13/04/01(2) K大日吉キャンパス:小町さんもバカだけど、見晴さんもバカだな
姉貴とおばさんの姿は完全に雑踏に紛れて消えてしまった。
それじゃおばさんに言われた通り、若い者同士の会話を始めますかね。
「美鈴はサークルどうするんだよ。やっぱ麻雀研究会? 彼女欲しいならテニスサークルとかの方がいいと思うが」
「それなんですけどね──」
「まさか……小町?」
美鈴が答えかけたその時。
白色のウィンドブレーカーを着た小柄な女性が、割り込むように声を掛けてきた。
「おう、見晴。お久しぶり」
こいつは三軒家見晴。
俺が昨年秋まで所属していたテニスサークル「銀狐」の会員。
「どうしたの、全然変わっちゃって。びっくりしたよ」
「その顔見ればわかるから。と言うか、よくわかったよな」
下手すると俺本人ですらわからないかもしれないのに。
「何となく似てるなって。脂肪吸引した上で性転換でもしたのかと」
「するか! そう言われるのが嫌だったからデブってたんだ!」
「いいなあ、羨ましいなあ。ボクと顔交換しない?」
「しねーよ。いくらボーイッシュにしてるからって、顔は女じゃねーか」
見晴はリアルでボクっ娘。
童顔で胸が真っ平な幼児体型。
加えて髪型もショートだから、ぱっと見は少年っぽく見える。
もっとも顔立ち自体は、普通にかわいらしい女の子だ。
「ちゃんと女の子扱いしてくれるんだ。嬉しいなあ。いつも『女に見えない』ってからかってくれたくせに」
「少なくとも俺のノートに『デブノート』って名付けてくれたヤツよりは、口悪くないつもりだけどな」
「あ、ばれた? でも、ボクのおかげで学部の小町株が上がったんだからいいじゃない」
見晴が屈託無く笑う。
毒づき合ってはいるが、本気で言い合っているわけではない。
あくまでじゃれあい。
こいつとはそういう関係だ。
「見晴も使ったんだろ? 役に立てたのならそれでいいさ」
「うん、ありがと。横の可愛い子は小町の彼女?」
「いや、こいつも男」
「ええっ!」
見晴が目を見開く。
そりゃそうだよな。
美鈴の男の娘ぶりは正直俺の比じゃない。
美鈴がぺこりと頭を下げる。
「初めまして。美鈴と申します。小町さんには家庭教師をしていただいてました」
「うわぁ、すんごく可愛い……ねね、僕と顔交換しない?」
「交換なんてとんでもない。見晴さんこそ可愛くて羨ましいです」
社交辞令全開な美鈴。
えへへと照れ笑いする見晴。
素直ってのはいいことだなあ。
「でさ、小町。本当に銀狐やめるの?」
そう、俺は入学してから秋口まで銀狐に入っていた。
だけど……。
「とっくの昔にやめたつもりだが? サークル辞めるのに、いちいち退部届なんて出さないのが普通だし」
「そうだけど──」
「オタの俺に派手でちゃらちゃらしたテニスサークルは合わなかったし。特に仲いいヤツもいなかったから、俺がいなくなったところで何とも思われないだろうし」
正直言って触れられたくない話題。
見晴の言葉を遮り、一方的に話を終わらせる。
「ボクは思うよ。小町がいなくなったら寂しい」
ドキッとする。
見晴は真顔。
どうしてお前は、時々そうやって誤解しかねない言葉を吐く。
「そういうの軽々しく言うのはやめなよ。栗原が聞いたら怒るぞ?」
「うん……」
栗原は見晴の彼氏。
つまり……俺が銀狐をやめた本当の理由は違う。
秋に栗原と見晴が付き合いだしたのを知ったからだ。
二人が一緒にいるところなんか見たくなかった。
その一方で二人を見れば、要らぬところまで想像してしまっていた。
そんな自分が嫌になってサークルごと辞めた。
だからこそ、この話題はとっとと終わらせたいのに。
俺は見晴が好きだった。
胸は真っ平らだけど、好きになればそんなの関係ない。
でも、じゃれあう関係から先に進む勇気はなかった。
男の娘バージョン小町であろうとデブバージョン小町であろうと、容姿に自信がなかったことには変わりない。
何もしなくても楽しい時間が続くと思っていた俺が甘かった。
心の中ならこうやってハッキリと好きって言えるのに。
気持ちの整理はとっくについたつもりだった。
だけどこうして本人を目の前にすると、やっぱり心がざわついてしまう。
見晴が右手の平を縦に立て、申し訳ないといった表情とポーズを取る。
「小町ごめん。ゆっくり話したいんだけど、勧誘さぼってるのばれたら怒られるからさ」
「おう、頑張れよ」
「美鈴君も、また機会あったらよろしくね」
「ええ、こちらこそ。機会があれば」
美鈴がにっこり微笑む。
しかし、なんなんだ?
美鈴は見晴に対し、敵意を抱いている。
ここまで付き合いが深いとさすがにわかる。
わざわざ付け加えた「機会があれば」。
これは「あなたと話す機会なんて二度とありませんよ」という美鈴流の皮肉だ。
でも、いったい何に怒った?
二人はほとんど話してないのに。
見晴が人混みの中に消えていく。
美鈴がその方向を見やりながら、ぼそっと呟いた。
(小町さんもバカだけど、見晴さんもバカだな)
「今なんて言った?」
新入生達の喧騒にかき消されて聞こえなかった。
「さっきの話の続き」
「ああ」
「僕、サークルに入るつもりはないです」
「へ?」
「驚くところじゃないでしょう。僕に団体行動ができると思ってるんですか?」
まったく思わない。
だけど、それはそれ。
俺は美鈴にサークルを勧めなくてはならない。
「やろうと思えばできるだろ。とにかく四月はあちこち回ってみた方がいいぞ。見学を口実にして、ただで飲み食いできるし」
「小食の僕にそれが恩恵になるとでも?」
「でも友達は増えると思うぞ」
「じゃあ小町さんはサークル入って友達増えたんですか? さっきの話しぶりだと、銀狐には見晴さんの他に友達がいなかった様子ですが?」
う、う、うぜえ……。
それでもここは負けちゃダメだ。
「仲良かったのが見晴だけって話で、別に友達がいなかったわけじゃないぞ。付き合い自体は広いつもりだし」
実際はほとんど挨拶しかしたことないけどな。
彼女を作りたいからとテニスサークルを選んだまではよかったけど、悲しいくらいに住む世界が違った。
よりによって付属上がりや、外部生でも金持ちの集まるサークルだったから。
親からいっぱい小遣いもらえて、車も買ってもらえて。
それこそバイトする必要すらない連中。
俺みたいな勘違い君もそれなりにいたけど、その全員が秋口までにやめてしまった。
それでもここは美鈴のために友達と言い張ってしまわないと。
こいつは俺以外にも人間関係の輪を広げた方がいい。
これはおばさんからの話を聞いて思ったこと。
変な方向で好意を持たれたとしても、それは突っぱねるだけだからどうでもいい。
そうではなく……。
俺に勉強は教えてやれなかった、だけどせめてそういう方向で導いてやりたい。
美鈴がじとっと睨んでくる。
「ふーん……」
「何か言いたげだけど、ぼっちじゃないから。俺のメインの居場所はクラスだし」
これは本当。
実際にうちのクラスの男子はみんな仲がいい。
最初は高校同様リア充とヲタとでグループが別れていた。
しかし今では一つにまとまっている。
きっかけは前期末試験。
K大で試験情弱となることは死を意味する。
そのためクラス全員が一丸となって資料や情報収集に励んだ。
その過程でグループ間のわだかまりみたいなものが解消されたのだ。
「僕にもクラスはありますが? だったらサークルに入る必要はありませんよね」
「……そうだな」
だめだ。
口では美鈴に絶対敵わない。
返しようが無くなったので押し黙る。
すると美鈴が袖を摘み、引っ張ってきた。
「お腹空きましたし晩御飯食べに行きませんか。日吉はどこも混んでるでしょうし、自由が丘に出ましょう」
「あ、ああ……」
あの、俺の方が先輩なんですが。
この妙に落ち着き払った後輩は何なんですか?