13/05/10(2) 自宅:ねぎが男でもデブでもいいって言われた……
「小町、こっちに来い。私のコーヒーを入れろ」
あー、嫌だなあ。
明らかに機嫌が悪そうな声じゃないか。
「わかった」
頷くしかない。
それくらい自分で入れろって言いたいところだが……。
今日は我慢、我慢だ小町。
姉貴の後ろに続くように、DKへ行く。
姉貴がテレビをつけて座る。
切り替えたチャンネルは、いつも通りにニュース。
「アイスコーヒーがいいなあ」
甘え口調の割に、声のトーンが低い。
「わかったよ、少し待ってろ」
どうせ入れてやるんだ。
そのくらいの我が儘は聞いてやろうじゃないか。
氷を入れて注ぐだけ。
ホットもアイスもそんなに手間が変わるわけじゃない。
「ほら」
できたアイスコーヒーを姉貴に手渡す。
「ぶっ!」
受け取った姉貴が、すぐさまそれをぶっかけてきた。
「何をする!」
「火傷しない様にアイスコーヒーにしてやったんだろうが。掃除も私がしておいてやるからありがたく思え」
姉貴は雑巾を取り、床を拭き始めた。
「気を使うところが違うだろうが! そもそも何でぶっかける!」
「お前のせいでみつきさんがソドムの道に走りかけてるじゃないか!」
「はあ?」
姉貴の床を拭く手が止まる。
そして力なくうな垂れた。
「ねぎが男でもデブでもいいって言われた……」
おい……みつきさん……。
「俺に言われても知るか!」
むしろ俺がみつきさんにコーヒーぶっかけたいわ!
また姉貴の反応がなくなった。
しばらく同じ姿勢のまま固まると、力なく呟き始める。
「やっぱりつんつるにした方がいいのかなあ……」
俺もコーヒーが飲みたくなってきたな。
ついでに姉貴のも入れ直してやろう。
いつまでも同じ姿勢のまま固まらせておくわけにもいかないし。
流しに立ってから問い返す。
「何を?」
「あそこの毛」
思わず氷をガラガラと流しに落としてしまう。
「そんなの弟に聞く姉が世の中のどこにいる! 下着洗う位なら慣れてる俺でも姉貴のあそこの毛の話なぞさすがに聞きたくないわ! どっからそんな話になった!」
「こないださ、男の振りするのに『つんつるフェチ』って言ったんだ。そしたらみつきさんに『同志』って言われちゃってさ……」
この女ってどこまでバカだ。
「何でそういうどうしようもない嘘を吐く」
「だって小町の真似するってことは、つんつるフェチになるだろ?」
「悪いが俺本人は考えたことすらないわ!」
「魔法少女の変身する場面で生えてるの見たことないから、きっとそうなのかと……」
ああ、言われてみればそうかもしれない。
確かに変身シーンで、ぼーぼーの毛が描かれてたら興醒めだ。
「わかった、納得した」
「水着着るから手入れはしてるんだが……」
ぶっ!
それ以上はやめてくれ!
本気で聞きたくない!
姉貴のあそこがどうたらこうたら、生々しすぎるわ!
黙らせるべくアイスコーヒーをおしつける。
「ほら、おかわり。飲みたければ飲め」
「ありがとう。いただく」
ようやく姉貴の口調がまともになった。
座り直して、タバコに火をつける。
俺もコーヒーを置いて、腰を下ろす。
「でもさ、別に悲しむ必要もないだろ」
「どうして?」
「みつきさんがどう言おうと実際の『ねぎ』の中身は姉貴なんだしさ。『いい』って言ってくれたんなら、そこだけ受け取れよ」
姉貴が「ふっ」と嘲笑う。
「じゃあ聞こう、小町よ。お前なら、美鈴から『小町さんが男でも女でもいい』って言われたらどう思う?」
「全然例えになってないじゃないか。まるで俺が美鈴を恋愛対象にしてるかの様な言い方はやめてくれ」
「じゃあ、鏡丘から『小町君が男でも女でもいい』って言われたら?」
「あの人は実際に言ってるじゃねーか。リコーダー盗むって、一体何だよ」
姉貴は半目にしながら、煙を大きく吐き出した。
「うん、それもそうだ。鏡丘を持ち出した私が悪かった」
ったく。
「ま、みつきさんの件は良かった事にしとけよ。男でもいいって、ある意味では最高の褒め言葉じゃんか」
みつきさんは「ねぎ」の容姿を知らないわけだからな。
例えはアレだけど、姉貴の中身が純粋に好きって言ってるのと同じだ。
いつも「男でもいい」と言われてる俺にしてみれば複雑な台詞。
だけど俺の場合は初めに冷酷顔の外見ありき。
意味合いが全然違う。
「ん。じゃあ、そうしとくよ」
やっとだ。
姉貴が帰宅してから、やっと笑ってくれた。
これで俺も殴られ損にならずにすんだってもの。
どうせ憂さを晴らされるなら、とことんまで晴らして欲しいしな。
ああ、もちろん。
この借りはいつかきっと何らかの形で返してもらう。
覚悟しとけよ。
本話は
キノコ煮込みに秘密のスパイスを 13/05/10(2)マッシュ
の前半のやりとりを受けてのものです。
キノコではターニングポイントとなる話回となります。