13/04/24(1) 二子玉川:当事者になろうとしない分、僕より最悪です
「あー、昨夜はひどい目にあった……」
「ですね……」
美鈴と二人、アイスクリーム囓りつつボヤきあう。
俺は三つで美鈴は一つ。
いつもは口やかましい美鈴も、今日ばかりは止めようとしなかった。
現在は二子玉川駅ショッピングセンター。
それぞれ三田と日吉のキャンパスから帰ってきて落ち合ったところ。
どうして二人ともこんな日に必修科目の授業が朝一からなのか。
おかげでほとんど寝ちゃいない。
だったら帰って寝ればいいのだが、残念ながらそれはできない。
なぜなら未だに頭の中では、姉貴の「会いたい」がぐるんぐるんしているから。
また美鈴からも「僕も同じです」とメールが届いた。
そこで二子玉川で落ち合い、気晴らししようという話になったのだ。
「ああ……アイスの甘さが荒んだ心を癒してくれる」
「寝不足の時に食べる甘い物って、どうしてこんなに美味しいんでしょうね」
「脳が疲れてるからだろ」
「たまにはカッコつけた台詞言わせてあげようと思ったのに、自分で台無しにしてどうするんですか」
姉貴じゃあるまいし、そんな自分に酔う趣味ねーよ。
……それよりも、気になることがあるんだよな。
「なあ美鈴、なんか変な視線感じないか?」
「いつものことじゃないですか」
お前こそ、自分で台無しにしてるじゃないか。
「真面目な話だ。いつものようなヌメっとネットリと頭のてっぺんからつま先まで舌を這わされるかのような視線じゃなくて、なんか見張られてるというか……」
「被害妄想ですってば。それこそ観音さんの歌の呪いじゃないんです?」
「呪い?」
「観音さんの妄念が小町さんにとりついたとか。観音さんなら、ホントに仕事でそういう視線を受けっぱなしでしょうし」
色んな意味で全力で否定したい台詞だ。
「きっと気のせいですよ」
「そうなのかなあ?」
「そそ。スタバ行って口直ししましょ?」
※※※
椅子の背もたれに体を預ける。
ブラックコーヒーで口の中の甘味を洗い流す。
ああ、なんて心地良い気怠さ。
まるで大人の階段を一歩上った気分。
……って、これじゃホントに姉貴じゃないか。
やっぱり妄念に毒されてるのかな。
美鈴もそう。
普段キッチリしてるのに、俺と同じくだらけた姿勢
「ねね、小町さん。昨日の観音さん、どうしてあんなに荒れてたんですか?」
ああ、そうか。
俺が姉貴から事情を聞いたのは美鈴来る前だからな。
スカイプの一件だって美鈴がアンジュで壊されて以降の話だから知らないし。
美鈴に事情を説明する。
「──というわけなんだよ」
「はあ……要するに僕達はとばっちりですか?」
「どっちにしても付き合わされた気がするけどな。きっと西○カナメドレーが韓流メドレーに変わっただけだ。しかも全部ハングル語でな」
「それって西○カナメドレーの方が言葉わかる分だけマシじゃないですか……」
さしもの美鈴もハングル語まではやってなかったか。
「いざというときのためにって少○時代のダンスまで練習してたよ」
「その『いざ』って一体どんなときなんですかね?」
「俺に聞くなよ。ただ、ダンスの方はムダに完璧だぞ」
「小町さん、そんな感想が出てくるくらい練習に付き合わされたわけですね……」
改めて他人に言われると、我が身の不幸っぷりが泣けてきた。
「カラオケに付き合わされるだけならまだいいんだよ。あのバカ姉貴、今回は二度までも天応昇段をダメにしてくれやがって」
「八段くらいすぐ上がれるでしょ。僕、全く苦労しなかった──痛い、痛い! 頭ぐりぐりするのやめて! ちょっと茶目っ気出してみただけですってば!」
それで「茶目っ気」とか言ってる辺り、お前にも姉貴の妄念が取り憑いてるよ。
「まあ、スカイプの方は仕方ないけどなあ。姉貴にしたって突発的事態だったろうし」
「小町さん、そこなんですけど──」
美鈴がしゃっきりと座り直す。
「──みなみさんでしたっけ? 本当にハメられたかもですよ」
「何をだよ。姉貴も一旦は顔を覆ったけど、何でもないって言ってたぞ」
「うん、思い過ごしかもという話じゃあります。でも僕には少なくとも、観音さんが顔を覆った理由はわかります」
ほう。
俺も気にはなってたし、わかるものなら教えてもらいたい。
「じゃあ説明してもらえないか?」
「まず、アンニョンって挨拶がおかしい。朝鮮なんて北でも南でもデリケートな話題の筆頭。多少なりとも常識あれば、普通はそんな挨拶しません」
「ましてやネトゲ内で」と付け加える。
美鈴の言うとおりだ。
俺は右でも左でもないけど、ネトゲの中でそんな生臭い話されたくない。
ファンタジー感溢れるマッシュの世界が台無しだ。
「じゃあどうしてわざわざそんな挨拶を?」
「だから試そうとしたんですよ。そして小町さんは見事に引っ掛かった」
「引っ掛かったって?」
「いつもの小町さんなら、マッシュのチャットで同じ挨拶されたらどうします?」
「そうだな……空気読んで『あんにょん~』とオウム返しするか、まずいと思えば『こんばんわ~』と言い換えて流すか。それがネトゲの社交術……」
──ん?
あっ、あああああああああああああああああ!
「気づいたようですね。『あんにょん?』と問い返す返事はありえません。小町さんは観音さんのことを考えて過剰反応しちゃったんですよ」
待て。
ちょっと待て。
「じゃあ俺はみなみから試されたとでも? 一体何を?」
試すというからには何か仮定があるはずだ。
「そこですよ。恐らくみなみさんは『観音さん=ねぎ』を疑っている。だからわざとハングル語で挨拶して反応を試したんですよ」
「まさかあ。一体どこからどうすれば、赤の他人に『姉貴=ねぎ』を連想できるんだよ」
しかもみつきさんの方は欠片もそんなこと思っていない。
それは俺も話していてわかった。
「僕もそこは見当すらつきません。ですけど──」
美鈴が身を乗り出し、きっぱりと告げる。
「──もしみなみさんがそう思っているなら辻褄は合います。観音さんが顔を覆ったのはそれに気づいたから。その上で小町さんの反応を見て『あーあ』と思ったからですよ」
「無茶苦茶な!」
「僕もそう思います。だから思い過ごしかなとも」
「だから姉貴も『何でもない』と」
美鈴がこくりと頷く。
「でも僕の仮説が正しければ……みなみさんは相当タチ悪いですね。能力も性格も」
「お前をして、そう言わせるか」
「だって観音さんが簡単にボロ出すとは思えない。それを結びつけるって、鏡丘さんと同じくらいの異能者ですよ」
「そうなるよなあ……」
「しかもそれを兄のみつきさんに告げず、素知らぬ顔で試してきてるとくる。さらに話からすれば、みつきさんと観音さんを会わせたい節があるんでしょ?」
「うん」
「それって自分が面白がりたいからですよ。傍観者として見る分には、うまくいっても失敗しても面白いですし。当事者になろうとしない分、僕より最悪です」
まさか美鈴の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「じゃあ仮にそうだとすると、ブラコンとくれば……」
「むしろぶっ壊して楽しみたい可能性ありますね。僕ならそうします」
「うちをあなたと一緒にしてほしくありませんけど」
──えっ!
背後から声。
振り向くとそこには、みつきさんとよく似た顔の女の子が立っていた。