13/04/14 自宅&13/04/15(1) 日吉キャンパス:みつきさん!
ただいまPCに向かい「天応」で麻雀中。
いつまでも美鈴に負けっぱなしでたまるか。
何かあれば七段、七段とバカにしやがって。
なんとか元先生の威厳を示そうと、昇段すべくひたすらに鬼打ちをしている。
他家からリーチがかかる。
ドアの向こうから姉貴の声。
「小町、私は明日から帰りが遅くなる。しばらく夕飯は自分で作ってくれ」
「うん、いいよ。仕事忙しいん?」
「ああ。お前と同じく、私もフィットネスクラブに行く事にしてな」
「はあ? 仕事でフィットネスクラブ?」
「カップルで入会すれば入会金と月会費三か月が無料なんだ」
「それ、本当に仕事?」
「仕事だよ。じゃ、そういうことで」
「了解」
あっ! 気づくと俺は他家に振り込んでいた。
※※※
結局昨夜は、あれから負け通し。
また昇段が遠のいた。
眠い目を擦りつつ、日吉キャンパスの銀杏並木坂を上っていく。
俺は文学部なので本来なら東京の三田キャンパス。
しかし本日は美鈴から「履修科目登録の相談に乗って欲しい」と頼まれたのだ。
お、いたいた。
美鈴が頭をぺこりと下げてくる。
「小町さん、こんにちわ」
「おう、んじゃ学食行くか」
──学食。
いわゆる学食でビュッフェスタイル。
まずは席を確保。
「小町さん、相談に乗ってもらうんですし今日は僕に奢らせて下さい」
「ありがたく甘えるよ。じゃあ取りに行こうか」
「いえ、小町さんは座っててください」
「は?」
「僕が小町さんの分までとってきますよ。今は女王様気分を味わって下さい」
毎度のネタに突っ込む気も失せた。
ただ奢ってもらう身でもあるしな。
ここはその通りにしておこう。
美鈴がまず自分のを運んでくる。
次いで俺の分。
トレイに載っているのは二人とも同じ。
小盛の御飯、冷や奴、豚汁、ほうれん草のおひたし。
「あの、美鈴君?」
「なんですか? 君づけまでして」
「奢ってもらう立場で言うのも何ですが、メインディッシュはないんでしょうか?」
「豚汁があるでしょ?」
「豚汁が……メインディッシュ?」
「豚汁は完全栄養食ですから。カロリーは高めですけど野菜もいっぱい取れますよ」
牛丼チェーンでも朝定食に出されるくらいだからわかるけど……。
正直いい加減にしてほしい。
女王様気分なんて大嘘。
単に俺が大量におかずを取らない様にコントロールしただけじゃないか。
かといって、自分のお金でおかずを買いに行くなどと言い出せる雰囲気でもない。
しかたない。
少量ずつ口に運びよく噛んでから飲み込む。
少しでも味わって食べなくては。
ああ……でも確かに、豚汁がこってりと濃厚な味わいに感じられる。
食事制限とあっさりした組合せのせいだろう。
確かにこれはメインディッシュだ。
──二人とも食べ終えたので相談開始。
と言っても話す事がそんなにあるわけじゃない。
有名な楽勝科目と時間割の組み方のコツを教えるだけだ。
「美術と哲学は外せないな。両方ともノート、過去問、その解答が持ち込み可の上に試験も過去問の中からしか出ない。出席も取らないし。それでAかBがもらえる」
「じゃあ、これと必修科目を軸にして固めて選択科目を入れるって事になりますよね」
「そそ。後はクラスの連中がどの科目を取ってるかを確認してから同じ科目を取ればいい。間違っても他に取ってる人が確認できない科目を履修しない事」
「なるほど、では……」
美鈴が科目表を見ながら履修予定の科目に印をつけていく。終わったら俺がチェック。
「うん、これでいいんじゃね?」
これで終了。
まあ相談なんて名ばかり。
要は遊ぶために呼ばれたようなものだろうからな。
終えた後は雑談。
昨日の姉貴との会話を美鈴に話す。
「……なんだと。今晩はどこで晩飯食べるかなあ」
「変ですねえ。それって本当に仕事ですか?」
「なんか胡散臭いよなあ。フィットネスクラブでスパイの仕事とかありえるのかよ」
「それはありえると思うんですけど。観音さんの仕事自体が胡散臭いんですから」
「じゃあ何が変なんだ?」
「『カップルで入会なら無料』ってとこですよ。本当に仕事なら経費で落ちるでしょ。そんな所をわざわざ選ぶのがおかしい」
「ああ、言われてみれば……それで、『カップル』って事は……」
「「みつきさん!」」
二人の結論が一致した。
「きっと見られたくないから嘘ついたんですって。仕事って言わないと、僕達が見に来ると思ったんでしょ」
「そうかも知れないな。で、どうするよ?」
「そりゃ見に行くしかないでしょ、ついにリアルみつきさんが見られるんですよ?」
「だな」
二人してニヤっと笑い合う。
俺達がこんなすんなりと意気投合するのは珍しいのではなかろうか。
「でも、美鈴。さすがにこのままの格好で行くのはまずいよな」
「僕の家で変装してから行きましょう。色々ありますし」
「女装だけはしないからな?」
「『カップル』なんだから、どっちかが男役しないと。それは小町さんに譲りますよ」
あれ? 案外素直。
「いいのか?」
「僕の方が女装慣れしてますし、男に見えませんし」
まあ……その髪型の時点で男装は無理だよな。
しかも食堂の学生達から、注目をずっと集めっぱなし。
K大を第一志望にする女の子は、外見とお洒落に自信のある人が多い。
必然的に全体のレベルは高くなる。
そんな中にあっても美鈴は際だつのだから大したものだ。
見慣れた顔ながら、ついまじまじと眺めてしまう。
女と思えば確かに可愛いよなあ。
「小町さん。僕に見とれるのは結構ですけど……」
「だ、誰がお前に見とれるか」
「じゃあどっちでもいいです。その大股開きで座るのはやめてもらえませんか? はしたないし、一緒にいる僕が恥ずかしいですから」
「男が大股開きで座って何が悪い」
「もっと自分の外見を自覚しろって何回言わせれば気が済むんですか。小町さんがちゃんと女らしく振る舞えば、僕以上に男どもの注目集めるかもしれないのに」
「そんな注目いらねえよ!」
だいたい仮に女らしく振る舞ったところで、美鈴を超えるのは無理だと思う。
俺の場合は女に見えるってだけで、所詮は切れ長の冷酷目だし。
「このパターンの掛け合いも飽きました。とっとと僕の家に行きましょう」
美鈴はトレイを持って返納棚に向かう。
言葉も態度もなんて冷たい。
あしらわれてしまうと、それはそれで寂しいものを感じるなあ……。
「キノコ煮込みに秘密のスパイスを」の同一日付とリンクしてます。