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12/05/04(3) 自宅:小町よ、きれいな夜空だなあ……まるで広島の空の様だ

「えむえむお~?」


 姉貴の声がひっくり返る。


「その反応はなんだよ」


「なんで私がそんなものを?」


 MMOの世界では誰もが相手の素性を知らないし詮索しない。

 それが一つのマナー。

 だったら姉貴も友達作れるだろ。

 ファンタジー世界だったら現実を忘れられるから息抜きになるだろうし。


 ……とは言えない。


 そんなストレートに言って、その通りにする女じゃない。

 それもこの一ヶ月でよーくわかった。


「今ハマってるMMOがあるんだけどさ。そこで姉貴と一緒に遊びたいかなあって」


「ほおほお」


 姉貴の顔が緩んだ。

 このまま畳みかけよう。


「で、たまにはペットとかアイテムとかも買ってもらえるかなあって思ってさ」


 あれ? 姉貴が急に真顔になった。


「何を企んでる」


「は?」


「小町がこれまで私におねだりしたことなんてないじゃないか。私が何か買ってあげる分には喜んで受け取ってくれるけどさ」


 この姉貴!

 ムダに頭が回りやがって!


 ……いや、待てよ。


 そういえば確か今ちょうどいいキャンペーンやってたはず。


「いや実はさ──」


 姉貴のパソコンの傍らにあるマウスに手を伸ばし、マッシュのトップページを開く。


【「マッシュ」新会員勧誘キャンペーン

 期間中に現会員様の紹介メールから入会した新会員様につきましては、現会員様と新会員様の双方にマッシュポイント一〇〇〇円分を進呈致します】


「──というわけなんだ。姉貴がマッシュ始めてくれれば一〇〇〇円もらえるってわけ。『オトク』だろ?」


 姉貴がにんまりとする。


「それは仕方ないなあ。そういう事情ならやってやっても構わないぞ」


 なんて単純な女だ。

 しかもどこまで偉そうだ。


 姉貴は「オトク」という言葉に弱い。

 だから数少ない趣味の一つが「スーパーの半額品漁り」。

 ギリギリとはいえ、まだ二十代の女とは到底思えない。


「そかそか。じゃあこれからメール送るよ」


「ただなあ……」


 ポケットからスマホをとりだしかけたところで、姉貴が不満そうな顔をする。


「どうしたの?」


「MMOって時間の有り余ったニートのやるものだろ? 私、やるからには負けるの大っキライだぞ?」


 どんな偏見……でもないな。

 むしろそれが世間の常識。

 一般的なMMOだとレベルを上げるのに途方もない時間を要する。

 「廃人」と呼ばれる人達は傍らにペットボトルを置いて、そこに用を足すくらいだから。


 でもマッシュについては、幸いそこも大丈夫。


「マッシュは費やした時間、つまりキャラの強さだけで優劣が決まらない。キャラクターのレベルよりもプレイヤーの技術が重要だからさ」


「私自身がうまいか下手かってことか」


「そそ。そのバランスの絶妙さがウケて、現在一番人気のMMOなんだ」


 つまり、レベル極まった廃人に負けるのがイヤというのは姉貴に限った話じゃない。

 俺だってそう。

 まったり楽しくプレイしたいからこそマッシュを選んだ。

 強さひけらかして、自慢して。

 俺はそんな廃人達が嫌いだ。


「へえ……」


 どうやら納得してくれた様子。


「じゃ、会員登録しようか」


 ──会員登録を終えてキャラ作成画面。


 姉貴が「ねぎまぐろ」とキャラ名を打ち込む。

 「ねぎ」、「ねぎま」が埋まってたから「ねぎまぐろ」。

 とっさに打ち込んでいったから、恐らく話してる間に決めていたのだろう。

 別にねぎもねぎまも姉貴の好物ではない。

 いったいどんな理由でこんな名前にしたんだか。

 性別が「男」なのはわからなくもないけど。

 俺も女キャラだし。


 次はキャラの作成画面。

 これこそがマッシュの最大の特徴であり人気の理由。

 大量に並ぶ顔と体のパーツ。

 目、鼻、口、髪型から輪郭、肌の色に至るまで。

 これだけ揃っていると、思い通りのキャラが作れる。

 加えてマッシュは衣装のアイテムも多い。

 別名「着せ替えMMO」と呼ばれるくらい。

 MMOでのキャラはいわゆるアバターみたいなものだから、人気出て当然だ。


 姉貴は凝り性。

 ここは思う存分凝りまくってもらおう。


 ──と思ったら、そのままクリックしやがった。


 デフォルトの何の個性もない、無表情な顔のまま。


「姉貴!」


「なんだよ!」


「姉貴はこれだけ並ぶパーツを見て、少しくらいキャラを作ろうとは思わないのか!」


「スパイに個性はいらない。目立ちたくないし、下手に何か触ると自分が出そうで怖い」


 ……なんだかなあ。

 キャラを作るのが当たり前だから、むしろデフォルトのままの方が目立つんだけど。

 でも自分が出そうってのは確かにそうかもって思う。


 変に心配事抱えながらゲームされるよりはマシか。

 先に進んでもらおう。

 

「じゃあ、始めようか。その入場のアイコンをクリックして」


「こうか? ──おおっ!」


 PC画面が白く輝き、光の中からねぎまぐろが現れる。 

 光が消え去ると、夜の森。

 マッシュの世界はエリンギと呼ばれ、エリンギは三六分周期で一日が移り変わる。

 空には満点の星が輝いている。


「小町よ、きれいな夜空だなあ……まるで広島の空の様だ」


「広島の夜空に星は見えないだろうが」


 ──ぶっ! 腹を殴られた。


「わかってるよ! 少しくらい夢見させろよ!」


「あ……ごめん」


「ったくもう」


 姉貴はぶつくさ言いながら、マウスを動かす。

 それに伴い、画面の中のねぎまぐろが森を駆け抜ける。


「随分とキノコばかりの森だなあ」


「『マッシュ』はマッシュルーム、つまりキノコがモチーフのMMOだから」


「ふーん」


 そのキノコを食べれば体型までも巨乳やちっぱいに変えられる。

 だけど姉貴にそれを言うだけムダ、説明は略そう。

 もちろん俺のキャラは牛がごとくの巨乳。

 姉貴があるのかないのか全くわからないド貧乳だけにちっぱいを受け付けないのだ。


 村に下りたら初心者クエ。

 説明しながら次々に進めていく。

 次は「招き猫を狩ってみよう」、いよいよ戦闘だ。


「小町。これ、どうやって戦うんだ?」


「まずは自分でやってみろよ」


「そうだな」


 ──三〇秒後、ねぎまぐろは草原に倒れていた。


「なんだこれ! 敵が強すぎるじゃないか! 普通こういうのは、スライムみたいに一振りで倒せるものだろう!」


「そういうゲームシステムにしてるんだよ。鬼みたいに敵が強いから、キャラ自体の強さは意味がなくなるわけ。で、プレイヤーの腕の比重が大きくなると」


 姉貴がなんだかつまらなさそうな顔をする。 


「そこまで言うならやってみてくれよ。お前はこのよわよわキャラで、このブッサイクに丸々太った招き猫に勝てるんだろ?」


「どいて」


 予め渡しておいた蘇生アイテムを使って生き返る。

 すぐさま招き猫へ。


 このゲームはファーストアタックが重要。

 まずは切りかかる。

 ヒットしたらAI的に二発目も入る。

 ここで誰でも使える初級魔法のアイスガンを打ち込み、招き猫を誘き寄せる。

 向かってきた招き猫に、再び剣の一撃。


「どうだ?」


 戦闘が苦手な俺でも、戦い方を知っていれば招き猫くらいは簡単。

 いくら強いたって、所詮は一番最初に出てくるモンスターだし。


「……どけ」


 姉貴は不機嫌そうな顔をしながら、再びPCに向かう。

 姉貴は初心者。

 別に自慢したつもりはないけど、俺があっさり倒したのが気に入らなかったらしい。

 姉貴らしいというか。


 あふ……眠くなってきた。


「小町、寝ていいぞ。あとは私一人でなんとかする」


「なんとかするって?」


「私もお前も同じ人間。お前にできることが私にできないわけがない」


 何を意味不明なことを。


 でも俺も明日はバイトの面接。

 もう夜も更けたし、これ以上付き合うのはまずいな。

 マッシュの初心者チュートリアルは親切だし、このままほっといても大丈夫だろう。


「んじゃ御言葉に甘えて寝るわ。おやすみ」


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