12/05/05(1) 用賀駅前:じゃあそれで
ふわーぁ、もう昼下がり。
現在は二子玉川、略してニコタマの隣、用賀駅前。
ここからは歩きだ。
スマホに住所を入力、そのナビに従う。
現在向かっているのはバイト──家庭教師の面接。
玉川高島屋の掲示板募集で申し込んでみた。
何と言っても時給八千円。
そんな時給、T大医学部でもなければもらえない。
なのになぜか募集条件は【学歴:不問】。
絶対に何かあると思うが飛びつかずにはいられない。
歩いていると、目に入るのは豪邸ばかり。
こういう家に住んでいるから常識外れの時給を出せるのかな?
うん、そうだ。
きっとそうに違いない。
──ナビ終了。
到着した場所は、やっぱり豪邸の一つ。
表札には【毘沙門】と書かれている。
呼び鈴を押す。
〔はーい〕
女性の声。
一言ながらも、落ち着いていて品がよさそう。
〔本日約束した天満川です〕
ドアが開く。
出てきたのは俺と同じ年くらいの女性。
その一方で姉貴みたいに落ち着いた雰囲気を何となく醸し出している。
実際には少し年上かな?
それに教え子は男の子と聞いている。
なら、お姉さんだろう。
「お待ちしてました、おあがりください」
玄関から廊下へ。
先導するお姉さんを背後から観察する。
背は明らかに一五〇センチ以下。
その一方で胸はたゆんたゆんとまるで乳牛。
猫目気味の童顔、特にふにふにとしたくなるほっぺた。
ああ、これぞまさに俺のタイプ。
実はこのお姉さんがアニオタだったりするんだ。
それで「これから二人アキバに行きませんか?」とか言われちゃったりして。
ああ、だめだだめだ。
つい妄想に走ってしまった。
まずは目の前の面接頑張らないと。
お近づきになるとしてもそれからだ。
ただ……。
髪の毛から、少し重めな香水の匂いが漂ってくる。
髪型も後ろで無造作にくくっただけ。
言っちゃ悪いけど、どこかおばさん臭い。
ま、オタの俺がそんなのケチつけられた分際じゃないけどな。
──応接間らしき部屋に通される。
「どうぞ、このまま少々お待ちくださいな」
ソファーへ座ると同時にお姉さんは部屋を出て行った。
恐らく親を呼んでくるのだろう。
あれ? 戻ってきた。
手にしたお盆の上には麦茶が入った瓶とグラスが二つ。
ああ、飲み物運んでくれたのか。
お姉さんがグラスを差し出してくる。
そのままお姉さんは俺の対面に座った。
「お待たせしました、それじゃ面接始めましょうか」
「はい?」
「申し遅れました、私が今回家庭教師を頼みたい息子の母親です」
は……?
母……?
えーっと……結婚できるのは一六から……息子は高三だから一七……。
「俺の妄想を返して下さい!」
「だめですわ、私には夫も息子も」
「今言ったばかりだから知ってます! ここは普通『えっ!?』とか驚くところじゃないんですか!」
思わず叫んでしまった俺もバカだ。
だけど、このお母様とやらの反応はさらに想像の上をいった。
ころころ笑ってるし。
「だって街を歩けば、男の子に声掛けられるのはしょっちゅうですもの」
「はあ……」
「年齢教えた時のびっくりした顔が見たいから、わざと化粧せず、若作りして歩いてるんですけどね」
この人最悪だ。
「で、いくつなんですか?」
女性に年を聞くのも失礼だけど、ここは聞いたっていいだろう。
「五二歳」
この数字の妙な生々しさはなんなんだ。
俺の母さんより年上じゃないか。
「小町さんでしたっけ? ほら、その顔が見たいんですの」
「その無邪気に見せて毒ありまくりの笑顔はやめてください! もう早く面接を!」
「特に話すことはありません」
「はい?」
「これから息子に家庭教師をしてもらいます。二時間無事に過ごすことができれば採用させていただきます」
無事に?
この物々しさはなんなんだ?
いや、それ以前に……。
「教科は何を?」
「小町さんの得意科目は?」
「英語です」
「じゃあそれで」
じゃあそれでじゃないだろう。
「息子さんの苦手科目とかあるでしょう」
「ほら、英語って勉強しないと勘が落ちるというじゃないですか。だから英語の得意な学生さんを探してたんですよ」
「たった今考えついたウソをいけしゃあしゃあと言わないでください!」
「まさか時給八〇〇〇円の裏に何もないとは思いませんよね?」
そうだけどさ。
「じゃあ科目はいいです。少しくらい高額な時給の理由を話していただきたいんですが」
「息子には少々問題がありまして」
「どんな?」
「会えばわかります。それじゃ息子の部屋に行きましょう」