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13/05/19(1) 自宅:弟が変な道に走ってないかチェックするのも姉の役目だ

 バイトから帰宅。

 リビングでは、姉貴が座卓の上に畳まれた黒い布を見つめ、腕を組んで悩んでいた。

 いつもこのパターンで声をかけてろくな事になった試しがない。

 そしらぬ振りで部屋に入ろう。


 ──と通り過ぎようとしたところで、声を掛けられた。


「小町、『ただいま』は言わなくていいのか?」


 ちっ。

 自分だって「おかえり」を言ってこないじゃないか。

 もう何か絡んでくるつもりなのがありありだ。


「ただいま。俺ちょっと明日締切りのレポートあるからさ。部屋に戻るわ」


 姉貴がポンポンと床を叩く。


「そんなの私が書いてやるからちょっとここに座れ」


 いや「書いてやる」じゃねーだろ。

 それくらい自分でやるから。


 大体、本当に書いてくれるのならまだいい。

 姉貴は自分の話さえ終われば「そんな事言った覚えはない」と逃げる。

 以前に先読みして、スマホにこっそり録音して聞かせたことがある。

 姉貴は俺からスマホを奪い取って窓から投げ捨てた。

 もちろんスマホは昇天した。


 俺はそれ以来、耐衝撃&防水なミリタリー規格のスマートフォンを使っている。

 Gショックがそのままスマホになったみたいな代物。

 買った時は、そんなありえない事態を想定して品選びした我が身が悲しくなった。

 しかし俺にスマホ代を渡した姉貴はもっと悲しいだろうけど。

 特殊な商品だから割引ほとんどなかったし。


 あーあ嫌だなあ。

 今日は何だろうなあ。


 腰を下ろすと、話を早速切り出してきた。


「小町、一つ相談があるんだが」


「あそこの毛の話なら二度と聞かないぞ?」


「もう、つん──」


「言うな、このバカヤロ様! それ以上口に出したら、本気で家出するからな!」


「冗談に決まってるだろうが。これでも食べろ」


 姉貴が冷蔵庫から何かを取り出し、レンジでチン。

 テーブルの上に差し出してきた。


「アジの干物?」


「帰省した時に釣りに行ってさ。作って持って帰った。我ながら美味いぞ」


 実家にいた頃はよく食ったな。

 瀬戸内海はアジとかイワシとかの小魚が美味いから食卓に並ぶ機会も多くなる。

 安いからというのもあるけど。


 ちなみに、釣りは別に姉貴の趣味ではない。

 海で釣ればタダでオトク。

 そのポリシーに従い、竿持って出かけるにすぎない。


 さて、つまもう。


「うん、美味いな」


「だろう。そこで本題に入りたいのだが」


 どこがどうなって『そこで』なんだ?


「このアジを吹き出さない程度の話にしてくれよな?」


「実はだな、この浴衣を明日仕事で着なければいけないので買ってきたんだが」


 この黒い布は浴衣だったのか。


「それってどんな仕事だよ」


「本当に仕事なんだよ。浴衣代も経費だし。とりあえず、そこは信じろ」


 正月にも振袖着るのが仕事って言ってたくらいだしな。

 今度もまたMI6か?

 まあそこは聞けないし、聞いても仕方ない。 


「わかった、信じよう。それで?」


「この浴衣の下着に何を着けるべきか、悩んでてな」


「知るか! 男の俺が知ってるわけないだろ!」


 アジを吹き出すところだったけど、何とか堪えた。

 目の前の浴衣を汚すわけにはいかない。


「何を言う。小さい頃は女性用の浴衣着て『とうかさん』の祭りに行ったじゃないか」


「姉貴のお古って事でな! 『えべっさん』に『すみよしさん』と女装姿で広島三大祭りを制覇させられたよな!」


 ああ、なんて黒歴史。


「目を瞑れば思い出す、暴走族と警察で血を流し合う光景──」


「もう暴走族は徹底排除されてるから。でも下着は普通の男物だったぞ」


「私のお古をあげてもよかったんだが」


 そんなことになってたら、もはや黒歴史じゃ済まない。

 キリがない。

 無視して話を進めよう。


「大体さ、女性って浴衣の下には何も着けないんじゃないの?」


「それは男の妄想というか都市伝説だから。とりあえず下着はつける。そうじゃないと股を広げた時に大変だろうが」


「何だよ、その股を広げた時ってのは」


「これを見ろ」


 姉貴が漫画を開き、見せてくる。

 前もって横に置いてあるあたり、準備の良さを感じさせる。

 しかも付箋まで貼ってあるし。


 どれどれ?


 ヒロインの女性が尻餅をついてパンツ丸出しになってるところに、主人公が転んで顔面を股に埋めてしまっているシーン。


 よくあるテンプレ光景。

 というか、見覚えあるんだが。


「みつきさんが職場でこのページをガン見してたんだ。それで小町の部屋を漁ってみたところ、同じ漫画があったので読んでみた」


「やっぱり俺のかよ!」


「正直不快としか思えないんだけどさ、こういうのを小町は憧れるのか、男性心理について教えを請おうと思ってさ」


「聞けよ! 俺にとっては勝手に弟の部屋を漁る姉貴の方がよっぽど不快だよ!」


「弟が変な道に走ってないかチェックするのも姉の役目だ。私のあげた姿見鏡の裏にテープで貼りつけてあった

 『あなたは都条例にひっかかりますか? いいえ合法ロリです』

 『お前を巨乳にしてやるから俺をロリコンにしてくれ』

 『姉貴が欲しかった僕は渋々妹で我慢しました』

とかってタイトルのエロ本はそのままにしておいてやったから安心しろ。私という優しく綺麗な姉貴がいるのに『欲しかった』はないだろう」


 息も継がずに蕩々と、訳のわからない台詞垂れ流しやがって。


「探すなよ! 見つけるなよ! 見つけても見ない振りしてくれよ! あと、俺にシスコン属性はないから!」


「頭のてっぺんからつま先までの全てがシスコン成分で構成されてる癖に何言ってやがる。しかもエロ本の隠し場所にまで私からのプレゼントが使われてるとはな」


「違う! そりゃあ姉貴は好──」


 しまった。

 いやもちろん変な意味じゃないのだが。


「好? その続きは? 早く言えよ」


 姉貴がニヤニヤしながら続きを促す。

 全くこの女は……。


本話と次話の対応部分として、短編「キノコ煮込みに秘密のスパイスを 13/05/20 横浜オフィス」を番外編としてアップしています。元々は本編にあったエピソードですが、改稿の際に展開スピードを考えて削除した部分です。

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