13/04/01(1) K大日吉キャンパス:よく似合ってるわよ、やっぱり女の子っていいわねえ
「すごい人ね~」
「去年もこんな感じでしたよ」
「小町の入学式が懐かしいな」
今日はK大の入学式。
場所は日吉キャンパス。
入学生にその父母にと。
普段は空いているキャンパスがごった返し。
一緒にいるのは姉貴と美鈴のおばさん。
美鈴は「色々見て回りたいから」と先に行った。
きっとキャンパスのどこかにいるのだろう。
人混みをかき分けつつ、入学式会場の日吉記念館に向かって歩く。
銀杏並木の下には各サークルの机が並び、ナンパよろしく入学生を勧誘している。
机の中の一つから声が聞こえてきた。
「サークルってなんですか?」
聞いているのは新入生らしきスーツ姿の男性。
一般常識かと思ってたが、そうでもないのか。
テニスサークルのウィンドブレーカーを着たお姉さんが答える。
「中学高校で言えば、部活動や同好会みたいなものね。うちのサークルは……」
勧誘され始めた。
入学式までに解放してもらえるといいね。
多分ムリだろうけどさ。
俺が今来ているのは、例の買ってもらったスーツ。
本日がおろしたて。
「よく似合ってるわよ、やっぱり女の子っていいわねえ」
「男の子ですから!」
顔は完全に元に戻った。
体重は五四キロ。
俺の身長だとこれが標準体重。
ただ骨格が細い分、まだ肉がついた状態。
来月にはベスト体重になるかな?
「きりりとした目が麗しくていいわあ。美鈴ちゃんとは、またタイプが違って」
「同じ顔で同じく黒のスーツの、しかも生物学上れっきとした女性が隣を歩いてますが」
「観音さんは『女の子』じゃなくて『大人の女性』ですもの。凜として格好いいけど私が愛でる範囲外なのよねえ」
「その『格好いい』という言葉は俺に下さい!」
「その『女の子』という言葉は私に下さい!」
揃ってしまった。
おばさんがころころと笑う。
何だかなあ……。
本日の姉貴は黒のスーツ。
それ自体はいつもと変わらないけど、マニッシュな着こなし。
ネクタイにシャツまでほとんど俺の真似っこ。
長い黒髪は後ろでポニーテールに纏めている。
「どうせ一緒に歩くなら私と小町との差を見せつけてやろう」とか。
お前は一体何と戦っているんだ。
姉貴は化粧もしているし、完全な男装というわけではない。
それなのに……確かに凜として格好いい。
俺とは明らかに違う。
同じ顔なのにどうして?
身長は違うけど、もちろんそれだけの差ではない。
美鈴君。
俺がこのスーツを着れば凜とするんじゃなかったんですか?
いや、それ以前に姉貴。
お前は黒のスーツを何着持ってるんだ。
そもそも姉貴がどうしてここにいるのか。
「友人の入学式を見に来るのは当然だろう」とか言ってたけど、弟の教え子捕まえて友人呼ばわりはないと思う。
しかも現在は勤務時間中のはずなんだけど……。
「公安庁の現場はいくらでも時間の融通が利く」とか。
本当かね?
※※※
──一六時過ぎ。
入学式が終わり、記念館から新入生がわらわらと退出。
美鈴もこの中にいるはず。
俺達三人と美鈴は記念館から少し離れた場所で待ち合わせている。
「小町さああああん」
大声で俺の名を呼びながら走ってくる彼女、いや彼。
本当に相変わらずの登場。
名前を呼ぶのは許す。
せめて大声は止めてくれ。
周囲の人がみんな見てるじゃないか。
「はあはあ、お待たせしました」
美鈴が息を切らせ、俯きながら膝に両手を当てる。
「何も走ってこなくてもいいじゃないか」
「だって、早く僕の晴れ姿を見て欲しくて、はあはあ」
美鈴が一瞬だけ体を起こす。
しかし紅潮する顔を覗かせたかと思うと、すぐにまた俯いて息を切らす。
いいから無理すんなって。
「晴れ姿はいいけど……そのスーツ、全く俺と同じじゃないか」
ついでにシャツもネクタイも。
「あの後、僕もブ○ックスに行って同じ服買ったんですよ、はあはあ」
「このブルジョワが」
「自分でフリー雀荘行って稼いだんですよ、はあはあ」
「それ以前にだ。晴れ姿って言葉は、親であるおばさんにまず言え」
「あ、お母さんに観音さん。来てたの?」
来てたの、はないものだ。
姉貴はともかく、さしものおばさんも苦笑いしている。
しかしすぐさま気を取り直したらしい。
「ああ、我が息子ながら美鈴ちゃん本当にかわいいわあ」
「だって母さんの子供だもの」
この微笑ましい様でどこか間違ってる会話はなんなのだろう。
「写真とるから、小町さんと並んで」
おばさんは俺を美鈴の横にけしかける。
美鈴が俺の腕を組んでくる。
今日ばかりはとやかく言うつもりもないけど……。
おばさんが写真を撮る。
次いで美鈴一人の写真。
おばさんからカメラを受け取る。
「今度は僕が撮ります。おばさんと美鈴並んで下さい」
撮影終了。
「じゃあどうするかなあ。美鈴、サークルはもう見て回ったか?」
すると美鈴は俺の袖を摘み、ちょいちょいと指をさす。
その先へ目を向ける。
そこでは姉貴が人差し指の腹を口にあて、じーっと物欲しそうな目をしていた。
「姉貴、なんか欲しい物でもあるの?」
ここは生協前。
店頭の特売品にでも目がいったか?
「いや……別に?」
姉貴は姿勢も表情も変えない。
言葉の溜め方から何か言いたげなのは明らかなんだけど……。
ここで構うとつけあがる。
スルーしよう。
「んじゃ、中庭に移動しようか」
「ちょっと待て!」
姉貴が呼び止める。
「なんだよ。人混みウザイし、とっとと移動したいんだけど」
「いや……あの……その……」
「早く言えよ」
「普通こういう流れだと、『じゃあ次は観音さんと撮ろう』って流れにならないか?」
姉貴は横を向いてもじもじしてる。
顔は真っ赤だが全然可愛くない。
むしろキモイ。
「ならねえよ。写真を一緒に撮りたければ最初からそう言えよ」
「言わなくても声かけてくれると思って、ずっと待ってた……」
姉貴の声が小さくなる。
ここぞとばかりにしょぼくれながら、じとーっと見つめてくる。
でも知らねえよ。
今日の主役は美鈴、姉貴も大人ならそれくらい弁えろよ。
しかし美鈴が割って入る。
「あーっ、観音さん。ごめんなさい。僕が悪かったです。一緒に写真撮りましょうね」
美鈴が申し訳なさそうな顔をしながら、姉貴と腕を組む。
はあ、仕方ない。
二人に向けてカメラを構える。
──すると姉貴は、立てた手の平を眼前に突きつけてきた。
「ごめん、職業柄写真を撮られる事は極力避けてるんだ」
耳を疑った。
「姉貴。お前は一体何がしたい?」
「誘ってもらってから断りたかった。それだけだ」
俺の中の何かが切れた。
「こおのおおおバカ姉貴いいいいいいい! 美鈴、放せ! おばさんも放して! 今日ばかりは許さん! 長年の決着を今日こそつけてやる!」
「やめて小町さん、観音さんはぼっちでかわいそうな人なんだから。構ってちゃんになるのは仕方ないじゃないですか。僕は気にしませんから」
「ああ、確かに『頭が』かわいそうな人だよな!」
「小町ひどい……ほんのちょこっと、茶目っ気出してみただけじゃないか……」
すねても全然可愛くねーよ。
「姉貴のは毒がありすぎるんだ!」
「まあ、いいじゃないか。せっかくだし人が集まる場所に出て、私の美貌に対する皆の賛美に耳を傾けようじゃないか」
お前は一体何を言っている。
いいじゃないか、というのは姉貴の言うべき台詞ではない。
その後に至っては話がぶっ飛びすぎて、もはや理解できない。
俺とこいつは本当に血が繋がっているのか?
「もう好きにしてくれ」
それしか言うべき言葉がない。
中庭にはステージが設置されており、各サークルが新入生を勧誘するためのパフォーマンスを順番に行っている。
当然の大観衆。
俺達はその外縁まで歩を進めた。
「この位置なら通行人の視線を集める事ができる」
「で?」
姉貴がにんまりしながら、手を大きく広げる。
「さあ皆の衆よ。いつもの様に私に賞賛の言葉を浴びせるがいい。例え同性からの妬みや僻みでも、本日ばかりは広い心をもって許そうじゃないか」
お前、明らかに自分に酔ってるだろ。
写真撮られるのも嫌がる癖に、注目されるのは構わないのか。
通行人の声が耳に入ってきた。
「見ろよ、あのゆるふわの子。可愛くない?」
「その横のショートボブの子もいいな」
「二人で同じ格好って、これ何かのコスプレ?」
「何、あの二人。あんなに目立って一体何様のつもり?」
「ねね、うちのテニスサークルどう? 二人揃って入ってくれないかな?」
姉貴が何か異変に気づいたらしい。
「どうして? 私を褒めるのはおろか、僻む声すら聞こえてこないぞ?」
美鈴が呆れた様な、それでいて申し訳なさそうな目を姉貴に向ける。
「あの……観音さん。観音さんは確かに美人です。格好いいです。凛々しくってスタイルよくって最高の女性です」
「だよな」
だよな、じゃねえよ。
「だけど今日ばかりは僕達の保護者にしか見えませんもの……学生達の視界に最初から入りませんって」
「そんなことはない! 私はまだ『若い』!」
死ねよ。
俺がそう言う前に、美鈴がとどめをさした。
「観音さんみたいに老成した大学生いたら怖いです」
姉貴を傷つけまいと言葉を選んでるのがわかる。
しかし、このバカ女にフォローなんかいらない。
俺が許す。
「薹が立った」とはっきり言ってやれ。
姉貴ががっくりと肩を落とし、うな垂れる。
「私だって少し前までは学生だったんだ……まさか、小町に私が負けるなんて……」
少し前って何年前だよ。
俺が中学に上がる頃までの話じゃねーか。
「姉貴。悪いけどそろそろ帰ってくれない? 邪魔だから」
つーか、うざいから。
「邪魔とはなんだ──って、ちょっと!」
おばさんが姉貴の腕を掴んだ。
「まあまあ、観音さん。言い方はともかく、小町さんの通りですよ。後は若い二人に任せて、私達老兵はお暇しましょう」
そして正門の方向に引っ張っていく。
「やめてください! 私はまだ『若い』んです! 『若い』んだからあああああ!」
姉貴が泣き喚きながら必死に抵抗する。
しかしその姿は、段々と群衆の中に消えていった。
おばさんって、さりげなくバカ力だなあ。
そして姉貴。
お前はいい加減に自分の年齢を自覚しろ。
三章開始です
観音については「キノコ煮込みに秘密のスパイスを」の「13/04/01某私大キャンパス」がこの続きとなります。