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13/05/02(4) 瀬田温泉:やっぱり川の近くっていいよな

 姉貴が到着した。

 相変わらずの黒スーツ姿が、なんて温泉と似合わない。

 つかつかと歩いてきて、休憩所の畳にあがる。


「待たせたな──」


 どっかと腰を下ろすと、美鈴に頭を下げた。


「──美鈴、今日はすまなかった。日中の私はどうかしていた」


 美鈴への謝罪が出るあたり、ようやく頭が冷えたらしい。


「いえいえ。観音さんの気持ちはよ~くわかりました。今日の観音さんにはむかつく権利があると思います」


 逆に美鈴は同意してどうする。


「俺は姉貴を待ちたくなかったけどな」


「まあそう言うな。一人女性を呼んでやったから、それで許せ」


「都さん?」


「都とは最近会ってない。今やってる仕事で迂闊に口を滑らせるわけにいかないから」


 つい先程までとち狂っていた女とは思えないまともな台詞が出てきた。


「口を滑らせるって、姉貴が? 都さんが?」


「両方。お前ら二人を叱ったのは洒落じゃないんだよ」


 あのみつきさん絡みの……。

 都さんとの付き合いまで断たないといけないくらいなのか。

 改めて悪いことをしたと省みてしまう。


 しかし姉貴がクスリと笑った。


「そんな顔するな。この場だからこういう言い方せざるをえないだけだよ」


 ああ、人前だからか。

 じゃあ、そうさせてもらおう。

 落ち込みすぎるのもかえって空気を乱すし。 


「じゃあ誰?」


 問うた瞬間、聞き覚えのある声が飛び込んできた。


「こんにちは、小町君の写真撮りに来ました~」


「鏡丘さんかよ!」


 ラプラスの魔、あるいは妖怪涎垂らし。

 どっちにせよ、人外。

 黙ってさえいればかわいいのに……。


 そういえば鏡丘さんの私服姿を見るのは初めてだ。

 ロングプリーツスカートにゆるふわニットを合わせた出で立ち。

 全体に淡いパステル基調な色遣い。

 いかにもな今年の流行アイテムと配色。


「来たか。涎たらしたくなる様な色だな」


「シャーベットカラーって言うくらいですからね」


 二人で涎を垂らし合ってどうする。


 そんな二人に美鈴がツッコんだ。


「『写真撮りに来ました』じゃないです。どうして鏡丘さんが来るんですか。次にアンジュはまだ営業時間中でしょう。この二つについて説明してもらいましょうか。ついでに鏡丘さんに小町さんの写真を撮る権利はないとも言っておきましょう」


 いや、最後のは美鈴にも言う権利ないよ。


「随分な御挨拶じゃない。私よりマスターの方が良かった?」


「どっちもいりません。どちらかが絶対に来る前提で回答しないでいただけますか?」


 姉貴が口を開く。


「じゃあ、私からまず説明しよう。私がアンジュに『これから小町が水着を着る』と電話をかけたんだ」


 鏡丘さんが続く。


「続けて私からも説明するね。電話を受けたマスターが職場責任者のくせに仕事ほったらかして『僕が行く』とだだをこねたので皆で縛って女子更衣室に放り込んだの。その後ウェイトレス達で協議して私が代表として行くことに決まったわけ。これは次回のアンジュ宣伝用ブログのための写真を撮るという立派な業務で現在の私には時給も出てる。ついでに私は小町くんの姉貴分だから写真を撮る権利がある」


 あんたみたいな姉貴、そこに座った冷酷顔の姉貴以上に持ちたくないよ。


 美鈴が「はいはい」とでも言いたげに呆れ顔しながら反論する。


「マスターの許可を得ずに来ていて時給をもらうもないでしょう」


 鏡丘さんのオッドアイが、室内灯に照らされキラリと光る。


「美鈴君も言うわね。大事なホイッスルはちゃんと磨いてる?」


「ええ、もうつんつるになるまで」


 まるで二人の間に火花が飛び散っているかのよう。

 やだ、なんか怖い。


「そういえば美鈴、用意していた俺の水着とやらは?」


「ああ、これです。僕が選びました」


 渡されたのは淡い水色基調のタンキニ。

 そこまで派手でもなく、着るにも抵抗ない。

 形状的にも十分誤魔化せる。

 さすがは勝手知ったる男の娘同士、いや同志。


 そう思ったところで、鏡丘さんが妙にニヤつきながら包みを渡してきた。


「小町君、これはマスターからのプレゼント。男性用水着」


「えっ?」


「『小町君はどうせ女性用水着を押しつけられるんでしょ? かわいそうだし、僕からのプレゼント』って託かってきた」


 マスターにしては気が回るな。

 実際に着るわけにはいかないだろうけど、気持ちは嬉しい。

 とりあえず包みを開けてみよう。


 ──なんだこれは。


「はけるか!」


 つい反射的に、水着を鏡丘さんの顔面へ投げつけてしまった。

 だけど謝ろうとは思わない。

 だってさっきのニヤつき顔、あんた絶対に中身を知ってたよな!


 包みから出てきたのはフロント部分以外全てが紐。

 ビキニというよりもフンドシ。

 男性用とはまったく名ばかり。

 こんなのはくならタンキニのが百倍ましだわ!


「小町君、顔面に投げつけなくてもいいじゃない! マスターが試着した後で汚いのに!」


「そんなもん、尚更よこすな! 鏡丘さんも顔を洗いたいでしょうし、さっさと温泉行きましょう!」


 ──てなわけで混浴スペース。


 外はすっかり暗くなっている。

 だけど浴場内は人がまだまだ多い。


 俺と美鈴はタンキニ。

 俺が水色で美鈴がピンクという違いだけでデザインはお揃い。

 体型誤魔化すにはデザインも限られるからこうなるだろうな。


 姉貴は黒のシンプルな競泳水着。

 無個性突き詰めてるのはわかる。

 しかしお前はいったい何を狙ってるのかとツッコミたい。


 鏡丘さんはごくごく薄いパープルのワンピ。

 本来は最も目の保養になるべき存在なのだが……。


 フラッシュを焚いて他の客を撮影しまくっていたら、係員に連行されていった。

 まあ予想できたけどな。


 ふう……ぬるめの湯加減がいい気持ち。

 体どころか心の奥まで洗われる気分。


 目を遠くに見やり、多摩の夜景を眺める。

 実はここは知る人ぞ知る、夏の花火大会のビューポイント。

 街中にありながら、思いっきり視界が開けてしまっている。

 ああ、なんて素晴らしい爽快感なんだ。


「美鈴、体調は大丈夫か?」


「はい平気です。小町さんの水着姿を見た──あいたた」


 頭をひっぱたく。

 姉貴も美鈴の思考パターンをよく理解してるものだ。


「もう。僕は昼間からつかりぱなしなので、先に出ますね」


「お疲れ様」


 美鈴に手を振ってから姉貴を見る。


 姉貴はぼーっと夜景を眺めていた。

 俺の視線に気づいたか、横に来る。


「小町、やっぱり川の近くっていいよな」


「うん。俺、本当にここに住めて良かったって思う」


 広島市はデルタ地帯。

 川に挟まれて育った俺達は、家の近所に海や川等の自然の水場がないと落ち着かない。

 昔はよく、姉貴に連れられて土手に行ったなあ。

 その度にガリガリ君買ってもらってたっけ。


 夜風が顔を撫でる。

 どこか懐かしい、そんな空気が流れてゆく。

 俺達はその後しばらく無言のまま、眼下に広がる夜景を眺め続けた。


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