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13/05/24(2) 自宅:友達のいない私に四人乗りの車なんか必要ないじゃないか!

 時計が二三時を指す。

 最近の姉貴は帰りが遅い。

 いったい何をやっているのか。


 そういえば、みつきさんも最近マッシュで見ない。


 正月にFLを交換したから、俺は日数単位でみつきさんのIN状況を把握できる。

 正月以来ずっとINしっぱなしだったのに、最近は数日おきだ。


 これだけ重なれば、俺でもわかる。

 姉貴もみつきさんもマッシュどころじゃないのだ。

 きっとそれだけ忙しいのだろう。


 もう少しくらい労ってやるかなあ……。


 ──玄関の扉が開く音がした!


「ただいま」


「姉貴、おかえり~」


「何かえらく浮かれてるな、気持ち悪い」


 いけない、いけない。

 この後のことを考えたら、つい顔が綻んでしまった。

 姉貴にバレてはまずい。

 とぼけなくては。


「そう? 若くて綺麗な姉貴が元気に帰ってくるのを見て嬉しくなっただけだってば」


 姉貴が微笑む。


「例えわかりきった事でも改めて口に出してもらえると、私こそ嬉しくなるな」


 少し胸がチクっとする。

 でも、気持ち自体は嘘じゃないからさ。

 本当にお疲れ様。


 ──姉貴が部屋に入る。


 旭さんへの電話は外でかけよう。

 家の中だと姉貴に会話を聞かれてしまう。

 我が家はアパート、壁が薄いし。

 普段はかえってそれが心地いいくらいだけど、さすがにこういう時はなあ。

 さて外出のタイミングを見計らわなくては。


 姉貴がいつものTシャツとジャージ姿で部屋から出てきた。

 冬はどてらを着てたから目立たなかったが、Tシャツだけになると姉貴の胸はまさしく真っ平らだ。


 姉貴が冷蔵庫から麦茶を取り出し、腰を下ろす。

 テレビのチャンネルをニュースに切り替え、煙草を吸い始める。

 いつもの見慣れた行動パターン。


 姉貴が口からグラスを離し、問いかけてくる。


「小町、例の焼肉の件だが明日でいいか?」


「うん」


「ちょっと待ってな。美鈴にも確認を取る」


 姉貴がスマホを手にし、美鈴へ電話……確認が取れたらしい。

 画面にタッチし、改めて顔を向けてくる。


「大丈夫だって。お前はバイトから直接来るだろ? 美鈴は私が車で運ぶ」


 姉貴の愛車はロードスター。

 広島贔屓の姉貴にとって自動車メーカーはマツダしかありえない。

 初代でマニュアルなのが姉貴の拘りだ。

 黒ばかりな姉貴の所有アイテムの中では、珍しく真っ赤。

 確かに格好はいい。

 だけど……。


「それって帰りは俺一人で帰れって事かよ」


 ロードスターは二人乗りなのだ。


「帰りは都を送る。お前らは二人で帰れ」


「なんで2シーターなんか選ぶんだよ。もう少し実用性というものを考えようよ」


「私がRVだのワゴンだの運転する姿が想像つくか?」


「……つかない」


「そもそも東京で車を持つ時点で、実用性なんてあったものじゃないだろ」


 それはごもっともだけどさ。


「スポーツカーってエコの時代に逆行してるだろ。マツダならデミオでいいじゃないか」


「私は『○文○D』か『○岸ミッ○ナイ○』に出てくる車以外、車と認めない」


「この厨二野郎が」


 しかもうちのロードスターはどノーマルじゃないか。


「何とでも言え。自分の車が漫画に出てるのを見つけた時の嬉しさがわかるか?」


「それはわかるけどさ」


 俺もロードスターが出てきたシリーズは何回も読み返している。

 だからそう言われてしまうと、姉貴を全く批判できない。


「それにだな、みつきさんだってスポーツカーだぞ」


 「デブの癖に?」、そうツッコみそうになるのを慌てて飲み込んだ。


「みつきさんは何乗ってるの?」


「フェアレディZ。通称『ゴキZ』だ。デブだから、でかいZ32しか乗れないんだろ」


 姉貴が自分で言いやがった。

 身も蓋もないじゃないか。


「ゴキZとか言うな。格好いいし、ロードスターよりよっぽど実用性あるじゃないか」


「確かにゴキだが、私だってZ32のぬたーとしてつるーとしたフォルムは好きだぞ」


「ますますゴキに聞こえるからやめろ! 上から下まで黒づくめな姉貴らしい台詞だよな!」


「それは私がゴキと言うことか?」


「ゴキの方が仲間いっぱいいる分、救われてるよな」


 あれ? 返事が返ってこない。


「ぼっちだからこそ、高速を一人で乗り回すおもちゃが欲しいんじゃないか。痛いところをツッコむなよ!──」


 姉貴がテーブルに突っ伏し、大声で泣き出した。


「──夜中のパーキングエリアで独りコーヒーを飲む自分に酔ったっていいじゃないか! 『若い』女が独りでそんなのやったって、スポーツカー以外じゃ似合わないじゃないか! 友達のいない私に四人乗りの車なんか必要ないじゃないか!」


 すまん姉貴。

 どうやら俺は、本当の本当に踏んではいけない地雷を踏んでしまったらしい。


「ごめん、俺が悪かった。


「ひっく、ひっく」


 しかしマツダでスポーツカーなら、最強の選択肢があると思うんだが。


「姉貴、一つだけ聞きたい。どうしてRX―7にしなかったの?」


「保険料高いから」


 姉貴が鼻を啜りながら答える。

 非常にもっともな答ではある。

 だけど保険料を気にする人が高速乗り回すというのが、まず間違ってると思う。


 話してる間に俺も車乗りたくなってきたな。

 外に出るにもちょうどいい口実だ。


「ちょっと車借りるぞ、流してくる」


 姉貴からは「好きに使え」とキーをもらっているので断る必要はないのだが。

 それでも実際に使う時はついつい許しを請うてしまう。


「お前は涙に濡れる姉貴を独り家にほったらかすのかよ。『姉貴も行こうよ』とか誘ってくれないのかよ」


「姉弟でドライブとか余計に寂しいわ。パーキングエリアで独りコーヒーを飲む自分に酔いたい気分なんだよ。土産買ってきてやるからそれで許せ」


 急いで外に出る。

 かわいそうと思って、ついつい構い過ぎた。

 少し遅くなったかな?

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