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13/04/24(4) カラオケボックス:うちが言うのはいいんです。妹ですから

 ──皆実が希望した場所。


 できればそこは、しばらく足を踏み入れたくない場所だった。


「なぜカラオケボックス!」


「密談には丁度いいんですよ」


 理屈はわかる。

 ああ、わかるともさ。

 しかし何が悲しくて、二日連続でカラオケボックス。

 俺と美鈴にとってはトラウマとも言える場所。

 美鈴は「勝手にやっててください」とばかりにソファーで寝てしまった。


 皆実がリモコンを手にする。


「BGM代わりに曲入れましょうか。アニソンでいいんです?」


「なぜ俺の趣味がそうだとわかる!」


「小町さんがというより、マッシュのプレイヤー自体がアニオタ多いですから。兄ぃだってオタじゃないけどアニソンを着うたにするくらいにはアニメ好きですし」


 「とある」を見てるだけで十分オタの範疇だと思うけど。

 そんなとこツッコミ入れても仕方ない。


「じゃあ本題に入ろう。みつきさんの職場の話だけでいいんだな?」


 ──俺の知っているみつきさんについてのことを一通り話し終える。


「……というわけだ。俺も大して知らないけど、一言で言うと職場イジメだな」


「なるほど、納得いきました。それで観音さんが助けに横浜へ行ったと。そんな人事が通るからには、兄ぃばかりが悪いという話じゃなさそうですね」


「そうなるのかな?」


「兄ぃもうちに甘えてくれればいいのに。あんな女に甘えなくたって……」


「あんな女?」


「シノさんって御存知です?」


 これは別に隠す必要ないな。


「うん、知ってる。すごい美人だよね」


「兄ぃからどんな人かは聞いてますけど顔は知りません」


 言い方からしてトゲがある。

 この敵意むき出しの態度はなんなのだろう。


 ちょっと試してみるか。


「みつきさんとシノさんは昨日デートだったらしいけど?」


「聞いてます。クロエの匂いがスーツについてたから問い質してみれば……」


「クロエ?」


 ソファーから美鈴が声を発してきた。


「クロエ・オードパルファム。品の良さと清潔感を演出する、石鹸っぽい匂いの香水です。現在女性に圧倒的一番人気で、それこそ外を歩けば猫も杓子もクロエです」


「さすがは女装するだけあるな」


「クロエくらい普通の男でも知ってますから」


 そういうものなんかね。

 というか、香水の残り香でツッコミ入れるなんて……昼ドラの女房かよ。

 妹好きな俺ですら、皆実については兄ぃじゃなくてよかったと思える。


 さて気を取り直してと。


「で、問い質した続きは?」


「ここからがうちの情報提供ってことでいいですかね?」


 念を押すことでもなかろうに。

 身内以外にはとことんドライな性格がみてとれる。


「オッケー」


 皆実が頷く。

 そして再び上げた顔は忌々しげな表情に変わっていた。


「シノさんが仕事で失敗したとかで、『観音さんから豆腐居酒屋の割引クーポン渡されたから慰めてきた』って言ってました」


 あの姉貴、自分で敵に塩送ってんじゃねえか。

 でも二人とも姉貴の部下だしなあ。

 上司として気を使ったんだろうなあ……心殺してまで。


 それは本当に仕方ないというか哀れというか。

 昨夜の一件も許せるかもと思えてきた。


 皆実がさらに続ける。


「らぶえっちはしてませんけどね」


「誰もそこまで聞いてない! しかもどうして言い切れる!」


「うち、兄ぃの目を見ればウソ見破れますから」


 こんな妹、絶対にやだ……。


  

 さて、そろそろ聞かせてもらおうか。


「どうしてシノさんに、そこまで敵意をむき出しにする?」


 皆実が歯を思い切り噛みしめる。


「あの女はうちの趣味をとりあげてくれましたから」


「趣味?」


「兄ぃが食べたいと言えば何でも食べさせてあげて、兄ぃの部屋が散らかってれば片付けてあげて、兄ぃのパンツが汚れてれば洗ってあげて、兄ぃが膝枕してくれって言ってくれば膝枕してあげて、兄ぃが耳痒いと言えば耳かきしてあげて、兄ぃが添い寝してくれって言えば添い寝してあげて、兄ぃが禁断の橋を渡りたいと言えば上に乗っかりながら前都知事が絶叫したくなるであろうことをしてあげて、とことんまで甘えさせてあげる。それがうちの趣味です」


「あなた、病気ですから!」


 俺がツッコミ入れる前に、美鈴が叫んだ。

 皆実が美鈴に目を向け、ニッと笑う。


「やっと反応した。後半はウソに決まってるじゃない。せいぜい耳かきまでかな」


 この女サイアクだ。

 耳かきしてくれる妹は欲しい気がするが……。


 いや、それはいい。


「皆実。どうしてシノさんがそこに出てくるんだ?」


「シノさんのせいで兄ぃは糖尿病になってしまったんですよ」


 はあ?


 俺の驚きを他所にして、皆実が続ける。


「観音さんが教えてくれなかったら、うちは気づかないままでした。聞いた話だと、兄ぃがシノさんに連れ回されたのは食べ放題や超大盛ワイルド系な店ばかり。そんな食生活してれば成人病になって当たり前です」


「まあそうだな……」


「仕方ないから、うちは糖尿病対策の献立を考える毎日。DIがどうだのこうだの。うちこそ兄ぃに好きな物いっぱい食べさせてあげたかったのに、そのために頑張って料理覚えたのに……あの女はよくも……」


 す、すごい。

 まさかここまでのブラコンだったとは。

 言ってることはかわいい。

 だけど現実でしかも他人事となると、病んでる様にしか聞こえない。

 ああ、やっぱり二次こそ最高だ……。


「だからってシノさんが狙ってやったってわけじゃあ……」


「いいえ。うちの勘がそう叫んでます! あの女は絶対に狙って兄ぃを太らせたんです! 他の女が兄ぃに寄りつかないように!」


「勘とかめちゃめちゃじゃないか」


「兄ぃって痩せたら結構カッコいいんですよ。ブラコンとしての贔屓目抜きにして──」


 自分でブラコンと認めてるし。

 姉貴や美鈴の言う通りだ。

 こういう開き直ったタイプが厄介なのは俺でもわかる。


「──しかも今の兄ぃはうちから見てすらデブでクズ。それで得するのはシノさんだけじゃないですか」


 シノさんはデブ専だしなあ……。


「というか、そこまで大好きな兄ぃをよくそこまで悪し様に言えるよな」


「うちが言うのはいいんです。妹ですから──」


 ひでえ。

 しかしちゃんと客観的に物事を見る目も持ってる。

 つまりこいつは、頭いいクセに議論の通じないタイプ。

 俺も美鈴と一緒にソファーで寝そべりたくなってきた。


「──だからこそ、うちは観音さんとくっついて欲しいと思ってるのに」


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