13/04/22(2) カラオケボックス:これで『会う』って何個目だっけ……
西野カナ「会いたくて 会いたくて」を流しながら読むと、一層いい感じです。
「これって何の我慢プレイですか?」
美鈴はルームに入ってくるや、それだけ言って立ちすくんでいた。
「こんばんは」という言葉すら忘れてしまったようだ。
「とっととドアを閉めてこっちに来い。他の客に迷惑だから」
「うるさい」というのと「ノイズ」というのと二重の意味でな。
ソファーの隣をぽんぽんと叩いて着席を促す。
美鈴が座り、話しかけてくる。
「この音痴ぶりは洒落にならさすぎません? リズムも音程も外れまくってる。これはもはや犯罪ですよ」
「ああ……美鈴は姉貴のカラオケにつきあうのは初めてなんだよな? 耐えろ。ひたすら耐えろ。姉貴が飽きるまで俺達が解放される事はない」
「はぁ~あ。仕方ない、僕も何か歌うか」
美鈴が溜息をつきつつ曲台帳をめくり始めた。
こいつはまだ自分の置かれた状況をわかってないようだな。
手を台帳の上にかざして制止する。
「小町さん、何するんですか」
「曲を選ぶ必要はない。俺達の歌う番は最後まで回ってこないから」
デュエット?
ぼっちの姉貴にそんな選択肢があるわけない。
バトン? リレー?
自分のことしか考えてない姉貴にそんな選択肢があるわけない。
「それって最悪じゃないですか!」
美鈴が泣きながら怒鳴る。
だが美鈴、お前は姉貴にどんな幻想を抱いてたんだ。
落ち着かせるべく、メニューを差し出しながら説明する。
「カラオケに名を借りたリサイタルだからな。ぼっちのカラオケなんてそんなものだ。俺が上京するまでは都さんがこの席に座ってたし、誰もいなければ一人でも行くし」
俺も何かつまみを追加しよう。
どうせ全部姉貴が出す。
逆の意味での鑑賞代として。
「これだけひどい目に会わされてるのに何故か目から涙が」
「俺だってそうだよ。そうじゃなければ肉親と言えどもとっくに逃げてる」
今日のメドレーは西○カナ。
少しは年齢考えて選べよ。
しかも歌うの難しいのに。
姉貴が『会う』、『会う』と何度も口ずさみながら熱唱する。
「これで『会う』って何個目だっけ……」
「この歌だけで五個目ですね……」
俺達の声から段々と力がなくなっていく。
対照的に、姉貴はボルテージをどんどん上げていく。
会う前に、まずは音程と伸ばす場所を合わせろよ。
音痴の俺ですらひどいと思うってどんなレベルだ。
それでも姉貴って、音ゲーは神なんだよなあ。
これだけ音痴な姉貴が、ゲームだとどうして「精密機械」とまで呼ばれるのだろう。
「このアーティストって、一体どれだけ会いたいんでしょうね」
「少なくとも歌ってる姉貴は、毎日会ってはいるはずなんだがな」
勤務時間中はな。
仕事終わった後は恋敵が会っている上に、本人もそれを知っちゃってるわけで。
ああ……知らぬこととは言え、地雷を踏みすぎた。
姉貴のリサイタルは続く。
ひたすら続く。
俺達はその間やることもなく、ただ料理を注文しては食べる繰り返しだった。
結局、俺達が解放されたのは朝の五時。
頭の中では「会いたい」という単語が延々とリフレインしていた。