13/05/02(3) 瀬田温泉:僕の敵じゃない
──瀬田温泉到着。
GWの中日だけに人が多い。
そうじゃなければ美鈴もずっと三人を観察などできなかったろうけど。
美鈴のあの容姿じゃ、どう足掻いたって目立っちゃうし。
二子玉川に着いた時点で美鈴に電話してみた。
「立ち上がれる程度に回復したので着替えて休憩所に移動しました」と返ってきた。
通報されなくてよかったな。
おかげで駅から直行せず、一度家に帰ってから来る事ができた。
エントランスから休憩所へ。
うん、いたいた。
美鈴はTシャツに短パン姿。
ついでに変装様であろう伊達メガネ。
休憩所には畳が敷き詰められており、その上で正座していた。
スポーツドリンクを両手でこくこく飲んでいる。
「お待たせ」
「お疲れ様、そしてお帰りなさい」
「これ広島土産のもみじまんじゅう」
「ありがとです」
美鈴が軽く笑顔で会釈しながら手を差し出してくる。
ここで渡すのも何だけど、日持ちするものじゃないからな。
さてと。
美鈴の向かいに腰を下ろして、足を伸ばす。
「今日は本物のメガネじゃないんだ?」
みつきさんを尾行した時は本物だったが。
「レンズ痛むので、伊達眼鏡にコンタクトしてます」
「随分と面倒くさいことを。今回、そこまでして変装の必要あるか?」
いくら美鈴が顔バレしてるとはいえ、見たのは遠目に一回だけだし。
チラッと見られる程度なら気づかれまい。
「変装以上に、メガネ掛けてないとナンパがうざいんですよ。GW中に男だけで連れ添って温泉なんか来るなと言いたいです」
「俺達だって他人の事を言えないだろう」
「僕達の場合、傍目には女二人に見えるから許されるんですよ」
何この理不尽ぶり。
気のせいか、発言が姉貴化してるぞ。
ああ、姉貴で思い出した。
「美鈴。今から姉貴も来るって。俺は姉貴に付き合うけ──」
「回復しましたし僕も一緒に入りますよ」
この素早い返事はなんなんだ。
「疲れてるだろうし、無理しなくていいぞ?」
「あれだけ三人のきゃっきゃうふふを見せつけられれば、観音さんじゃなくともぶち切れますって。このままだと温泉にトラウマ残りそうだし」
俺達姉弟と温泉に浸かってもきゃっきゃうふふにはならんと思うけどな。
というかカラオケボックスの次は温泉か。
確かにのぼせてぶっ倒れるまで入らされればトラウマにもなるわな。
「そんなにきゃっきゃっうふふだったん?」
「男一人が女二人を侍らせてる時点で、十分すぎるほどきゃっきゃうふふでしょう。本当に楽しそうでしたよ」
「で、肝心な女性陣の動向は?」
「シノさんが隙を見ては密着しようとしてるんですけど、その度にみつきさんがさりげなく旭さん──もう一人の女性を挟んだりして、距離を置いてましたね」
「つまり皆実が妨害するまでもなく、みつきさん自身がシノさんに興味ないって事か」
「そうなりますね。だからと言って観音さんには言えないでしょ」
「そうだな、伝えなくて正解だったよ」
姉貴が上司権限とかでシノさんをいびるとは思わない。
しかしその溜め込んだ苛立ちの矛先は、間違いなく俺達へ向く。
「でも、小町さん。みつきさんも勿体ないですよね。普通の男性なら誰でも喜んで飛びつきそうなものなんですが」
「まあ、みつきさんは貧乳フェチだし」
「それでもですよ。シノさんの容姿は僕ですら一目置くくらいなのに」
美鈴が自分以外の女性の容姿を褒めるのなんて、姉貴以来初めて聞いたぞ。
美鈴は彼女が欲しいといいながら、実際には女性を見ても関心なさげ。
どれだけ面食いなのかと思ってたが……。
シノさんでようやく褒めたのが全てを物語ったか。
美鈴も純粋に容姿だけなら決して負けてはいない。
かわいい寄りかきれい寄りかの差で。
肝心の性別がアレなのはおいとくとしてだが。
「旭さんについてはどう思った?」
「僕の敵じゃない」
……口がぽっかりと開いたままになってしまっていた。
お前の判断基準は全て自分かい!
優劣以前に、美鈴のタイプから外れすぎてるのもわかるけどさ。
こいつのタイプは姉貴や俺みたいな冷酷顔なのだから。
だけど俺から見た旭さんは、シノさんをも凌駕する。
もちろんお前は旭さんの敵じゃない。
それを言い返すにも、なんか変な間ができちゃったな。
俺もお茶を買ってきて、文字通りお茶を濁すことにしよう。