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13/04/20(1) アンジュ:その手持ちのリコーダーを磨いてから出直してらっしゃい

 本日はアンジュでバイト。

 しかし前回に比べて、なんだか客が多い。

 今日が多いのか前回が少ないのか。


 ちょうどマスターが側にいる。

 聞いてみよう。


「マスター、今日ってこないだより客が多いですね」


「小町君効果だからね」


「はい?」


 マスターがポケットからスマホを取り出し、差し出してきた。

 ツイッター?


 ──って、おい!


【アンジュで発見。男装の麗人執事】


 この洒落にならないツイートは何だ!

 しかも俺の執事姿の画像付じゃないか!


「マスター? 何て事してくれたんですか? 本当にそのヒゲむしりますよ?」


「もう僕のお髭ちゃん、つまんじゃってるじゃない!」


「今回ばかりは雇主だろうが絶対に許しません!」


「ぼ、僕じゃない。これは本当に僕じゃない、だから痛くしないで!」


 マスターがチラっと横に目をやる。

 そこには通りかかった鏡丘さん。

 目が合う。

 鏡丘さんは俺から目線をそらし、口笛を吹く真似をする。

 本当に吹かないのは営業中だからだろう。


 ……って、そんなことはどうでもいいわ!


「か・が・み・お・かさぁん? いくら俺でも今回ばかりは本気で怒りますよ? そろそろ俺が男って事、力づくでもわかってもらいましょうか?」


「小町君が力づくで私を女にしてくれるなら、それもやぶさかじゃないけどさ」


「もうそんな台詞じゃ騙されません!」


「ちっ、まあいいや。その前にこれも見てくれるかな?」


 今度は鏡丘さんがスマホを差し出してきた。

 ブログか。

 タイトルは「ヒゲダルマのマスター日記」。


 自分で自分をヒゲダルマって。

 まあいいや,どれどれ……。


【四月から週末限定で新戦力が入りました。

 アルバイトの小町君。

 見た目は女の子でも、中身は頑張り屋さんな好青年。

 彼が慣れない給仕を務める姿はきっと応援したくなると思います。

 トレイ片手に転びそうになる小町君を支えたい方。

 是非アンジュにご来店下さいませ】


 一緒に載せられているのは、いつぞやのウェイトレス服姿!

 文章ともども洒落になってない!


 あんたらなあ……。


「二人とも。肖像権侵害って言葉を知ってますかね? 人間は生まれながらにしてみだりに写真を撮影されない権利を有してるんですけど。今すぐ一三条違反で憲法訴訟起こしましょうか? ここは試験に出るからはっきりきっちり覚えて下さいね?」


「私は働いてる姿をそのままツイートしただけだもん。実際に男装にしか見えないんだから嘘じゃないもん」


「僕は小町君をちゃんと男性として扱ってるもん、真面目に文章も書いてるもん」


 二人が目をそらし合って口笛を吹く真似をする。

 ホント、いいコンビだよ。


「鏡丘さんのは諦めます。だけどマスターは許さない。今すぐウェイトレス姿の写真を執事姿に差し替えて下さい!」


「ほら、あそこのテーブル片付けてないじゃない。まったくもう」


 話をそらして逃げやがった。

 ちきしょうが。


 大体だな……。

 こんなのばらまかれたら一番来て欲しくない人間が来店するだろうが。


「いらっしゃいませ」


 あーあ、やっぱり。


「頑張ってる様ですね」


 美鈴だよ。


「何しにきた!」


「尊敬する小町さんの働いてる様子を見に来たに決まってるじゃありませんか。決して小町さんが僕に内緒でアンジュにバイト移った挙げ句、それをネットで知る羽目になったからって嫌がらせをしに来た訳じゃありません」


「帰れよ」


 アンジュは俺に彼女ができる可能性のある唯一の場所。

 鏡丘さんは候補外だけど、他のウェイトレスがまだまだわんさか。

 リカーの時みたく美鈴に邪魔をされてたまるか。


「この店は店員にどういう教育をしてるんですか?」


 しかも誰かさんと全く同じ切り返ししやがって。


「可愛い子ねえ」

「しかも小町君と違ってお洒落」

「…………」


 例のごとくウェイトレス達が口々に感想を述べる。

 しかしなぜか、一番大騒ぎしそうな人の反応がない。


 美鈴が三人のウェイトレスに頭をぺこりと下げる。


「こんにちは。小町さんの彼女の美鈴です。僕の(・・)彼がいつもお世話になってます。今日は愛しい(・・・)小町さんの働いてる姿が見たくて、やって来ました」


 美鈴がわざとらしい言葉を並べ、フラグを潰しにかかる。

 あーあ、もう終わった。

 目を瞑る。


 ……あれ? ウェイトレス達から反応がない。


 恐る恐る目を開ける。

 すると、みんな冷ややかな顔で美鈴を見つめていた。


 ここでようやくウェイトレス達が口を開く。 


「嘘ね」

「嘘だ!」

「て言うか、大嘘八百?」


「本当ですってば。何を根拠にそんなことおっしゃるんです?」


 美鈴が「やれやれ」とばかりに手の平を広げる。

 斜に構え、嘲笑を浮かべながらの余裕ぶった返事。

 内心「お前らごときが僕に向かって」と思ってるに違いない。


 しかしウェイトレス達は、さらに上をいった。


「彼女がいるにしては小町君ヘタレすぎるし~」

「そもそも小町君に彼女ができるわけないし~」

「大体、あなたは男だから彼女になりようがないし~」


「何故それを!」


 美鈴が動揺する。


 無理もない。

 美鈴が女性になりきって最初から見抜かれたのも、見下されてあしらわれるのも初めての経験なんじゃなかろうか。

 

 しかし二人目!

 実はあなたが一番ひどいこと言ってるんですけど!


 鏡丘さんが「はん」とアゴをしゃくる。


「私は曲がった物フェチでね。何がどのように曲がっているかを知るためにはまず真実を見る目を養う必要があるの。全てを見通す『ラプラスの魔物』たる私の前で、性別を誤魔化すなどありえないと思うがいい」


 さすがオッドアイの持ち主。

 もはや俺の目にはミステリアスを通り越して『人外』にしか映らない。


「ラプラスの魔物は未来が過去同様に全て見通せるって話ですから!」 


 即座に美鈴がツッコむ。

 それをすぐさまツッコミ入れられるお前は確かにすごいよ。

 でも未来が全て見通せるなら、将来登場する人物の性別も見通せるだろうから鏡丘さんの主張も間違ってないだろう。

 いつもの美鈴ならそこまで頭回りそうなものだ。

 体も震え気味。

 きっとそれだけ狼狽しているのだろう。


 しかし疑問が湧く。

 聞いてみよう。


「鏡丘さん。美鈴が男だとわかるならわかるで、いつもなら涎を垂らして喜ぶところじゃないんですか?」


 そう、鏡丘さんの態度は冷静そのもの。

 何の反応も見せない。

 それどころか「中に入って注文する気がないなら、とっとと帰れ」というオーラを全身から発している。


 マスターが戻ってきた。

 美鈴はマスターに会釈し、何か紙を差し出す。

 覗き込むと、アンジュのアルバイト募集のチラシ。


「あの、すみません。僕もここでバイトしたいんですけど」


 お前、ここでバイトするつもりかよ。

 マジやめてくれ!


 しかしマスターは冷たく言い放った。


「悪いけど、当店で男の子は募集してないから」


「何故、それを!」


 マスターにまで看破されてしまった。


 美鈴の膝が笑い始めた。

 顔はひきつってしまっている。

 こんな無様な美鈴、見たことがない。


 マスターが鏡丘さんの頭を撫でる。


「僕は鏡丘君を部下として使いこなす身だよ。同じ能力を持っていて当然でしょう」


 一見もっともらしいが全然論理的じゃない。

 マスターまでも人外だったか。


 美鈴がマスターに詰め寄る。


「でも、小町さんを雇ってるじゃないですか!」


「小町君は嫌がるからいいのよ。君は女装に何の抵抗もない上、男装させても周囲の反応を楽しんでしまう。僕はそんなタイプに用がないの」


 さらに鏡丘さんが追い打ちする。


「その手持ちのリコーダーを磨いてから出直してらっしゃい」


「僕のはリコーダーじゃなくてホイッスルだ!」


 美鈴は訳のわからない捨て台詞を吐き、泣きながら帰っていった。

 鏡丘さんがそれを見やりながら、何の感慨もなさそうに総括する。


「王道は見てる分には楽しいけど、自分に関わっては欲しくない人種だから」


 全く意味が理解できない。


 一方のマスターはヒゲを撫でつつ、ほんの少しだけ気の毒そうな表情。


「さすがにいじめすぎたかな。もし本当にバイトしたいなら、『ウェイトレスの制服でもいいなら使ってあげる』と伝えておいて」


 美鈴は確かにかわいそう。


 でも……いいクスリじゃないかとも思う。

 美鈴は他人を見下しがちだし。

 人間、どこかで叩かれる事も覚えなくてはならない。


 さて、仕事に戻りますかね。

 ちゃんとマスターに画像を削除させてからねっ!


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