13/04/15(3) 横浜・日本大通り駅:鍛えてるからな
─一七時二〇分。
日本大通り駅にある法務合同庁舎到着。
言っては悪いがぼろい建物だ。
「入口が二つあるみたいだな」
「待ってて下さい」
美鈴が近くの入口からぱたぱたと走り、中に入る。
少し経つと、美鈴が違う方向から戻ってきた。
もう一方の入口の側から出たのだろう。
美鈴が指差しながら説明してくれる。
「こちらが検察庁関係。あっちが法務省関係。だから、あちらの方ですね──」
美鈴が大通り向かいを指し示す。
「──立ちっぱなしは目立ちますから、四〇分まではあちらで待機しましょう」
姉貴の職場の退庁時刻は一七時四五分。
それまでは出てくる事もあるまい。
庁舎沿いに歩いて俺も法務省側の入口を確認。
信号を渡り、交番脇から大通り越しに入口を眺める。
──四〇分。
信号を再度渡り、庁舎入口付近へ。
退庁する人から見て死角になりそうな位置で待機。
少し経つ。
庁舎内の方向から何やら声が聞こえてきた。
一方は姉貴。一方は男性。
どうやら出てきたっぽい。
「痛いから頭を締め付けないで。何でそんなに力あるんですか!」
「鍛えてるからな」
「お願いですから放して。何で私を引っ張ったまま歩けるんですか!」
「鍛えてるからな」
「胸の感触が全くないじゃないですか。何でそんなに真っ平らなんですか!」
「鍛えてるからな」
「答えになってないでしょうが! 絶対逃げませんから放して!」
「四五分になった瞬間ダッシュしたのはどこの誰か、名前をフルネームで言ってみろよ」
「流川弥生です、いてえええええ。『名前言え』って言うから言ったのに、締めつけるのはやめて!」
姉貴は男性をヘッドロック。
そのまま引き摺りつつ、信号を渡って日本大通り駅県庁口に向かう。
呆気にとられてしまった。
しかし美鈴は俺以上に固まってしまっている。
「このピザデブがみつきさんなんですか? 話には聞いていたといえ……」
頷いて肯定を示す。
俺は写真で知ってるけど、現物はもっとひどかった。
それでも姉貴はあんなにのろけまくっているわけで。
恋の力って偉大だなあ。
「で、美鈴。この二人何してる様に見える?」
「夫婦漫才にしか見えないんですが」
──地下鉄の入口に入ったので追っていく。
姉貴がみつきさんを締め上げたまま、駅員のいる側から改札を通過する。
二人の会話が前方から聞こえてくる。
「観音さんは定期でしょうけど、私の切符はないでしょうが!」
「心配するな。予め買ってある」
どんだけ大声だ。
この漫才コンビの職業がスパイって言われても誰も信じないぞ。
俺達もPASMOをかざして通過。
改札階からホーム階に下り、姉貴達と同じ電車に乗り込む。
──車内では姉貴達から少し離れた所に位置どる。
「美鈴、ようやく状況が見えてきたな。つまり逃げようとしたみつきさんを、姉貴が力づくで抑え付けてるといったところか」
「つまり、みつきさんを無理矢理ダイエットさせるということなんでしょうね」
まさに宣言していた通りだ。
そこは別に驚くところじゃない。
姉貴なら絶対にそうするであろうことは、我が身をもって知っている。
「しかし、姉貴もいい加減に放してやれよ」
「だって逃げるでしょ。小町さんも自分を思い出して下さいよ」
さらに改めて認識させられてしまったところで、みつきさんの声が聞こえてくる。
「明日から頑張りますから許して下さい」
「今日から頑張れよ、この肉大福」
ああ、どこまでも昔の俺だ……。
頭をずっと締め上げられてるみつきさんに、かつての自分を重ね合わせて同情する。
姉貴が毒を吐きまくってるから尚更だ。
俺に対してよりもひどいかもしれない。
……しかし、疑問に思う。
姉貴は本当にこの人の事を好きなのか?
あれだけ好き好き言ってるみつきさんと密着してるにもかかわらず平然としている。
それどころか、ミジンコを見るかのごとく見下した感すらある。
普段の姉貴言動からすれば、「みつきさんに触れちゃった、うふ」くらい、内心では思っていそうなものだ。
でも、そんな気配は微塵も感じられない。
もっとも姉貴は、どうでもいい相手を構う程お人好しではない。
だから何かしらの好意が存在する事は一応わかるのだが。
──姉貴達が降りる、俺達も追いかける。
二人がビルの中に入っていく。
看板を見ると「フィットネスクラブCARP」と書いてある。
この広島人ホイホイな名前はなんなんだ。
姉貴が名前だけで決めたと聞いても決して驚かない。
「美鈴、どうする?」
「一旦待ちましょう。入会手続するはずだから少し時間かかるでしょうし、カウンターで鉢合わせちゃったらまずいでしょう」
──幾ばくかの時間が経過。
「そろそろ行きますか。僕達はビジターで入れてもらって、ダメなら見学ということで」
「だな」
エレベーターで上がる。
扉が開く。
出て中に入ろうとす──
「よう。尾行は楽しかったか?」
「あ、姉貴!」「み、観音さん!」
エレベーターの扉が開くと、そこには姉貴が立っていた。
「なん──」
美鈴が問いかけを姉貴が遮る。
「今すぐ帰れ」
「いいじゃ──」
今度は俺の問いを遮る。
「今すぐ帰れと言っている。二度も言わすな、邪魔だ」
姉貴は視線を俺に向ける。
その目を見た瞬間に背筋がゾクっとした。
冷たい目。
しかし、俺がこれまで「冷酷」と思っていた目じゃない。
現在の姉貴の目からは、まるで心が伝わってこない。
いつもの困ったさんな構ってちゃんぶりは微塵も感じられない。
「観音さん、ごめんなさい」
美鈴は頭を下げてから俺の腕を掴む。
引っ張られる様にして再びエレベーターへ。
美鈴が【1】→【閉】と手早くボタンを押す。
扉が閉まり、階下へ動き出す。
美鈴が小さな声でぶつぶつと呟く。
「怖かった……まずいことしちゃった……本当に仕事だったんだ……どうしよう……」
美鈴の顔は青ざめている。
俺を掴んでる手から震えが伝わってくる。
俺達二人の思いはきっと同じだ。
あんな姉貴、初めて見た……。
「キノコ煮込みに秘密のスパイスを 13/04/15(2)スポーツクラブ」
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