13/05/25(2) 笹塚駅:もしかしたら魔界に帰れなくなった勇者か魔王に会えるかもしれないと思って
時間は回り回って二一時一五分。
姉貴から指定された待ち合わせ場所は京王線笹塚駅。
正直言って意外なチョイスだった。
なぜなら高給焼肉店が集まる場所といえば麻布。
本場路線でいくなら大久保。
そのどちらでもないのだから。
改札を抜けてエスカレーターを降りる。
都さんと美鈴の姿が見えた。
「ごめんなさい、待たせました」
「小町君、大丈夫。私達が少し早めに着いてただけだからさ」
都さんがフォローしてくれる。
会うのは久々だけど、いつもながらにいい人だ。
「二人ともラフな格好ですね」
「観音さんから『匂いを気にする様な格好してきたら張り倒す』って言われましたから。『どうせ行くならガンガン食うぞ~』って、車の中でも張りきってました」
それでも二人ともカジュアルとして十分見られる格好。
この辺りは女子力と言うべきか。
美鈴は男子だけど、もう今更だろう。
「で、姉貴は?」
美鈴が隅っこを指差す。
姉貴はしゃがんでスマホをいじってるっぽい。
終わったらしく、立ち上がってこっちに歩いてきた。
「ふう、やっとアイテムが全部売れた。今回は売りさばくのに苦労したぞ」
「……お前はここまで来てマッシュをやってるのか」
どうやら他のプレイヤーとアイテム取引をしてたらしい。
マッシュは公式サイト上からでも取引が可能なシステムだから。
「当然だろう。僅かでも空いた時間はプレイにあてる。それがゲーマーの常道だ」
廃人基準で『常道』とか言ってるんじゃないよ。
だがそんなことツッコミ入れるだけ時間のムダというもの。
なぜならもっとツッコまないといけないことがあるから。
「その格好は何だ。襟元が伸びきったTシャツじゃないか!」
「大丈夫だ。貧乳の私に襟元から見られる胸はない。匂いがついても帰って捨てればいい」
「メイクだって眉しか描いてないじゃないか!」
「私は『若い』ので肌はぴちぴち。メイクなぞ必要ない」
ぴちぴちとかって言ってる時点で若くねーよ。
「挙げ句に下はジャージじゃないか!」
「お腹を締め付けられないから沢山食べられるだろう」
この女……。
眉以外、家にいるときとまったく同じじゃないか。
いや、もっとひどい。
「髪もぼさぼさじゃねーか」
「出発ギリギリまでマッシュをやっていたから、梳かしてる時間がなかった」
「この干物女……」
「スレンダーな私にとっては褒め言葉だな。なあに、こうすればわからん」
ゴムを取り出して後ろの首辺りの所でまとめる。
色気もへったくれもない。
それ以前に、どんな都合のいい解釈をしたら干物女が褒め言葉になる。
「姉貴に女としてのプライドとか恥とかってのはないのかよ。ラフって言っても限度があるだろ。少しは二人を見習えよ!」
都さんはまだしも男の美鈴に負けてどうするんだよ!
「この四人で焼肉食べるのに女のプライドも恥もないだろ。私にとって気楽でいられる面子なんだから好きにさせろよ」
はあ……。
さらっと恥ずかしげもない台詞を言えるのもぼっちスキルなんかね。
都さんと美鈴は顔を見合わせながら微笑んでるし。
その都さんが美鈴から目を切り、怪訝そうに姉貴へ問いかける。
「でもさ観音」
「どうした都。私の都への愛は──」
「それはいいから。どうして笹塚なの?」
「どうしてって?」
「てっきり麻布にある韓国大使館御用達の店とか選ぶと思ってたから。お金気にしたのなら申し訳なかったけど、それなら新大久保とか詳しそうだしさ」
全く俺と同じ事考えてる。
「小町の部屋に転がってたラノベの舞台が笹塚だったんだよ。もしかしたら魔界に帰れなくなった勇者か魔王に会えるかもしれないと思って」
こないだ新幹線の中で読んでたラノベじゃないか。
と言うか、お前はまた俺の部屋を漁ったのか。
美鈴が冷ややかな視線を投げつける。
「観音さん、そろそろ本気で頭の中身を心配していいですか?」
「冗談だよ。奢る奢らないも関係なく、四人で来るならここだと思ってた。色々考えた上でのチョイスだ」
「観音、本当に大丈夫なんだよね?」
「都、安心しろ。小町や美鈴はどんな目にあわせても構わないが、都だけは大切にしてるつもりだから」
「姉貴っ!」
「観音さんっ!」
「ふっ、行くぞ」
いやカッコつけるのも俺達のことをどう言おうと構わないよ。
それって今更だから。
美鈴と顔を見合わせる。
きっと思ったことは二人とも同じだ。
都さん大切にしてるっていうなら、リサイタル連れ回すのはやめてあげなよ……。