12/05/05(3) 毘沙門宅:僕をこの魔道から救ってくれるのは小町さんだけです!
「う、う、ウソだ! 『男の娘』どころか、ただの『妊婦っ子』じゃないですか!」
美鈴はへたりこみ、ガクガクと震えている。
俺が男の娘かどうかというより、俺が全く動じてないことがショックなのだろう。
確かにオンナだったら、さぞ美しい容姿と言えるだろうよ。
でもお前はオトコだろ?
ポケットからスマホを出し、昔の写真を表示。
「ほら」
受け取った美鈴の表情が怒りから驚きに変わった。
「ホントだ……一体何をどうすれば、この美人が肉まん踏みつぶした様な顔に……」
お前にだけは『美人』とか言われたくないよ。
どう聞いても女性への言葉じゃないか。
「で? どうしてこんなことをする?」
「どうしてって……」
「何か理由があるんじゃないのか? 俺も元は男の娘。男の娘の悩みはわかるつもりだぞ」
「うっ、うっ……」
「ん?」
「うわああああああああああああああああああああああああああん」
泣きすがってきた美鈴の頭をポンポン叩く。
男に抱きつかれるのは好きじゃないんだがなあ。
女の子には抱きつかれたこともないけど。
──美鈴の話が終わる。
聞いてみれば、根っこ自体は俺と同じ。
ただ経緯が違う。
美鈴も元々は、ちゃんとオトコの格好をしていたらしい。
しかし俺以上に女にしか見えない容姿。
弱々しげにも見えるから当然からかわれイジメられる。
もちろんオンナの子は全く相手にしてくれない。
「それならいっそ」と開き直り女性っぽく振る舞ったら、イジメが止んだとか。
外見だけは近寄りがたい美少女だから、周囲の心理はわからなくもない。
そして美鈴は、これまでイジメてた連中が自分を見て欲情しているのに気づく。
そこで片っ端から誘惑しては退学や停学に追い込んだ。
つまりは復讐。
ここまではいいと思う。
しかし……。
そうこう繰り返している内、他人を不幸に陥れるのが楽しくなってしまったとか。
これまでの家庭教師候補達は、ただ美鈴のオモチャにされただけ。
実際に誘惑に負けて手を出そうとしたらしいから自業自得ではある。
それでも彼らには同情を禁じ得ない。
そして美鈴には全く同情できない。
なるほど、時給八〇〇〇円なわけだ。
「僕を理解してくれたのは小町さんだけです!」
ああ、理解はしたよ。
「僕の美しさが通用しなかったのは小町さんだけです!」
ああ、いくらかわいかろうとオトコだもんな。
「僕をこの魔道から救ってくれるのは小町さんだけです!」
ああ、救って……はあ?
「どうか来年は僕と一緒にフランスへ!」
「はああ?」
「二人添い遂げましょう! 僕のためなら小町さんを性転換しても構いませんから!」
「何ぬかしやがる! 俺が構うわっ!」
「だって僕、オトコのままでいたいですもん」
「俺こそいたいわ! キモイ! 離れろ!」
……はあはあ、ようやく引きはがした。
まさかデブになってまでオトコから告白されようとは思わなかった。
しかも男の娘から。
美鈴がうな垂れながら口を開く。
「じゃあ諦めます。せめて僕の家庭教師に」
まあ……こいつにしてみれば……寂しいんだろうなあ……。
何のかんの言って、過去に友達は一人もいなかった。
それだけは話全体を通してわかった揺るぎない事実。
そこに来て、恐らく世界中に何人もいない同志を見つけることができたのだから。
仕方ないな。
「引き受けてやろう」
「わーい、わーい! これからよろしくお願いしますね」
一転して大喜び。
これがオンナの子だったらなあ。
まあ俺にしたって親近感覚えたのは事実。
それに……俺には切り札がある。
今勘違いしている変なキモチを忘れさせるだけのな。
※※※
無事に採用も決まり、歓迎会がてら夕食を御馳走になっている。
おばさんと美鈴の他、おじさん──美鈴のお父さんも加わり一家団欒。
母子家庭の俺には新鮮な体験だ。
「大きくて本当にいいおうちですねえ」
「祖父の代から持ってた土地が値上がりしただけだよ。私自身はしがない役人だし」
おじさんはメガネで三味線ハゲ、一目で堅物とわかる。
ただ細長くナイーブそうな輪郭が、美鈴の父親なのだと感じさせもする。
おじさんがビール飲みつつ、口を開く。
「小町君が美鈴の家庭教師に決まってよかったよ」
「どうしてですか?」
「いや実はね……お姉さんによろしく」
なるほど、これはよろしくと言いたくもなりそうだ。
これは切り札を使うにもちょうどいい。
「伝えておきます。御馳走様でした」