12/05/04(2) 自宅:姉貴、MMOやってみないか?
夕食も片付けも一通り終えて各自の部屋へ。
現在はパソコンに向かって、はまってるMMO「マッシュ」をやってる最中。
MMOはいわゆるネトゲ。
ファンタジーな仮想世界の住民になりきって生活を送るゲームである。
修行したり、戦ったり、商売したり、フレ──友達と交流したり。
レベル上げをしているとピコリンと呼び出し音。
画面の隅にフレからチャット呼びかけのポップ。
【こまっち、ダンジョン行くぞ】
「こまっち」はマッシュ内でのハンドルネーム。
安直だけど、案外みんなそんなものだ。
【おう、んじゃガンバードンの広場前で待ち合わせしてシイタケダンジョンな】
マッシュはキノコをモチーフとしたMMO。
なのでダンジョンには全部キノコの名前がついている。
シイタケダンジョンは初級者用。
つまり俺はその程度のプレイヤーということだ。
ガンバードンはマッシュの中心となる街の名前。
とりあえずそこはどうでもいい。
【他にも俺のフレ三人来るからよろしく。そっちでもう二人ほど呼べね?】
【んじゃギルドで声掛けてみるわ。一旦ノシ】
顔文字で手を振りながらチャットウィンドウを閉じる。
タブをクリックして、ギルドチャットに切り替え。
ギルドメンバー、略してギルメンに声を掛ける。
【フレとこれからシイタケダンジョン行くんですけど、どなたか行きませんか~】
【いきまー】
【うちもいきまー】
──ダンジョンでの戦闘が終わる。
ボス部屋を抜け、その奥の宝箱部屋へ。
【ちきしょう、またハズレだよ】
【やったぁ、サッキュンのドレス出たあ!】
【おめ!】【おめ!】【おめ!】
みんなでアイテムの当たり外れに泣き笑いした後は談笑タイム。
キャンプファイアがごとく焚き火をくべて、皆が取り囲む。
中身はなんてことのない雑談。
ある者は楽器を手にして演奏を始めたり。
いかにも和気藹々。
だけど実はフレやギルメンと言っても……。
俺はこの人達がリアルで何者なのかしらない。
リアルは文字通り現実。
ゲームの中と対称に置いた言葉。
俺であれば東京に住むデブな一八歳の大学生。
誰がどこに住んでいるかも、どんな容姿をしているのかも、何歳なのかもしらない。
あえて言うなら、七人全員が幼女の外見をしてるけど、恐らく全員のリアル性別が男性であることがわかるくらいだ。
あくまでもマッシュ内だけに割り切った関係。
でもこうしてみんなで寄り集まってわいわいやるのは楽しい。
俺はこの時間が好きだからこそ、マッシュをやっているのだから。
……あっ。
【ごめん、みんな。ちょっと呼ばれたので抜ける】
当たり障りのないウソ。
でもばれることはない。
これはMMOにおける一つの処世術。
【おう】【またね~】【FL送るね~】
FLは「フレンド登録」のこと。
こうやってゲーム内でのフレがまた一人増えていく。
──ゲームクライアントを落とす。
こうして抜けさせてもらったのは、姉貴のことが引っ掛かったから。
姉貴はカレシがいないだけじゃない。
同性の友達もほとんどいない。
そんなの見てればわかる。
俺が上京した時、一回だけ同僚の人が入学祝いを持ってきてくれた。
でもそれだけだ。
家の電話はもちろん、携帯が鳴った時も、内容は仕事絡みばかり。
帰りは毎日早いし、休日もどこへも出かけない。
家に帰ってからは部屋に引き籠もって読書してるだけ。
転がっている雑誌も本も付箋ばかり。
チラっと見たときは、全て仕事絡みらしかった。
俺が広島にいた頃、どうして姉貴が毎晩俺にスカイプチャットを寄越していたか。
一緒に住み始めてようやくわかった。
つまり姉貴は……寂しいのだ。
「近寄るオトコが全員スパイに見える」。
考えてみればそんなのオトコに限った話じゃない。
オンナのスパイだっているんだし。
恋人はおろか友達すら作りようがないじゃないか。
このことに気づいた時、つい泣いてしまっていた。
自分で選んだ道だろうけど、あまりにむごすぎる。
──立ち上がり、姉貴の部屋へ向かう。
「姉貴、入っていいか?」
「いいぞ」
襖を開ける。
姉貴は寝転がりながら本を読んでいた。
「小町、どうした?」
眉毛のないスッピン顔を向けてくる。
帰宅した後の姉貴はいつもこんなだ。
格好もよれよれのTシャツにジャージ。
しかも近所をこの格好で平気で歩く。
弟としてはどうでもいい。
でもせめて、スパッツかレギンスにするくらいには人目を気にして欲しい。
「姉貴、MMOやってみないか?」