにしながら、おずおずと申し出てみる。
「あの……姉貴。本日もカロリー考えないとダメでしょうか」
「今日は何も言わん。喰え。私も喰う」
よしっ!
なら遠慮無く。
片っ端から注文する。
焼く。
焼肉は、この焼き上がる瞬間をじっと眺めるのがたまらない。
肉汁が溢れてくる。
──焼き上がった。
つまんで口へ。
「美味しい!」
姉貴以外の三人が口を揃えてしまった。
「だろう?」
「すごく親しみやすい味ですね。美味しいというだけじゃなくて食べやすい」
美鈴はほくほく顔。
姉貴と同じ様に、髪を後ろにまとめた。
戦闘モードに入ったらしい。
一方の姉貴は顔色一つ変えない。
いつもなら思い切り自慢しそうなものだけど。
仕事が絡んだ知識だからか。
姉貴が七輪に箸をのばしながら口を開く。
「大使館御用達系だと、意外に人を選ぶんだよ」
「そうなんですか?」
「気取った味だからさ。もちろん誰が食べてもある程度は『美味しい』と思うだろうけど、プライベートで利用するならおトク感に疑問を感じる」
やはりほくほく顔の都さんが口を挟む。
「確かにそうかもね。ただですら仕事で行くわけだし、わざわざ個人で行きたいとは思わないかも」
都さんが納得する。
大使館御用達って事は、当然に日本の官庁も御用達だろうし。
「それに麻布界隈の焼肉店はK大生御用達。小町や美鈴は、私が連れて行かなくとも学校の友達と行くだろ」
ごめん姉貴。
学校で誘われないからこそ、俺はここに連れてきてもらってるんですが。
ぼっちじゃないつもりなんだけどな。
焼肉に誘われるかどうかはまた別問題と思い始める今日この頃。
「そうですね。僕もこないだ麻布に焼肉行ってきましたよ」
「美鈴の裏切り者!」
どうしてお前が俺を差し置いて、友達と焼肉経験してるんだ!
美鈴のくせに!
美鈴がすまし顔で答えてくる。
「何をどう裏切ってるんですか。『全部奢る』って土下座までして頼んできたから『一回だけ』って事で、一緒に夕食してあげただけです」
なんて上から目線。
そういえば「友達と」とは言ってなかった。
でも「全部奢る」って事は……
「美鈴、それはもしかしてデートなのか?」
俺が聞く前に姉貴がツッコんだ。
「男性同士でデートって言うんですか?」
都さんが問う。
「全部奢りって、いくらくらいかかったの?」
「僕の分だけで二万五〇〇〇円くらいだったんじゃないですか? メニューを上から頼んで一口つけては店員に下げさせましたから」
「美鈴君……」
都さんが絶句した。
しかし美鈴は平然と続ける。
「僕はお金に変えられない時間を使ってあげたんですから、むしろ安いくらいです」
「もちろん、そうは思うけど……行かないという選択肢もあるんじゃないの?」
「断り続ける時間よりも行って諦めさせる時間の方が短いですから。むしろどちらにしてもムダな時間を使わせてくれた先方を、頭から踏んづけたいくらいです」
「でも、やりすぎじゃない?」
「相手は親の金ですもの。さすがに『御馳走様』は言ってあげましたけどね」
上から目線もここまでくると半端無い。
「そんな奴と行く位なら、どうして俺を誘ってくれないんだ!」
「小町さんと二人で焼肉デートなんか恥ずかしいですってば」
美鈴、そこは顔を赤らめるところじゃない。
もちろんデートでもない。
「ねえねえ、その後はどうなったの?」
都さんが目を光らせる。
いかにも興味津々といった様子。
「ホテルに誘われましたよ」
「それで、それで?」
「もちろん断りました。ですけど終いには『男の方が妊娠の心配いらなくていい』とか言い出して……もう気持ち悪くて、思い切り蹴飛ばしてから全力で逃げました」
ここまでくると相手には全く同情できない。
むしろ死ねばいい。
俺も同じ台詞を何回言われたことか。
さすがにそんな焼肉、どんな高級店でも羨ましいと思わない。
「でも、こないだクラスの人達と行った二〇〇〇円食べ放題の焼肉は楽しかったですよ。下心持たれて誘われる高級店より、大勢わいわいな食べ放題の方がよっぽど美味しいってものです」
「美鈴の裏切り者!」
俺の同情を返せ!
今度こそ本当に裏切られた!
よりによって美鈴から、そんな人情味のある台詞なんて聞きたくなかったよ!
都さんがそっと手を伸ばしてきた。
「小町君。今日はいっぱい食べようね。みんな小町君と一緒に食べてあげるからね」
気持ちを察したのか、頭を優しく撫でてくれる。
ああ、煙が目にしみます……。
姉貴が注目しろとばかりに、パンパンと手を叩いた。
「要するにだ。この四人なら、どこで食べてもきっと美味しい。別に家で焼肉パーティでも良かったが、あくまで焼肉店というリクエストだったからな。だからこそ私はこの店を選んだ」
都さんの手が頭から離れる。
「観音、どういうこと?」
「この店、有楽町にも支店があるんだよ。都は職場から近いし、小町や美鈴も学校やバイト先から近い。しかも財布に優しい。もし三人が気に入ればリピートしやすいからさ」
なるほどなあ。
美鈴が肉を呑み込んでから姉貴に問う。
「でも観音さん。ちょっと聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「きっと観音さんのこと。一回はここに来て御自分の舌で確かめてますよね」
「ふっ、スパイたるもの独り焼肉くらいできなくてどうする」
絶対そんな意味で聞いてるんじゃねえよ。
しかもそこ、威張るところじゃねえよ。
しかし美鈴も慣れたもの。
姉貴の返答をスルーして問いを続ける。
「職場からも家からもまるで違う方向なのに、どうしてかなって。観音さんが美味しいと評判を聞いてわざわざ食べに行くほどグルメとも思えませんし」
その言外には「そんな時間あったらマッシュしますよね」ということだろう。
正確にはぼっちリサイタルとぼっちドライブの時間もあるけど。
姉貴がタバコに火を点ける。
「実はだな……この店を選択した理由は他にもある」
「他にも?」