13/04/01(3) 自由が丘:僕、小町さんのをつまんでみたいなあ
美鈴に連れて行かれたのは大豆料理の店。
向かい合って座る。
「小町さんって急激に体重落としたから、リバウンド警戒しないとですしね」
確かにそうだけど。
家では姉貴、外では美鈴による管理。
俺の食生活に自由はないのか。
「あと三ヶ月我慢すればステーキ食べさせてあげますから」
辟易してるのが表情に出てしまったのだろう、美鈴がフォローを入れてくる。
でも、このフォローは正しいのか?
そもそもお前が俺の食事を管理してる事自体おかしいと思うのは気のせいか?
「じゃあ、小町さん。とりあえず豆乳サワー二つ頼んでもらえます? 後はこれとこれと……」
美鈴がメニューを指さす。
俺に注文させるのは、年長者としての顔を立ててのことだろう。
きっと「男としての顔」じゃないはず。
美鈴が上着を脱ぎ、畳んで傍らに置く。
ネクタイを外し鞄に入れる。
シャツのボタンを外し、軽くはだける。
うん、その格好はやめろ。
周囲の視線が思い切り胸元に集まってるから。
──豆乳サワーが届いたので乾杯する。
「美鈴、入学おめでとう!」
「小町さん、ありがとうございます!」
食べ物も次々に届く。
美鈴が豆腐サラダに箸をつける。
俺も箸をつけよう。
一番重い味わいが得られそうなゴーヤチャンプルー。
ふわふわ卵の甘味とシャキシャキゴーヤのほどよい苦み
うん、美味しい。
さて、サークルの話に戻ろう。
今度は単刀直入に攻めてみる。
「さっきのサークルの話なんだけどさ」
「小町さん、しつこいですね」
「お前のためのつもりなんだけどな。せっかく大学に入ったんだし、付き合いは広げた方がいい。特にサークルは一年生の内しか入れないも同然だし」
二年以降だと、完全に閉じた社会ができあがっているから。
とてもじゃないけどヨソ者は入り込めない。
「辞めた小町さんが言っても説得力ないでしょう」
「だからこそ言ってるんじゃないか。試しもしない内から批判はできないだろう」
姉貴の言葉を借りる。
「どことなく死亡フラグに充ち満ちている台詞なのは気のせいですか?」
お前にもその内、あのカレーを食べさせてやるよ。
おっといけない。
話がそれるところだった。
「俺が後悔しているのはサークルに入ったことじゃない。銀狐だけにしか入らず、他のサークルに入っておかなかったことだ」
どうして自分が趣味にしているアニメ研究会や麻雀研究会に入らなかったのか。
ああ、俺のバカバカバカ。
テニスサークルの方が彼女作りやすいと思ったばかりに!
何より仮に彼女を作れるなら……趣味でサークル選んだ方が趣味にあった彼女ができるに決まってるじゃないか。
この真理を悟るのに半年かかった俺は本物のバカだ。
でも手応えはあった。
美鈴が黙る。
やっぱり本音の告白だからか。
美鈴がゴーヤチャンプルを一口含み、ゆっくり噛んでから箸を置く。
「ハッキリ言います。上に頭下げるのがイヤです」
こいつ……。
「じゃあ俺もハッキリ言ってやる。お前のそういうところは直せ!」
「なんで楽しむために入る場所で、わざわざ自ら苦痛を味わわないといけないんです?」
ああ言えばこう言う。
それでこの先やっていけるかと言いたい。
しかし美鈴はその正論を押し通して生きていきかねない能力の持ち主。
下手にサークルにぶちこめば、そのサークルごと潰しかねない。
そんな気がしてきた。
「はあ、じゃあもういいよ」
「それが賢明ですね。どうしてもサークル活動したければ小町さんと作りますよ」
美鈴が冷や麦をすくう。
油物にはまったく手をつけない。
「俺が一緒ってのを勝手に前提にするなよ」
「僕達と本当の意味でまともにつきあえる人間がいるわけないでしょう」
「『達』はやめろ。俺は外見以外、どこから見ても普通の人だ」
「その外見がどこから見ても異常なんじゃないですか」
いっそ世界中の男がみんな男の娘になればいいんだ。
そうすれば俺は完全無欠の、どノーマルなのに。
「じゃあ、もし作るなら何のサークルにするんだ?」
「何だっていいですよ。マッシュ研究会でも(仮)麻雀研究会でもぷりぷりきわきわ研究会でもTS研究会でも」
「TS研究会だけは全力で遠慮させてもらおう」
TSは性転換。
動画にもTSという用語があるけど、間違いなくそちらではない。
豆腐鍋が来た。
美鈴が椀に豆腐と肉をすくい、「どうぞ」と差し出してくる。
「僕としてはそれが本命だったんですけど。もちろん小町さん専門で」
「ありがとう。でも断る!」
とりあえず肉から食う。
誰も止めるなよ。
「『ありがとう』だけでいいのに。別にデレツンしなくていいんですよ?」
「デレツンなんてしてねえよ!」
どうして料理よそってもらった御礼で、こんなツッコミ返しされないといけない。
美鈴が何やら頭を抱えた。
「小町さん。そろそろ話し方も直して下さい。さっきの見晴さんみたいに、男の振りしたガサツな女の子にしか見えませんよ?」
やっぱりトゲあるなあ……。
贔屓目を抜きにしても、ガサツとまで言うほどじゃないと思うのだが。
「俺から話し方まで取り上げられたら、どこに男の部分が残るんだよ」
美鈴がニヤニヤしながら、親指と人差し指でジェスチャー。
「下半身は男でしょ? 僕、小町さんのをつまんでみたいなあ」
「ぶっ!」
吹き出したじゃないか!
「汚いですねえ。シャツが汚れちゃったじゃないですか」
「お前が吹き出させるようなこと言うからだ!」
一九年の人生で母親と姉貴にしかつままれた事無いのに。
肉親以外の初めてが男とか嫌すぎる。
「ああもう。上着脱いでて良かった」
美鈴がワイシャツを脱ごうとする。
「待て、やめろ、それはまずいだろ」
やばい、止めないと。
思わず立ち上がる。
「別にまずくないですよ。この下はTシャツですから」
「いや、周囲の視線が……」
店中が美鈴の次の行動に注目している。
「面白いじゃないですか」
美鈴はニヤっと笑い、客にちらちらと視線を送り返す。
そしてもったいつけながら、再びゆっくりと脱ぎ始めた。
──店員が飛んできた。
「お客様、店内で服を脱ぐのはおやめ下さい。公然猥褻で警察に通報します」
「大丈夫ですよ、僕は男ですから」
美鈴はつまんないと言いたげに、シャツをはだけて店員に胸を見せる。
「男でもやめてください。お客様ですと『男でもいい』って人が現れかねません!」
無茶苦茶言ってる。
だけど正しい見解だと思います。
「お客様、更衣室をお貸ししますのでこちらへ」
「ちぇっ」
美鈴が店の奥に連れて行かれた。
よし、今だ。
残った鍋を大急ぎで全部かきこむ。
「店員さん、この鍋さげてください!」
よし、これで証拠隠滅。
人間、食うなと言われれば余計に食いたくなる。
これは摂理の問題。
ダイエットとはまた別の話だ。
美鈴が戻ってきた。
来ているのはだぶだぶのワイシャツ。
恐らく店側が貸しだしたのだろう。
これはこれで、脱ぐよりも変な萌え需要がありそうだ。
「で、小町さん。何の話でしたっけ?」
とぼけておこう。
「さあ……?」
「つまむとかつまむとかでしたよね。じゃあ僕のつまみます?」
どうして「つまむ」しか選択肢がないんだ。
「本気で嫌だからやめてくれ」
「小さくてかわいいですよ?」
美鈴がくすくす笑う。
「そこは普通、ぶらぶらびったんさせながら『俺のってでかいぜ』って自慢するとこだろ」
「違うと思いますよ?」
いきなり素に戻りやがった。
そのかわいそうな人を憐れむかの目で見つめるのはやめてくれ。
美鈴がデザートの杏仁豆腐に箸をのばす。
「あと、もう少し小さい声で話してください。『この痴女は何?』って目で見てますよ」
「俺は痴女じゃない……せめて痴漢にしてくれ……」
俺の側はクリームぜんざい。
一口で口に頬張る。
頭がキーンとする。
「それじゃキリもいいですしこの辺で帰りますか」
「ああ、そうだな」
「僕のをつまんでくれるってなら新丸子までつきあいますけど? 川沿いを二人で歩きましょうか」
新丸子の川沿いってラブホ街じゃないか。
「新丸子なんて行かないから!」
「ちぇっ」
その舌打ちはやめろ。
冗談とわかってても身の毛がよだってくる。
「ここは入学祝いに奢ってやる。先に外へ出てろ」
「先輩、ごちそうさまです!」
うん、話戻すけど……俺以外にも頭下げること覚えような。