13/04/08(4) 自宅:何を想像しながらぶっかけている!
「できたぞ」
姉貴が椀を三つ並べる。
次いでアイスクリームをすくい、入れていく。
「では、いただきま~す」
ああ、嬉しいな。
アイスは大好物だけにホント幸せ。
しかしスプーンを伸ばそうとしたら、姉貴が片手を突き出してきた。
「小町待て。これを食べるには儀式があるんだ」
姉貴が筒状になったプラスチック製の容器を、俺達の前に一つずつ並べる。
「中身はカスタードクリーム。容器をぐいっと押してアイスにぶっかけるんだ」
いかにもメイド喫茶らしいサービスだ。
普通は練乳だと思うんだけど……一捻りしたのかな?
まあ、カスタードクリームでも変わるまい。
「姉貴も店でやったの?」
「うむ。部下と一緒にぴゅっぴゅっとぶっかけ合った」
周囲は姉貴達をどんな目で見てたのだろうか。
とりあえずアイスにぶっかける。
食べる。
「んぐっ!」
「小町どうした?」
姉貴が怪訝そうな顔を見せる。
「どうしたじゃねえ! これってマヨネーズじゃないか!」
「似たようなものじゃないか」
「全然似てないから。マヨネーズぶっかけたアイスなんか気持ち悪くて食えるか!」
トイレで吐き出そう。
そう思って駆け出──そうとした瞬間、姉貴に手首を掴まれた。
そのまま引き倒され、両腕を固められる。
「食べ物を粗末にしてはいかんなあ。一旦口をつけたからには全部食べてもらうからな。美鈴、私のスーツのポケットにタイラップが入ってるから持ってきてくれ」
美鈴がぱたぱたと姉貴の部屋に向かった。
「なんでそんなものを持ち歩いてる!」
「護身用に決まってるだろうが。スパイの必需品だ」
美鈴が戻ってきた。
「美鈴、小町の両手親指をタイラップで括れ。それが一番確実な拘束方法だ」
親指が締め付けられて痛い。
こんな拘束方法を最初に考案したのは誰だ。
「美鈴、やれ」
美鈴が右足を俺の股間に乗せてきた。
「おい、美鈴。いったい何をする気だ?」
「動かないで。さもないと、クマさんが受けた仕打ちを小町さんに再現しますよ」
美鈴は泣いている様な笑っている様な表情を浮かべる。
そして、顔にぴゅっぴゅっと何かをぶっかけてきた。
甘い、死ぬほど甘い。
これはハチミツじゃないか!
「やめろ! お前は何を想像しながらぶっかけている!」
「嫌ですね。男が男に蜂蜜をぶっかけて何を想像するんですか? 食べ物を粗末にした小町さんにお仕置きをしてるだけですよ?」
「今やってる行為こそ……ぶ……食べ物を……うげ……粗末にしてるだろうが!」
美鈴がどんどん蜂蜜をぶっかけてくる。
「知りませんねえ。僕は小町さんがクマさんを虐めて抱いた感情を、二度と思い浮かべない様にして差し上げてるだけですが?」
このエスパー野郎!
しかし叫べない。
美鈴の表情がどんどん冷たくなっていくから。
いつものからかい気味な笑みじゃない。
怖い。
「美鈴、今度は私に代われ」
「小町さん、動いたらわかってますよね?」
美鈴が足を股間から外す。
しかし言われるまでもなく体がすくんで動かない。
姉貴が嗜虐的な笑みを浮かべる。
そして蜂蜜をぶっかけ始めた。
「その嗜虐的な笑いはなんだ! いったい何を想像しながらぶっかけている!」
「嫌だなあ。姉が弟に蜂蜜をぶっかけて何を想像するんだ? 私は小町がクマちゃんを虐めて抱いた感情を二度と思い浮かべない様にしてやってるだけだが?」
ごもっともですね。
表情と言動と行動がそのまんま一致してます。
「美鈴、解放してやれ」
姉貴がキッチンからハサミを取って美鈴に手渡す。
美鈴がタイラップを切ってくれたらしい。
両腕の自由が戻った。
姉貴と美鈴が半分バニラジュースと化したアイスを飲み干す。
「そのマヨネーズがかかったアイスは全部食え」
「だから食え──」
「残したら明日以降の食事はないと思え」
「ひ、ひど──」
「それと、飛び散った蜂蜜は小町が全部掃除しておけ」
姉貴が部屋に戻っていく。
くっ、ちきしょう。
とりあえずシャワーを浴びよう……。
──シャワーから戻る。
リビングでは美鈴が雑巾でハチミツを拭き取ってくれていた。
美鈴がこちらに顔も向けずに話しかけてくる。
「あまりにむごいので僕が掃除しましたよ。ですけど次は知りませんからね?」
「ありがとう」と言うべきなの?
「ごめんなさい」って言うべきなの?
「掃除してくれるくらいなら最初からするなよ」って言ったら死亡フラグですよね?
座卓に座る。
マヨネーズ入りバニラジュースを一気飲みする。
トイレに直行する。
前略、お母さん。
お元気ですか。
小町は……小町は……広島に帰りたいです……。