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13/05/24(4) 港北PA:良かったら今度お茶して下さい

「いや、あの、その、ごめんなさい! そうじゃなくって……誤解です、ごめんなさい!」


 もう自分で何言ってるかわからない。


「びっくりしました~。私も二回しか掛けてないのにしつこいはないでしょうから~。まずはお互い落ち着きましょう~」


「そうですね」


 旭さんが電話の向こうで動揺を押し殺してるのが感じ取れる。

 俺も思わず失笑してしまう。

 深呼吸でもしよう。大きく息を吸う……ゆっくり吐く……。


 よし、息が整った。

 説明しよう。


「落ち着きました。実はさっきまで姉貴と電話で話してまして」


「そうだったんですか~。あれ? すると今は御自宅じゃないんですか~?」


「外に出てきてるんですよ。うちって壁薄くて、会話が全部筒抜けなんで」


「あー、そうですよね~。内緒ですものね~。2人だけの秘密です~。何だか楽しそうでわくわくします~」


 旭さんが浮かれた声を出してる。

 聞いてるとこちらも楽しくなってくる。

 声を聞いてるだけで和む。


 さて会話が始まったのはいいものの、何から話せばいいのだろう。

 これがギャルゲーだったら選択肢が出てくれるのに。


 ……などと考えていたら先方から話を切り出してきた。


「小町さんっておいくつですか?」


「二〇歳ですが」


「それなら私と同じ年です~、敬語は要りませんので普通に話して下さい~」


 そう言えば、姉貴がそんなこと言ってたな。

 でもそこまで聞いてるとなると、気を悪くするかも。

 ここは話を合わせよう。


「同じ年なんだ?」


「私は高校卒業してすぐに役所入って二年目なんですよ~。私は誰にでもこんな話し方なので、どうぞ遠慮なく思い切りタメ口叩いちゃって下さい~」


「なんか改めてそう言われちゃうと緊張しちゃうな」


「自分から声かけといてその態度は、女の子も興醒めしちゃいます~。無理して格好つける必要はないですけど弱みを見せたらだめですよ~」


 見かけによらずハッキリ言う人だなあ。

 ただ悪意は感じない。

 単にそうしてほしい、というのは伝わってくる。


「えっと……頑張ります?」


「そうそう~。私は観音さんみたいに『ふっ、私の様な美人の前で緊張するのも無理からぬ事、私の自慢の薄い胸に癒しを感じながら赤子がごとくリラックスするがよい』とか余裕たっぷりに言ってあげる程優しくないです~」


 そんなフォロー入れてくれる時点で、十分すぎるほど優しいと思うんだけどな。

 というか……。


「姉貴って職場でそんなキャラなの?」


「実際に言ってるわけじゃないですけど百戦錬磨の観音さんなら言いそうじゃありませんか~? 観音さんの部下の男性なんか、ずっとそんな調子でおもちゃにされてますよ~」


 いや言わないよ。

 百戦錬磨どころか二九歳処女だよ。


 部下はみつきさんのことか。

 俺は温泉の写真を見ているわけだから、話に出す自体は差し支えない。

 他に何の話をしたらいいかわからないし、ここは調子を合わせよう。 


「部下の男性って弥生さんって人?」


「御存知なんですね~。あっそうか、温泉の写真見たんですよね~。あそこに写ってたデブが弥生さんです~」


「デブとかってはっきり言うなあ」


 容赦なさすぎる。


「本人の前でもハッキリ言ってますよ~。でも、少しずつですけど痩せてきてますね~。元々はかなりの美形なんですけどね」


 ということはだ、もしかして……


「旭さんも弥生さんの事をいいと思ったりするとか?」


「現状じゃありえません~。私と一緒に仕事してる最中にエロ漫画立ち読みする様な男なんか死ねばいいんです~」


「ちょっ!」


「しかもテープで止めてあるのをこじあけてまでですよ~。終いにはそのエロ漫画をレジに持っていこうとしました~」


 ほっとはするけど、呆れもする。

 やっぱり真性じゃないのか?


「俺、とてもじゃないけど、そんな度胸ない……」


「なくっていいです~。『ある』って言おうものなら、すぐさま電話を叩き切ります~」


「ある」


 ──ブチッ。


 本当に切られた!

 マジですか?

 「とりあえず言ってみた」って、付け加える暇もなかった。

 つい、いつものノリで……。


 しまったああああああああああああああああ!


 再度、着うたが鳴る。

 フラットエイトさんこと旭さんが掛け直してくれた。


「少しは懲りましたか~。私、下ネタに対する耐性はゼロですので~」


 声がさっきの会話の時より三オクターブくらい低い。

 めっさ怖い。

 電話越しに睨み付けてくるのがわかるかのよう。


「ごめんなさい」


「今回は許しますけど二度目はありません~。覚えておいて下さい~」


「はい」


「よろしいです~。それじゃ話を続けましょうか~──」


 トーンが戻った。ほっ。


「──そんな弥生さんですけどいいところもあるんですよ~。そう言っておかないとお姉さんの部下なわけですから小町さんも心配でしょうし~」


 旭さんがみつきさんをフォローする。

 実際は俺もみつきさんのいいところは知っているのだが。


 そして旭さんとみつきさんが互いに異性として意識してないのもわかる。

 だから家でも旭さんの話は出ないのかも。

 姉貴にとって恋敵ではないから。


 と言っても、そんなこと話せるわけもない。

 とりあえず相槌を打っておこう。


「うんうん」


 さて、ここからどうしよう。

 このまま、いつまでも話していたいけど、そういうわけにもいかなさそう。

 電話代は旭さん持ちだし、初回の長電話は嫌われるとどこかで読んだ気がするし。


 ──そう思ったら旭さんから切り出してきた。


「今小町さんって外なんですよね~? あまり長く引き止めても悪いですから、また機会を改めて話しませんか~?」


「はい。あの、旭さん」


「何でしょうか~」


 さっき言われた通り弱みを見せたらだめだ。

 はっきりと誘わなければ。


「良かったら今度お茶して下さい」


「いいですよ~──」


 意外な程にあっさりとOKしてもらえた。

 やったああああああああああ!


「──小町さんが家から電話できない以上は、落ち着いて話せないでしょうし~。いつがよろしいですか~?」


「旭さんの都合は?」


「明後日日曜のお昼なら空いてます~。夕方から仕事なので、本当にお茶しかつきあえませんけど、それでよろしければ~」


 日曜日、それも夕方から仕事?

 まあ、そこはいい。


「大丈夫」


 ちょうど日曜日は焼肉で食い倒れる事を想定して、バイトの休みを取ってるし。


「では、一四時三〇分でいかがでしょうか~」


「場所はどうしよう」


「小町さんは観音さんと同じって事はニコタマですよね? 私は溝の口です~」


「同じ沿線なんだ?」


 それどころか、急行だと次の駅だ。


「はい~。お茶だけですし、よろしければ溝の口でいかがでしょう? 観音さんが休日に溝の口に来るとか考えづらいですし~」


 姉貴の休日はマッシュに始まりマッシュに終わります。

 溝の口どころか、どこであろうと会う事はないです。


「じゃあそれで。店の希望はある?」


「小町さんって煙草は吸いますか~?」


「いいえ」


「それじゃ地元の私が決めますね~。後で場所と時間をメールで送信します~」


「了解」


「それではまた日曜日に~。おやすみなさい~」


「おやすみ~」


 電話を切る。


 ふう……つい、溜息。


 でも途中からはリラックスできて楽しかった。

 旭さんって何だかすごく話しやすい。

 どうしてかな?


 しかもちゃんと会う約束も取り付けられた。

 俺としては上々の出来という他ない。


 お茶限定って言われたのはかえって助かった。

 本格的にデートとなると色々コースを考えなければいけないだろうし。

 そもそも女の子を自信持って連れて行ける店を、カフェ以外は全く知らない。

 世間からはリア充代表みたく言われるK大生も、本人オタだとこんなものだ。


 さて、帰るか。

 車のキーを回す。


 げっ、これって本当にガス欠間際じゃないか。

 姉貴の電話がなかったら下手するとガス欠を起こすところだった。


 横浜町田インターチェンジで東名を降り、ガソリンスタンドで満タンに。

 これでよし。

 せっかくだ、車も少ないし屋根を空けちゃえ。


 246をたらたら上りつつ、深夜のドライブ。

 あたる夜風が気持ちいい。

 こういう時はロードスターって最高の車だなって思う。

 姉貴だと髪がとんでもないことになりそう。

 やっぱりそこもツッコんではいけないのだろう。


 ──自宅到着。


 部屋に戻り、大の字に寝転がって伸びをする。

 畳の感触が気持ちいい。

 少し開けた窓からは、葉の匂いが混じった春らしい風が吹き込んでくる。


 ああ、早く日曜にならないかなあ。


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