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13/04/13(3) アンジュ:主を呼べい!

 腕時計を見ると一五時か。

 執事、もといウェイターは初めての経験だけに疲れる。

 一六時になったら休憩。

 それまで頑張ろう。


 ──あ、客だ。


「いらっしゃいませ」


 って、おい。


「頑張ってる様だな」


 姉貴かよ。


「何しにきた!」


「可愛い弟の働いてる様子を見に来たに決まってるじゃないか。決して都に遊んでもらおうと電話したら『今日はだめ』って断られたから寂しくなって来た訳じゃない」


「帰れよ」


「この店は店員にどういう教育をしてるんだ?」


 ウェイトレス達が寄ってきた。


「うわ、小町君と同じ顔!」

「えっ? 小町君のお姉さん?」

「小町君と違って格好いい!」


 おい、三人目。


「鏡丘さん、『小町君と違って』というのはどういう事ですか? 俺は男で姉貴は女ですけど。しかも同じ顔なんですけど?」


「だって格好いいもの。ねえ、みんな?」


 他のウェイトレス達が頷いた。


「じゃあ俺は?」


「綺麗」

「美しい」

「麗しい」


「姉貴は?」


「綺麗で凛々しい」

「美しくて格好いい」

「麗しくて抱かれたい」


「その違いは何! ついでに最後の『抱かれたい』って何!」


 姉貴が高笑いしやがる。


「ほら見ろ。入学式の一件はたまたま。これが私と小町の差というものだ」


 お前は弟にそんなの勝ち誇って、何が嬉しいのか。


 ウェイトレス達が言葉を並べる。


「だって仕方ないじゃない。同じ顔してても雰囲気が全然違うよ?」

「ずばり中身の差だよ」

「生きてきた年数が違うんだから仕方ないって。お姉さんとは一回り以上違うんでしょ?」


 鏡丘さんの台詞が放たれた刹那、姉貴の顔が引きつった。


「私はなな……まだ二十代なんですけど?」


 さすがに初対面の人達に七歳と言い張るのは思いとどまったか。


「またまたあ」

「見た目は確かに二十代で通りますけど……」


 みんなやめて! あとで虐められるのは俺なんだから!


 しかし鏡丘さんは容赦なくトドメをさした。


「きっとうるうどし生まれで七歳って言いかけたんでしょうけど、『七十歳のやり手社長や政治家が薬を飲んで若返った』と言われても信じる位の貫禄がありますよ?」


 鏡丘さんがとどめを刺した。

 むしろ俺の前だと、頭脳は子供で体は大人なんだけどな。


 姉貴が顔を真っ赤にしながら、肩をわなわなと振るわせる。


「主を呼べい!」


 そして何かを振り切ったかのように、力一杯の声を放った。


「ごめんなさい、褒めたつもりだったんですが。席に御案内しますのでこちらへ」


 嘘つけ、鏡丘さん。

 あなた絶対にわざとやっただろ。


 ──姉貴がオーダーしたモンブランケーキとダージリンティーが運ばれる。


「ほら、姉貴の大好きなアンジュのモンブランだぞ」


「これがきっと食べ納めだ……もう二度とアンジュに来ない……」


 姉貴は今にも泣きそう。

 ほら見ろ、いじけちゃったじゃないか。


 鏡丘さんがやってきた。

 姉貴に向けて深々と頭を下げる。


「小町君のお姉様、先程は失礼致しました。お姉様があまりに『若く』てお綺麗なもので、つい嫉妬してあんなこと言ってしまったんです──」


 姉貴の耳がぴくりと動く。


「──本日のお姉様の料金は、お詫びの印として私が奢らせていただきます。ごゆっくりとおくつろぎ下さい」


 そして完全に破顔した。


「頭を上げてもらえないか。いや、わかればいいんだ。私は『若く』て綺麗だからな。妬まれるのも慣れてるし──」


 なんて単純な女だ。



「──料金もいいよ。小町の給料から差し引いてもらうつもりだから」


「そんなことできるわけないだろうが!」


「弟がバイトしている店に姉が来たら、給料から代金を差し引いてもらうのは世の中のお約束というものだろう」


「世の中のどこにもそんなお約束はねーよ!」


 鏡丘さんが口を挟んでくる。


「ここは私の言葉に甘えていただけませんか。できればお姉様……失礼ですがお名前は?」


「観音」


「観音お姉様とお近づきになりたくて」


 姉貴が椅子ごと後ずさった。


「『観音お姉様』ってなんだ。私にそういう趣味はないぞ」


 しかし鏡丘さんは平然と返す。


「私にもそういう趣味はありません。私は単に『曲がった物』が好きなだけです」


「何となく聞いてはいけない予感がするけど聞いてみよう。曲がった物って?」


 その、地雷が目の前にあったら踏みに行く性格はいい加減改めろ。


「例えば小町君は男の子なのにどうみても女の子ですよね?」


「そうだな」


「一方で観音お姉様は、男性を名乗っても通るくらいの凛々しさと格好良さがあります」


「お姉様はやめてもらえないかな」


「じゃあ観音(ねえ)で。観音姉って不思議な雰囲気お持ちですよね。観音姉は『若い』、そうあくまでも『若い』女性ですけど、観音姉と同年代の他の女性のお客様と比較して明らかに違うんですよ。どことなく陰がある様な……」


 鏡丘さんは絶対に踏んではいけない地雷を学習したらしい。

 しかし何だろう。

 得体の知れない眼力を感じる。


「……もう『観音お姉様』でいいよ。『観音姉』よりはマシだ」


「じゃあ観音さんで」


「おい!」


 姉貴がボケ負けた。

 なんて珍しい。


「観音さん、小町君を見ていると当店の制服を着せたくなりませんか?」


「うむ」


 「うむ」じゃねーよ。

 否定しろよ。


「そこでスカートをたくし上げて、トランクス丸出しにしたくありませんか?」


「うむ」


 だから「うむ」じゃねーって言ってるだろ。


「それでそのトランクスをずりさげてリコーダーを盗みたくなりませんか?」


「うむ」


 「うむ」じゃねえ!


「このバカ姉貴。弟が妹に変わってもいいのか!」


「うむ。だが小町をいじめてもいいのは、私と私が許した者だけだ。もちろん小町を女性に性転換することもな。あくまでも想像上の話ということで聞いといてやろう」


「だから、全否定しろよ!」


「うるさい。鏡丘さんとやら、話を続けてくれるか?」


 鏡丘さんが両手を頬にあて、顔を赤らめた。


「それでですね。小町君から盗んだリコーダーを、観音さんにくっつけて私を愛してもらったりなんかするところを想像するとゾクゾクしてしまって……」


「腐ってる……」


 姉貴がぼそりと呟いた。

 そして俺の中からも、鏡丘さんに対する「可愛い」だの「お近づきになりたいだの」という感情が完全に消え失せた。


 鏡丘さんはそんな俺達を置いてきぼりにするがごとく、反論を始めた。


「それは腐った人達に失礼というものです」


「形式上男と女だからか? でもそれは腐ならではの発想だろ」


 姉貴も姉貴で理解できないことを言い返した。

 弟の俺すら、この女は謎すぎる。


「そういう意味ではありません。ちょっと待ってて下さい」


 鏡丘さんはそう言い残してから厨房へ向かった。


 姉貴が問うてくる。


「いったい何を始める気なんだ?」


「俺に聞かないでよ……」


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