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13/05/24(1) 日吉駅前:メアドか携帯教えて下さい!

 日吉駅の改札を抜ける。

 日吉キャンパスも久々だ。


 わざわざやってきたのは、美鈴から昨夜電話があったから。


「最近、僕に全然構ってくれないじゃないですか、他の人と遊んじゃいますよ?」


 そんな訳のわからない恨み言を吐かれてしまった。

 俺とすれば、美鈴に他の友達ができる事はむしろ歓迎したい。

 それにネット内では天応なりマッシュなりで毎日の様に会ってるだろうが。


 でもGWが明けてからというもの、確かにリアルで直接会っていない。

 美鈴はリア友。

 リア友にはリア友の扱いというものがある。

 直接会ってないと、だんだん関係が薄くなっていくような気がしてしまう。

 俺の側としてもたまには顔を見たいから、別に来るのは構わないんだけど。


 美鈴に電話を入れる。


「美鈴、駅に着いたぞ」


〈ああ小町さん、ごめんなさい。今生協で参考書と問題集を探してるんですよ〉


「そっか。だったら生協向かえばいいのか?」


〈お昼の場所も生協食堂にします?〉


「いや、せっかくだし駅裏のトンカツ屋行きたい。御飯おかわりし放題だし」


 顔も体重も完全に元に戻った。

 もうおかわりしても文句言わせない。


〈わかりました。でも、三杯目は許しませんからね〉


「俺は居候か!」


 電話の向こうから、あははと笑い声が聞こえてくる。


〈今の胃袋じゃ、僕が止めるまでもなく三杯目入らないでしょ〉


「まあな」


〈買物終わり次第すぐ行きます。そのまま待っててください〉


「了解」


 電話を切る。


 一〇分も待てば来るだろ。

 その間は本でも読むか。


 隅っこに移動しよう──前方に人とぶつかった衝撃。


「すみません!」


 いや違う。

 目線を下にやる。


 ──女性に抱きつかれてる!?


「んー、このつるつるのお胸は何ですか~。ごちごちと骨が当たりますが、それもまたイタキモです~。癒されます~」


 えーと……。

 この胸に顔を埋めて興奮してる女性は何でしょうかね。

 ゆっくり目でのんびりまったりと語尾を伸ばした話し方。

 しかし口に出してる内容は対照的。

 のんびりまったりとは程遠い。


 言動にも行動にもツッコみたい。

 だがまずは、俺的に一番大事な所へツッコませてもらおう。


「俺は男だ!」


「んー、わかってます~。『旭チェック』の前には性別は誤魔化せません~。私は美しければ男でも女でもいいのです~。何でも大歓迎のオールオッケーです~」


 ──ん? 旭?

 よく見ると小柄で短めのツインテール。これって……


「旭さん?」


「どうして会ったこともないあなたが私の名前を知ってるのですか~。でもそれもミステリアスぽくってよろしいです~」


 今、自分で「旭」って言ったから。

 しかも、あなたは会ったこともない相手とわかってて抱きつくのか。


「姉貴の同僚の旭さんじゃありません? えーと、人には言えない法務省?」


「まるで法務省が風俗嬢でも雇ってるかの様な言い方はやめて下さい~」


 旭さんが顔を上げた。

 じっと覗き込んでくる。


「あれ? そう言えば観音さんと同じ顔。弟さん?」


 うわっ!

 間近に見ると、やっぱ可愛い!

 俺のタイプど真ん中の絶好球すぎる!


「全く気づかずに『美しい』とか言ってたんですか?」


「ごめんなさい~、私、美しい人を見ると反射的に抱きついてしまうので~」


 それって色々まずくないか?


 今度は逆に旭さんが質問してきた。


「弟さんなのはわかりました~。それでもどうして私の事を知ってるんですか~?」


 そっか、そりゃそう思うよな。

 弟だからって、普通は姉の同僚のことなんか知らないし。

 都さんは同僚というより姉貴の友達だし。


「瀬田温泉の写真を見たから。シノさんが姉貴に送ったでしょ?」


「ああ、あれ……なるほど~」


 納得したらしき旭さん。

 まるで観察するように、まじまじと俺を見つめてくる。


「うーん、しまったな。この時点で旭チェックを通過させるべきじゃなかったです~。また三年くらい経ったら会いたいです~。大丈夫、さすが観音さんの弟。まだまだ伸びます~。あなたはきっといい男になります~」


 なんかよくわからない。

 俺は褒められてるの?

 それともバカにされてるの?


「それじゃ、私急ぎますのでこれで失礼しますね~。職場に戻ったら観音さんにはよろしく伝えておきます~」


 旭さんが走り去ろうとする。

 俺はそれを見送る。


 ──じゃない!


 これはチャンスじゃないのか?

 せっかく可愛いって思ってた旭さんと、偶然にも知り合えたんだぞ。

 しかも実物は写真よりさらに可愛いじゃないか。

 男なら、ここで声を掛けなくてどうする。


 何もせずに後悔するより、失敗してから後悔した方がマシ。

 ついこないだ、それを思い知らされたばかりじゃないか。


 勇気を出すんだ、小町!


「旭さん」


 大声で呼び止める。


「はい?」


 旭さんがきょとんとした顔で振り返った。

 ちきしょう、やっぱり可愛いじゃないか。

 行くんだ、小町!


「メアドか携帯教えて下さい!」


 旭さんが怪訝そうな表情を見せる。


「……もし何か私に用事あるなら、観音さんに聞いてくれて構いませんよ~」


 間を空けての返事──これは躱されてる?

 でも怯むな、小町!


「いえ、姉貴には内緒で。お願いします!」


「ははーん、ナンパしてくれてるんですね~。どうしようかなあ~」


 旭さんが視線を少しそらす。

 片腕を組み、一方の手の人差し指を口にやった。


 明らかに考え込んでいる。


 答えが返ってくるのが怖い。


 沈黙が長く感じる。


 いや本当に長いのか。








 旭さんが視線を戻した。


「いいですよ、教えます~」


 やったああああああああああああ!


 旭さんが微笑みながら続ける。


「観音さんの弟さんですから身元は確かですしね~。それに観音さんに内緒でってのが面白そうです~。ナンパされてあげます~」


「ありがとう!」


 旭さんがクスリと笑った。


「弟さん、お名前は?」


「小町です。天満川小町」


「小町さん、顔が真っ赤になってますよ~? これまでナンパしたことなんてないんでしょ、その勇気を買ってあげます~」


「え、え……マジですか? 恥ずかしい」


 旭さんがポケットから黒い手帳を出す。

 その中から名刺を取り出すと、ペンでさらさらと書き足してから差し出してきた。


「どうぞ~」


 名刺に追加されていたのは、携帯番号とメールアドレスだった。


「小町さんの番号とメアドは後でメールして下さい~」


「はい」


「メールでも電話でも構いませんけど、最初だけは私が落ち着いて返事のできる時間帯にお願いします~。そうですね……観音さんが自宅に帰宅してからなら、私の仕事も確実に終わってますので大丈夫です~」


 語尾を伸ばした話し方ながら、話自体はてきぱきした印象。

 この辺りはさすが社会人と言うべきか。


「絶対に電話します!」


 旭さんがクスっと笑う。


「私も楽しみに待ってますね~。今は本当に急いでますので、これにて~」


 言うやいなや旭さんがダッシュ。

 走りながら改札を抜けていく。


 よし行った、階段降りた。

 あ、体の力が……地面にへたり込んでしまう。

 我ながら情けない。

 とりあえず立ち上がろう。


 生まれて初めて挑戦したナンパ。

 どうやら成功したらしい。


 手の中には旭さんの名刺。

 これは一生の宝物にしよう。


「小町さん」


 旭さん可愛かったなあ。

 早く話してみたいなあ。


「小町さんってば」


 さっきまで抱きつかれてたんだなあ。

 普通じゃありえない行動を、気にせずいいとこ取りするのはヲタの特権さ。


「小町のばかああああああ」


 うわっ! 何かに抱きつかれた……って美鈴?


「待て、離れろ。とりあえず離れろ」


 旭さんの感触が消え失せてしまうではないか。

 無理矢理ひっぺがす。


「さっきから呼んでるのにずっと無視するからですよ。どうしたんですか。心ここにあらずって感じですよ?」


「いや何でもないよ。久々に美鈴の顔が見られるから嬉しいなって」


「そう言われると僕も嬉しいですけど……小町さんらしくない台詞ですねえ」


 俺もそう思う。

 ハイになってるのかしら。


 旭さんの件はしばらく美鈴にはバレたくない。

 美鈴がバイトの時みたく邪魔しかねないのはもちろんだが……。


 俺に抱きつくということは、当然に美鈴にも抱きつく可能性があるということ。


 悔しいが女性として見た場合でも、容姿は俺より美鈴の方が上。

 能力においても、俺が美鈴に勝てるところなんて何ら見あたらない。


 つまり俺は、男としても女としても美鈴に勝てる自信がない。

 美鈴は旭さんに興味ないと言っていた。

 しかし旭さんの方はわからないのだ。


 美鈴よ、心の狭い卑屈な先輩ですまん。

 お前の事は無二の親友だと本当に思ってる。

 心の整理をつけたら絶対に話す。

 だから今日の所は見逃してくれ。


 連絡は姉貴が帰ってからか。

 姉貴、早く帰ってきてくれないかなあ……。


四章開始です。

20万字の間お待たせしました。

真ヒロインの登場です。

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