13/04/20(2) 自宅:旅に出ます
あの後美鈴からメールが届いた。
【旅に出ます】
と一言だけ。
いくらゴールデンウィーク目前とはいえ、必修授業には出ないといけない。
旅に出られるわけがないのだが。
もちろんそういう問題じゃないのはわかってる。
でも、ここで下手に構うと余計に面倒くさい事態に発展する気がする。
放って置いたほうがいいだろう。
美鈴は好きだし大事な存在だが、それはあくまで友人や後輩や教え子として。
決して恋人候補としてではない。
特に最近の美鈴は本気で道を踏み外しかけてる感すらある。
そろそろこの辺で頭を冷やしてもらった方がいい。
そもそも女装を始めたきっかけは女に間違われて開き直ったからだろう。
どうして男と見抜かれてショック受けてるんだよ。
それに、美鈴には傷心でいてもらった方が都合いい。
なぜならその間は天応にINしないだろうから。
実際に今もINしてない。
これすなわち、美鈴に追いつく絶好のチャンス。
しかも今日は絶好調。
現在打っている半荘で二着以上を取れれば、ついに八段へ昇級なのだ。
オーラス。俺は二着目の南家。
ラス目がラス親ではあるが俺は流しさえすればいい。
トップ目と三着目は俺が安手で上がろうとするのを見れば援護もしてくれるだろうし。
手には白トイツしかもイーシャンテン。
三巡目に九万を七八でチーしてテンパイ。
ドラの南を第一打に切って安手をアピールしてある。
待ちは見え見えの白発中のどれかのバック。
同巡でトップ目が発を、三着目が中を切る。
これで白待ちが確定。
次巡。
この流れなら手牌にあればここで切ってくれるだろう。
八段はもらっ──
「小町来い!」
姉貴がいきなり駆け込んできてきた。
──ぐえっ!
「シャツの襟首を掴むんじゃない! 放せ! いま大事な所なんだから!」
「小町の麻雀より私の人生の方が遙かに大事だ。いいから来い!」
もっともだが、どうしてよりによってこのタイミングに。
これでしょうもない用事だったら殺すからな。
姉貴の部屋に連れて行かれ、PC前に座らされる。
目の前にヘッドセットが置かれる。
「お前には今から『ねぎ』になりきって、みつきさんとスカイプで会話してもらう」
「はあ? 何でそういうことになってる?」
「流れ的に断り切れなかった。私が話すと正体がばれてしまうから小町に頼みたい。頭を下げてお願いする」
「頭を下げるどころかふんぞり返ってるじゃねーか。姉貴も少しは人に頼み事する態度を学んだらどうよ?」
美鈴といい、姉貴といい。
どうして俺の回りには、非常識なまでに偉そうなヤツばかりなんだ。
「後で形にして返す」
「ほお。どんな形?」
それ次第では喜んで引き受けてやるが。
「私の美声を心ゆくまでカラオケボックスで堪能させてやる」
「断る!」
姉貴は超のつくカラオケ好き。
その一方で超のつく音痴。
姉貴の数少ない本物の弱点である。
しかも一緒に行ったが最後、マイクを離さず一人で延々とメドレーを続ける。
かと言って俺が付き合わなければ、いじけながらも一人で行く。
一旦行くと決めたら何が何でも行く。
つまり……俺には既にこの時点で死亡フラグが立ってしまっている。
さて、このフラグをどう回避したものか。
「遠慮しなくていいんだぞ? カラオケボックス代はもちろんドリンクからつまみまで何でも好きな物をおごってやる。昔はあんなに私と行きたがったではないか」
「それは俺が幼稚園とか小学生の頃の話じゃないか! 俺が音痴なのは絶対に姉貴のせいだ! 幼少期の一番大事な時期に音感狂わせやがって!」
ええ、お陰様でカラオケは大嫌い。
人前で歌うのも恥ずかしい。
それでいて大学生やってると、付き合いで断れないのが本気で辛い。
「失礼な。誰も私に音痴と言った事はないぞ。特に男性はみんな、『観音さんの声をずっと聞いていたい』とうっとりしながら言ってくれるし」
「それは気を使って誰も言わないんだよ! 男性はおべっかつかって姉貴の機嫌を取ってるだけじゃないか! だいたい今はそんな話してる場合じゃないだろ!」
「ああ、そうだったな。とりあえず『うん』と言ってくれたら話を続けてやる」
「頼んでるのは姉貴だろうが。『うん』、ほらこれでいいか?」
そう言わないと、いつまでたっても本題に入れそうにないからな。
だが姉貴、一つ覚えておくがいい。
約束とは破るためにある。
カラオケなぞ、後でどうとでも逃げ切ってやる。