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13/04/16(3) 自宅:甘やかすだけが愛情じゃないのに……

 姉貴は煙草をフィルターぎりぎりまで吸い終えてから、ようやく口を開いた。


「小町。みつきさんってデブだよな?」


 さすがに姉貴の前でデブとはっきり言うのもなあ……。

 表現を選ぼう。


「『恰幅のいい人』とは思ったけど?」


「ひっ、ひいいいいいいいいいいいい」


 姉貴が顔を強張らせ、上体をのけぞらした。


「いったいどうした!?」


「いや、なんでもない……いいからハッキリ言え。デブだよな?」


 わけわからないけど、とりあえず頷いておこう。


「うん」


「豚だよな?」


「うん」


「へちゃむくれの肉大福だよな?」


「うん、姉貴はいったい何が言いたいんだ?」


「少なくとも外見だけならあんな男を相手にする女って普通いないよな?」


「よほどの物好きかデブ専でもない限りいないと思う」


「そのよほどの物好きかデブ専が私の斜め前の席に座ってるんだ」


「またかい! どんな女だよ!」


「これを見ろ。最初が顔写真、めくれば全身写真」


 姉貴がスマホを手渡してくる。

 画像を見る──えっ?


「ええええええええええええええええええええええええええええ」


 写っていたのは派手な顔立ちの美人。

 それも俺の人生で、この人に匹敵する女性を思い浮かべる事ができない程。

 仮に美鈴が女性であったとしてすら届くか怪しい。


 くっきりはっきりと見開かれた目にすっと通った鼻筋。

 全身写真を見ると巨乳どころか爆乳。

 いや、これはもはや……魔乳だ。

 それでいながらウエストは姉貴並に細く、お尻も大きすぎず形がいい。

 脚もすらりと伸びている。


 完璧じゃないか。


「この人は何者?」


「私のもう一人の部下で、名前はシノ……デブ専だ……本人がハッキリそう言った」


「はああああああああああ!?」


「私とともに公安庁二大美人と言われているが、私よりも断然人気がある……ムカつくけど、一般ウケでは私も負けを認めざるをえない……」


 あまりにツッコミどころが多すぎる。

 こんな美人がデブ専?

 冷酷目の姉貴がこの人と並んで二大美人呼ばわり?

 負けず嫌いの姉貴が負けを認める?

 どうしてこのルックスで芸能人じゃなくて公務員?


 呆気にとられていると、姉貴はさらに続ける。


「あのみつきさんの姿が理想なんだと……私や他の同僚達のいる前で愛の告白までした……それも勤務部屋で仕事中に……」


「そこは普通に間違ってるな」


 というか、俺達の税金返せ。


 いや、待て。

 以上の話からするとだ。


 みつきさんって公安庁二大美人とやらの片方が隣の席で、片方が上司?

 しかも、その双方から好意を寄せられている?

 それって何のアニメ? ギャルゲ? 漫画にラノベ?

 ああ、それは俺だって夢見たシチュエーションだよ。

 だけど、いやだからこそ言わせてもらいたい。

 ピザデブが美女に囲まれるって、リアルでも存在するんですね?

 世の中間違ってるだろうがああああああああああああああああああああ! 


 今朝方、周囲にはヒロイン候補すらいないことに気づいてしまった自分が惨めだ。

 ああ、みつきさんへの殺意がふつふつと湧いてきた。


 しかしそれを打ち消す様に、姉貴が訥々と語る。


「私は間違っていたのだろうか。みつきさんのためになると思ってやったつもりなのに。まさかダイエットさせるのが『人権侵害』とまで言われるとは……」


「いや、それは姉貴が正しいと思う。今では俺も姉貴に心から感謝してるし」


「ありがと」


 姉貴が弱々しく笑う。

 だけどこれは俺の本音だ。


 確かに姉貴は行き過ぎな面がある。

 でも「人権侵害」はさすがに言い過ぎだろ。

 それにこういう強引すぎるくらいに強引なオレサマ姉貴でなければ、俺みたいな甘ったれが痩せることはできなかったと思う。

 

 実際に、もてるもてないは別としても体調はいい。

 痩せてからは体が軽いし。

 何よりあの元旦の屈辱を思い出せば、まだ男の娘で卑屈になってる方がマシだ。


 姉貴が頭を抱える。


「私は上司として私情を挟むわけにいかない。二人とも可愛い部下だ。人としても私はシノが好きだ。しかし、明日になったら忘れるから、今だけ、ここでだけ言わせてくれ──」


 肩が震える。

 まるで泣き出したいのを我慢しているかの様。


「みつきさんがダメになったのはシノのせいだ。あの女がとことん甘やかしたせいだ。今日はっきりとわかった。甘やかすだけが愛情じゃないのに……私は女としてシノが憎い……」


 ああ……この二人がどういう状況にあるのか、何となくわかった。


 シノさんみたいな優しさはわかりやすい。

 言いたい台詞を言ってくれ、好きなだけ甘やかしてくれる。

 姉貴みたいな優しさだって間違いなくある。

 だけど男からは実感しづらいどころかウザイまである。


 どちらの優しさがいいのか、俺にはわからない。

 受け取る相手にもよるだろうし、状況にもよるだろうし。

 だけど俺は弟、やっぱり姉貴を応援してやりたい。


 コーヒーを入れ直す。

 それを姉貴にそっと差し出し、リビングを後にした。


13/04/16(1)~(3)は「キノコ煮込みに秘密のスパイスを 13/04/16 横浜オフィス」とリンクしています

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